わが国の大学教育一般について次の諸点に問題がありはしないかと思う。 問題の第一は入学試験に関係する。大学入試のために高校も中学も、さらに小学校までも、すべて入学予備教育に終始し、本来の教育がはなはだしく歪曲(わいきょく)されている。教育の全精力が受験準備に傾尽され、しかも多数の浪人を出し、その結果予備校や塾(じゅく)が繁盛をきわめ、しかのみならず予備校に対しても入学難があるというような古今東西に類例を見ない奇怪な事象を生じ来っていることはあまねくひとの知る所で、この一事をもってしても、わが国の教育が正常でないことを察するに足りる。実に大学入試の事態において教育のガンが伏在していることを思わざるをえないのである。

学生センター

問題の第二は受験の難関を突破した学生が今やわが事成れりと考えて、向学の精神を失い、場合によっては驕慢心(きょうまんしん)さえ生ずるのは自然の勢いであろうが、これに対して大学の指導誘液(ゆうえき)が徹底しているであろうか。ここに重大な問題がある。受験準備の激しい勉強の反動としてかえって怠惰の弊風を生じ、しかも大学はこれをこれを放任し、難渋なのは入学であって卒業は安易だという事態はないであろうか。

喫茶店

第三に大学は人間形成の場といわれるが、大学における人間形成という意味が十分に考えぬかれているであろうか。

校庭

第四に、今や交通機関の発達によって世界は時間的に狭くなり、彼我の往復交際の著しい発展にかかわらず、大学卒業生の実用語学力が不十分なことはないであろうか。たとえ読書力はあっても話し書くことができぬというのでは、今日の世界事情に対処することは不可能である。ここに大学教育における一つの問題点があると思う。