犬井 正の環境学 5 
 所沢産野菜のダイオキシン汚染問題について

平地林がむしばまれていく  2月1日に放送されたテレビ朝日のニュースステーションの報道に端を発し、 所沢産のホウレンソウをはじめとした埼玉県産の野菜が市場から締め出され、 農民は大きな損害を被ってしまった。 しかし、今回の「ダイオキシン汚染報道」は、確かに報道の仕方に問題はあったが、 いくつかの重大な問題を提起しているのではないだろうか。

不可欠な科学的データ

 環境庁がリスト化している「環境ホルモン」70種余りの中でも、最も毒性の強いといわれているダイオキシンに関しても 未知の部分がいくつかある。 どの農作物やどこの環境がどのくらい汚染されているのかや、 次世代にどのような健康被害が生じるのかといった点については未だ明確になっているとはいえない。 そのため、農作物を生産し販売する側にとっても、消費者にとっても科学的なデータが不可欠である。 現段階では的確な情報が不足しているため、パニックが起こってしまった。 科学的データの蓄積とその公開が急務である。

産廃銀座と化した「くぬぎやま」

 川越市、狭山市、所沢市、三芳町にかかる「くぬぎやま」を中心としたわずか9km平方の地域には、 大小60ヶ所余りの焼却施設が集中し「産廃銀座」といわれている。この地域は平地林と畑地からなる首都30〜40km圏の優良な生鮮食料基地で、 所沢市の「富岡農事研究会」が平地林の落ち葉を使った安全な資源循環型の野菜作りによって1997年に朝日農業賞を受賞したことでも知られている。 そして、平地林や農地は、農業生産のみならず首都近郊の緑地として、生物の多様性の保全をはじめとして様々な公益的機能も果たしている。 しかし、農家に相続が発生すれば、農業収入では支払いがとうてい不可能な高額な相続税が平地林に課税されるので、平地林の売却を余儀なくされてしまう。 相続税対策で売却された平地林は、市街化調整区域内で合法的に転用できる倉庫や廃棄物処理場になっていく。 いつのまにか生鮮食料生産地の中に、首都圏の各種廃棄物を処理する多くの焼却施設が、木立を目隠しのようにして集中してしまったのである。

「安全宣言」だけで終わらせてはいけない行政

 生鮮食料を生産する農業振興地域に隣接して、これほどまで多くの産業廃棄物施設を認可してきた行政は、 「安全宣言」で終わらせることなく、農家への補償問題や、平地林の保全など地域全体の環境を守ることこそ本腰を入れて取り組まなければならない。 ダイオキシン類の環境汚染が基準値を超えた場合、行政が焼却施設の操業停止や農産物の補償などを速やかに行っているオランダやドイツなどの姿勢を学ぶことが大切である。 また、われわれ消費者も、製造企業とともに、各種廃棄物を減量して、やがてゼロにする循環型社会へ移行する歩みを促進しなければならない。 今回の「ダイオキシン汚染問題」を、報道の仕方だけに目を奪われるのではなく、科学的データーの公開とダイオキシン発生源の根絶を促進する端緒にしなけれならない。

(この文章は、『埼玉新聞』1999年2月22日付「月曜放談」に掲載されたものを、インターネット用に編集したものです)