シェーンブルン宮殿の庭はおもしろい

ツアーでシェーンブルンを訪れると、花と噴水の前庭と絢爛豪華な宮殿内を見学したらおしまいだが、ここの2万平方キロに及ぶ緑豊かな庭園内にはおもしろい場所がいろいろある。たっぷり時間をとって、シェーンブルンをゆっくり楽しむといい。

Japanischer Garten(日本庭園)
動物園 (Tiergarten) の入り口の向かい側付近。1913年に作られた日本庭園跡が発見され、1999年に復元された。枯山水、石庭、茶室なども備わった本格的なものでこの一角だけ独得の静寂感が漂っている。この庭園はユーゲントシュティルの時代に日本文化も影響を及ぼしていたことを物語っており、ヨーロッパ最古の日本庭園ということになるらしい。公園の地図にはいまだに載っていないし、人に聞いてもまずわからないので、探すのに少し苦労するかも。

Cafe Gloriette
シェーンブルンの奥のウィーンの町を一望できる高台にある。ここまで来るツアー客は殆どいない。大理石の建物がカフェになっており、オープンエアの回廊にはテラス席がある。ケーキの種類もいろいろあっておいしい。

写真中央の奥に見えるのが、Gloriette

Tiroller Garten
Glorietteから右脇(Hiezing方面)へ延びる道を行く。ここはチロル地方体験エリアで、チロル地方から移設したバルコニーに花をいっぱい飾ったかわいい木組みの家や、チロルの農家、家畜動物園などがあり、チロル地方の名物料理も食べられる。一部入場料がかかる。

Irrgarten & Labyrinth
Neptunbrunnenの右側の高い生垣の壁で作られた緑の迷路。全部で4種類ある。

Palmenhaus
向かって右中程にある大温室。いくつかのエリアに分かれており、トロピカルな植物や寒冷地帯の植物など世界の植物がある。この周辺は植物園(Botanischer Garten)になっており、様々な植物を眺めながら森の散策ができる。日本からやってきた植物を探すのも楽しい。ここからは地下鉄U4のHiezing駅が近い。

ウィーンのカフェ

ウィーンでの昼下がりはCafeでのんびりとティータイムを過ごすのもお勧めです。 Apfelstrudl, Schneeballen, Sachertorteなどウィーンならではのお菓子を試してみては?
ウィンナコーヒーとして日本で飲まれるクリーム入りコーヒーはEinspennerと言いますが、 地元ウィーン子が普段最も好んで飲むのはMelangeというミルクをたっぷり入れて泡立てたコーヒー。 フランス風に気取って鼻音をたっぷりに「メラ〜ぁんシュ」と発音します。
コーヒーを頼むとコップに入った水(水道水)が一緒に来ます。ウィーンの水は山岳地方から引いていて冷たくておいしく、町中の水飲み場でペットボトルに水を詰める光景もよく見かけます。

アンペルメンヒェン(信号機ボーイ)

ベルリンの東側や旧東独の町を歩いていると、元気いっぱいに歩く楽しい姿の歩行者用信号機にお目にかかる。これは旧東独時代に東側で使われていた信号機の名残り。ドイツ統一をきっかけに東独時代の殆ど全てのものが葬り去られる中、この信号機だけはかわいらしいデザインが受けて、保存されたり、新設されたりしている。Ampelmännchenという愛称までもらって親しまれていて、バッジやシールなどのグッズも売られているが、「東独から唯一受け継いだものが信号機だけ」ということで、旧東独の人達は複雑な心境。

ミュンヘンのビール

Oktoberfestでも名高いミュンヘンでまず頭に浮かぶ飲み物と言えばやはりビール。 種類もいろいろある。

Helles    喉ごしすっきり。軽めのビール
Dunkles   いわゆる黒ビール
Pils      Hellesに香辛料っぽいコクが加わったビール
Weißbier  ミュンヘン名物の麦ビール。発酵した味が抜群

Weißbierを飲みながら、やはりMuenchen名物のソーセージWeißwurstとBrezel(地元ではBreznという)を午前中(出来立て)に食べるというのが地元の正統派ミュンヘンっ子の正しい流儀だそうだ(矢羽々先生談)。 実際、Weißwurstは出来立てを食べるのが一番うまい。

日独鼻かみ事情

ドイツ人は人前で鼻をかむことを全くはばからない。女性でも「ブーッ」と大きな音を立てて思いっきり鼻をかむ。コンサート会場で演奏の途中でこれをやられると、顔をしかめたくなるほど。ドイツでは人前で鼻をかむことは全くといっていいほど問題とならない。ポケットに入れてあるハンカチを使ってみんな鼻をかんでいる。

これに対して、鼻をすすることはご法度。日本人は鼻をかむのをはばかって、垂れそうになった鼻水を思わず「ツーッ!」とすすってしまうことが多いが、これはとてもいやがられるので注意しよう。鼻が出そうになったらすぐにかむようにしよう。別にドイツ人を見習ってハンカチでかむ必要はないと思うが。

日独足文化事情

「家に上がるときも靴をはいたまま」、というのが欧米の文化だが、一般的なドイツ人家庭では家の中では自分用の室内履きを履く。日本での生活体験のある人の中には日本のように玄関で外履きと内履きをキチンと履き替える家庭も多く、「日本的清潔感」を見習うドイツ人も多い。

しかし日本との足の文化の違いを感じることも多い。電車内や公共の場所のイスやテーブルに靴のまま足を乗せている風景はしょっちゅう見かけるし、子供も平気で土足のままイスの上に立ち上がったりしている。日本のように子供の靴を脱がして電車の座席に座らせる光景は全く見かけないばかりでなく、そうした場面で靴を脱ぐことは奇異な印象を与える。お花見の季節、日本でレジャーシートに靴を脱いで座っている姿が好奇の目で報道されていたことからも、公衆の面前で靴を脱ぐことはあまり歓迎されていないようだ。

ドイツ人は日本のように不特定多数の人が履くお客用スリッパやトイレ用スリッパを履くことに抵抗感を覚える人が多い。それに反して、風呂上りできれいになったばかりの足で、寮の共同バスルームから裸足で歩いて自分の部屋に戻ったりするのは平気。「清潔さ」へのここらへんの感覚の違いは文化の違い、と言うしかない。

日独スーパー事情

ドイツのスーパーマーケットで買い物をしていると、日本との違いにいろいろと気づく。野菜や果物は必要な量だけ袋に入れてレジに出せばいいので、無駄がなくてたいへんありがたいが、日本のサービスの良さが恋しくなる違いもいろいろある。

カート置き場は少なく、しかも鎖でつながれていてコインを入れないと外せない。レジ台は動く歩道のようなベルトコンベア式になっていて、買ったものを素早くそこへ乗せないとレジ打ちの店員に「早く」と言わんばかりの顔で睨まれる。会計が済むと、これまた素早く買い物袋に入れないと、次のお客の買った品物がベルトコンベアからどんどん送り出されてきて混じってしまい、次のお客に睨まれる。おまけに買い物袋を持参しないとレジで有料で買わなければならない。レジ打ちの店員はイスにどっかりと座り続け、足ペダルでベルトコンベアを操作してお客がそれを追いかける。日頃から過剰とも言えるサービスに慣れてしまっている日本人なら、ドイツのサービスの悪さの典型のようだ!と感じてしまっても仕方ない。

しかし、よくよく考えてみるとこれらの例は実に合理的だと気づかされる。コインを入れなければカートが外せない、ということは元にあったカート置き場までカートを戻さない限り、入れたコインは取り戻せない。これであちこちに置きっ放しのカートを整理する人出が省ける。レジでお客が率先して商品を台に載せ、素早く買い物袋に入れればそれだけ1人にかかる時間が短縮され、レジでの待ち時間も少なくなる。買い物袋を有料にすればみんな買い物袋を持参するので、余計なゴミも出ないし資源の節約にもなる。それに日本のようにスタンプ式にして袋を断った人に特典を与えなくて済むので、スーパーのムダな出費もなくなる。

そして何よりも、レジ打ちの店員がイスに座っているのは、考えてみれば実に合理的。高い椅子なので品さばきには全く支障ないし、足が悪い人でもレジの仕事ができる。日本のように立ってレジを打つ必要は「お客様への礼儀」といういかにも日本的なよくわからない「サービス」以外には何の得もない。足が悪くなくたって長時間立ち続け、しかも立ったために腰を曲げて品物やお金の受け渡しをしなければならないという作業は過酷なほどの重労働だ。レジ打ちが座って良ければレジ係のなり手も増えるし、職業病も減る。「ドイツはサービスが悪い」と言っているだけではなく、日本もこうしたことは見倣うべきではないか。お客がサービスのみを期待して何もしない社会という方が本当は異常なのかも知れない。

ドイツ式って本当?

日本とドイツ、遠く離れた国同士では身近なところでの違いもいろいろある。たとえばドイツでは建物のフロアは1階、2階、3階と数えないで0階、1階、2階と数える。つまり、日本の2階をドイツでは1階と呼ぶ。

日本では数字の小数点を (ピリオド)で、3桁ずつの桁区切りは(コンマ)で表記するが、ドイツはこれが逆になる。例えば円周率は3,14 、千ユーロなら1.000Euroと表記する。

日付の表記はドイツでは日・月・年の順。例えば2002年12月2日は2.12.2002 と書く。

でもこうした習慣って本当にドイツ式? 実はこれらの習慣はドイツだけではなくヨーロッパ・スタンダードとしてイギリスでもフランスでもイタリアでも、もちろんドイツ語圏のオーストリアやスイスでも共通のルール。EU圏統合が進むヨーロッパ各国だが、こうした身近にあるルールは昔から統一されているわけだ。このコーナーで紹介した他のいろいろな「違い」も実はドイツだけの事情ではないものが多い。

ところで、ドイツ語学習者は「ドイツ語には2人称にduSieがあったり、名詞にがあったり、格変化があったりして大変!」と嘆くが、これだって英語以外のヨーロッパ言語では何語だって似た現象が起きている。「これはドイツだけのこと」という本当のドイツ式というのはむしろ少数派だ。

ドイツ人とオーストリア人

「私達オーストリア人はドイツ人のように何でもずけずけとものを言ったりせず、相手の気持ちを気遣うんですよ。」
これは私が何人かのオーストリア人から聞いた共通する言葉だ。相手の気持ちを気遣う手段として、オーストリア人はドイツ人より会話でも頻繁に接続法U式を使うのだそうだ。
接続法U式というのは、例の "Ich würde mich sehr freuen, wenn Sie vielleicht dazu kommen würden, dass 〜." (もし〜していただけるようならとっても嬉しいのですが・・・)という類の婉曲表現だ。彼らは「ドイツ人のストレートなものの言い方」に日頃から少なからぬショックを受けているに違いない。

概してオーストリアの人達は自分たちはドイツ人と比べて奥ゆかしく遠慮深い集団と思っている人が多い。ハプスブルク家の伝統と面影が今も色濃く残るウィーンなどでは、人々の多くは王朝社会から受け継がれている品格を誇りに感じている。そういえばオーストリア人のしゃべる、母音がいくぶん鼻にかかる京ことばのようなドイツ語の響きは、ドイツ人の弾丸のようにまくしたてるメリハリの効いたドイツ語と比べてどことなく優雅な感じがする。

一方ドイツ人はオーストリア人をどう見ているのだろう。「薔薇の騎士」をはじめとする数々のオペラ名作を生んだコンビとして名高い、ミュンヘン出身の作曲家R.シュトラウスとウィーン出身の詩人ホーフマンスタールの間に交わされた往復書簡集に興味深い下りがある。

ホーフマンスタールがシュトラウスの滞在地に出向いた際、シュトラウスが≪ヨーゼフ≫という新曲をピアノで披露してくれることを心待ちにしていたのに、それがかなわなかったことに落胆したホーフマンスタールが後日手紙で、「口には出せなかったけれど新曲を聞くのをとても楽しみにしていたのに」といったことを訴えると、シュトラウスがすかさず、
あなたもまた正真正銘のウィーン人ですね。あっさり「先生、≪ヨーゼフ≫から何か弾いて聞かせてください」とおっしゃればいいのに、会話の進展を窺って、そうならなかったものだから、今度はあとから手紙でおっしゃるなんて。これは全くあなたが悪いのですぞ。』(色分けは引用者による)
と手厳しく反論する。(「リヒャルト・シュトラウス ホーフマンスタール往復書簡全集 ヴィリー・シュー編/中島悠爾訳」音楽之友社より)

日本人ならこんな時
「気がつかなくてごめんなさい。今度会ったときに是非ともお聞かせします。」
などと反応するのが一般的だろうが、シュトラウスのように
「なぜ思ったことをはっきり言わないのですか?言わなければわからないでしょ!?」
と反応するのがいかにもドイツ人といえるところかも知れない。そんなドイツ人達にはオーストリア人や、なお更のこと日本人の態度はまどろっこしく、じれったく、わかりにくいと映っていることだろう。

議論をしても、威勢のいいドイツ人を前にオーストリア人がたじたじになってしまうことも多い。オーストリア人は日頃のそうしたうっぷんをどこかで晴らしたいと考えている。
2002年のサッカー・ワールドカップ、ドイツ対韓国戦がウィーンの街頭で放映されていたとき、テレビの前に集まった人達は韓国を「それ行け!」という感じで応援していた。
「みんな韓国ファンなんですか?」と聞いたら
「そういうわけでもないんだけれど、オーストリア人は1人残らずアンチ・ドイツなのさ。」
という返答。ここら辺にもドイツ人とオーストリア人の間の微妙な心の関係が現れているように感じた。

ステレオタイプ的意見との批判を覚悟のうえで、ドイツ人とオーストリア人について触れてみたが、奥ゆかしいドイツ人やずけずけものを言うオーストリア人だっていっぱいいることは言うまでもない。

旬のアスパラ

アスパラガス"Spargel"という野菜はドイツ人にとって特別な食べ物だ。白アスパラガスはドイツに本格的な春の訪れを告げる。ドイツ人はこの白アスパラガスが市場に出回るのを心待ちにし、アスパラガスに一種憧憬とも言える感情を抱いている。


奥のお皿にのっているのが「旬のアスパラ」
「冷凍ものや輸入ものはいつでもあるが、この時期の穫れたてのアスパラにまさるものはない!」と人々は目を輝かせてアスパラを礼賛する。たしかにゆでて簡単なハーブ入りのバターソースをかけたシンプルなアスパラガス料理は、やわらかく、香り高く、まさしく旬の味。日本でいえば春のたけのこに共通するものがある。

昔は栽培の煩雑さからわずかな量しか収穫されなかったため、王族・貴族の食べ物として珍重されていたらしい。

ドイツ産の白アスパラガスは5月中旬頃からやっと出回りだし、6月23日(ヨハネス祭)を最後にピタリと姿を消す。地中深くに育つ白アスパラは収穫するのが重労働で、主にポーランドなどからの季節労働者に頼っていることや、アスパラは良質な土壌を選ぶために、早々と翌年のために土を休ませなければならないことなどが、限られた時期にしか食べられない理由ということだが、「アスパラが食べられるのは6月23日まで」という掟を自らに課し、正真正銘の季節限定品というレッテルを貼ることで、よりアスパラガスへのありがたみを高めているのでは、とさえ思えなくもない。

何はともあれこの季節にドイツを訪れたら、一度は白アスパラを試してもらいたい。

勤勉なドイツの大学職員

ドイツの大学の留学生受入れ事情を調査するために、マインツ大学の国際交流課に2週間ほど研修でお世話になり、ドイツの大学の事務局の人達が働く姿を間近で見ることができたが、日本のサラリーマンとの違いにいろいろと興味をそそられた。

マインツに到着した研修開始前日、事務局の勤務時間を尋ねたところ「7時15分から16時15分まで」と言われ、ドイツのサラリーマンは始業が早いとは聞いていたが、そこまで早いとは想像しておらず面食らっていたら「でもそんなに早く来る必要は全くないですよ。私だって来るのは9時頃だから・・・」と補足説明。ためしに初日は7時15分に行ってみたが、出勤していたのは一人だけ。8時に来る人もいれば9時頃やってくる人もいる。昼休みだって12時半から30分しかないことに驚く必要はなかった。食事に出かけたら誰でも1時間は戻ってこない。昼休みの時間自体誰もさして気にしていない。

マインツ大学国際交流課のメンバーと
ドイツ人がフレキシブルに働く姿はある程度想像はしていたのだが、日頃は1分遅刻しても冷たい空気を感じる職場で働いている習慣が身についてしまっている私は、「勤務時間が決まっているのに、そんなものないようなものですね。」と半ば羨望を込めて言わずにはいられなかった。そんな素朴な疑問に対しさらりと「私達にとっては何時間働いたかよりも仕事の中味がずっと重要なんですよ。」と、言われてみればもっともな返答。さすがにドイツ人は合理的な考えをする、と感心した。

これは裏を返せば、「仕事は集中して早く片付けて、後は自分の時間をエンジョイする。」ということにもなりそうだが、こ

こで働く人達を見ているとそうでもない。「昨日は9時まで仕事していた・・・」とか、「ここにいると電話や来訪者に追われて落ち着いて仕事ができないから、ゆっくり週末に家で仕事するのが一番いい。」などと当たり前のように言っている。

「残業手当はつくの?」と聞くと「『残業』という概念がないので、残業手当てもないが、実際はかなりの超過勤務を無報酬でやっているのが現状。」と明かしてくれた。「仕事は仕事で割り切り、残りの時間は自分自身や家族のために人生を楽しんでいる」はずの自分の中の「理想的なドイツ人像」がガラガラと音をたてて崩れてしまいそうに・・・

国際交流課のメンバーが私の研修中にそれぞれの担当する分野の話をしてくれたが、共通して感じたことは、誰もが長年自分の仕事を専門職として続けていて、知識も経験も実績も豊富で、自分のやっている仕事に「誰にも負けない」というプライドを持っているということ。そうした高いモチベーションが、残業もいとわず、家にまで持ち帰ってまで仕事をするといった、私が抱いていたドイツ人像とはかけ離れた勤勉さの源になっているのだ、ととりあえず自分の中で納得することにした。

ある日ここの所長さんに仕事のあと、郊外のプファルツ地方のワイン農家に連れて行ってもらって、おいしいワインプローベ(試飲会)を楽しんだ。「ドイツでは仕事が早く終わるから、平日だってその後もこうして大いに楽しめるんですよ。」とグラスを片手に語ってくれた所長さんの嬉しそうな表情に、ドイツ人が仕事以外の人生を楽しむ姿勢を見ることができて、崩れかけたドイツ人像が多少復元されたような気がした。

「包み」の文化

「包む文化」というと、風呂敷包みなどの伝統を持つ日本のことがまずは思い浮かぶが、プレゼントを包むことを大切に感じているドイツ人は、もしかすると日本人以上に多いかも知れない。

クリスマスプレゼントを贈るとき、パーティーに招かれて手土産を持参するとき、旅先で買ったお土産を手渡すとき… 人にものを贈るときに、包み方は決して上手とは言えなくても自分で一生懸命包んで渡すドイツ人は確かに多い。

ワインやビールを招ばれたパーティーに持参するときも、きれいな包装紙で、瓶だけでなく缶までも包み、おまけに手作りのくるくる巻きのリボンをつけて手渡すのがドイツ人。ドイツ人の友人が日本に来るときに、雑誌を1冊買ってきてくれるよう頼んだら、その雑誌はまるめられて、きれいなリボンで結んであったという経験さえある。

ドイツから届いたクリスマスプレゼント
日本の包む文化というのは世界に誇れるものかも知れないが、お店の人に包装を頼むのではなく、自分できれいにラッピングできる人は意外と少ないのではないだろうか。かく言う私もラッピングは苦手だ。

ドイツの店員も頼めば包んではくれるが、別に上手に包んでくれるわけではないので、「それなら自分で」ということもあるだろうが、お店の人に任せず、自分で心を込めて包んでプレゼントを手渡す、という習慣は立派な「包む文化」を持っていると言える気がする。


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