犬井 正の環境学 3 
 埼玉から平地林保全のメッセージを

夕日をあびる平地林  入間郡三芳町と所沢市にかけて広がる三富地域には、首都30km圏内他所では見られないほど多くの平地林がある。 三富地域では近世に開拓が始まって以来三世紀を経た今日でも、多くの農家が平地林から採取した落ち葉による堆肥や苗床を使った安全でおいしいサツマイモや野菜を生産し続けている。 武蔵野の他の地域では、昭和30年代中頃から始まった高度経済成長期に、手間がかかる堆肥による土づくりをやめて化学肥料へと転換したため、 平地林は売却されて姿を消したり、放置されて荒れるにまかせるものが多くなった。

平地林の存在を脅かす相続税

 ところが、最近では、三富地域でも平地林が急激に減少している。その原因は相続税である。現行の農地法では、たとえ農業生産に必要な落ち葉を採取していても、 平地林は農用地ではないので、農地と比べると桁違いに高額な相続税が課される。 農家は相続が発生すれば、農地のような「納税猶予の制度」もないので、平地林を売却して納税せざるをえない。 落ち葉堆肥を使った循環型の安全な野菜づくりを継続したくても、できないのが実状である。 売却された平地林は、市街化調整区域内で合法的に転用できる材料・土石置き場、倉庫、霊園、産業廃棄物処理場などに姿を変えてしまう。 特に、産業廃棄物処理場は、平地林が目隠しのようにして立地できる格好の場となり、ここがダイオキシンの発生源になり、 汚染問題で周辺住民に不安をつのらせている。 三百年もの間、畑地と平地林をセットにした地割を維持し、有機質肥料の堆肥に育まれた安全な野菜をつくり続けるとともに、 首都近郊の樹林緑地としての良好な環境を提供してきたこの地域が、人間や他の生物の健康と安全をむしばむ有害物質の発生場所へと変わっていく現実はなんとも皮肉である。

「緑地地代」の提案

 少なくとも、現在、農用林として用いられている平地林には、「農地並の税制」を適用すべきである。 また、利用されなくなった平地林は、行政が買い取るなどの方策を進め、環境保全林や樹林緑地としての活用を考えねばならない。 その財源的裏付けは「緑地地代」として国民全体が税負担をする方向などを検討し、実行すべきではないだろうか。 農民個人所有の平地林から、「社会資本としての平地林」という観点が必要である。 幸い、県が構想してきた「近世開拓史資料館(仮称)」が、平地林を組み込んだ地割保全を推進し、 今に生きる先人の知恵を学習できる場とするように再考されたのだから。 埼玉のこの地から平地林保全の声を全国に発進できるよう早急に構想を具体化すべきである。

(この文章は、『埼玉新聞』1998年8月31日付「月曜放談」に掲載されたものを、インターネット用に編集したものです)