"Der Spiegel"(ドイツ・シュピーゲル誌)2004年第3号特集記事の要約文

近年、度々の学費導入の声にもかかわらず、「だれでも平等に教育を受ける権利がある」というポリシーのもとに続いてきたドイツの大学の学費無料制度も、財政危機の深刻化でここ数年の間で急速に「無料制度見直し」へと傾き、伝統的な「反授業料魂」も旗色が悪くなってきました。
この特集記事は、学費を導入することの弊害とメリットについて、今後のドイツの大学の歩む道について、他国の例もあげながら考察しています。

原文:"Der Spiegel" 3/2004より(P.36〜P.50)

反授業料魂

学費導入運動
学費導入反対の声の中で、ドレスデンの学生ベンメ君が「もはや教育にお金をケチるべきではない」と、仲間を募って「学費の自主支払い運動」を始めた。彼は他の学生達からつるし上げられることになったが、授業料無料の時代は終わろうとしている、と考える人たちは学生や政治家の間でも増えている。
学費導入に党として反対のSPD(注:SPD(社会民主党)は現在緑の党との連立与党政権を組んでいる)だが、党大会では「エリート大学を創設する」方針が打ち出された。このためには学費導入は避けられない。
今やドイツの大学は劣悪な設備や大学内の淀んだ空気が「学費はタダだが大学は二流」という意識を生み、「大学は時間と税金の浪費の温床」とさえ批判されている。ドイツの大学がヨーロッパでトップに立てるのは、卒業時の年齢の高さと中途退学者の数だけ、という現実を背景に学費導入に理解を示す学生も増えている。
学費導入は大学システムの刷新や大学間競争の原動力となり、「金をかけたことを無駄にはしない。」という学生の意識改革にもつながる。

経済的弱者への対応
一方で教育相のブルマーン氏は、学費は経済的弱者に対して「非社会的だ」、と学費導入には否定的だ。
教育相が関わって2年前に施行された「Diplom等最初の学位取得期間での学費導入を全国的に禁じる」法律は、「国は大学行政の大枠のみを決める」という憲法の原則を逸脱している、ということでドイツの5州1自治都市が訴訟を起こし、今年この件についてドイツ連邦憲法裁判所が判断を下す。(注:連邦制を敷いているドイツでは教育行政は基本的に各州に委ねられている)
この判決で学費徴収禁止は無効とされることを見越して、大学関係者は学費導入の準備に余念がない。弱者救済についてはミュンヘン工科大学ヘルマン学長は以下の条件を掲げている。

・低所得者層の学費は、卒業後一定の収入を得られるようになってから支払えるように配慮すること。
・学業をよそにアルバイトしなくても済むように、学生生活ローンを保証すること。
・大学間競争を促進するため、学費は大学が独自に定めることができるようにすること。
・学生の獲得権を各大学に認めること。(注:現在の制度では志願者が定員を超える学科については、学籍分配センターが一律に出願を管理し、ここが各大学へ学生を配分する。このため大学が学生を選ぶことも、学生が大学を選ぶこともできない)
・払い込まれた学費が国庫に吸い上げられることがあってはならない!

ドイツでの学力低下
Pisaの調査結果は青少年の教育支援の重要性を改めて浮き彫りにしたが(注:2001年OECDにより実施された生徒の学習到達度調査(Pisa)で、ドイツの生徒の著しく低い学力が実証された)、この調査結果を裏付ける形で、大学の中途退学者が30〜40%にのぼるという報告が出ている。学生のモチベーションの欠如、劣悪な学修条件などが原因として上げられる。

更に、学生という身分にどっぷり浸かり、学生の特権をいつまでも無駄食いしている学生が多いという現実がある。ハンブルクの教育評議員は「始めから学費を払えば学生は大学の質を真剣に問うようになり、熱心に学業に励むようになる。」と見ている。長すぎる休暇期間にも「徒に在学期間を延ばすだけ」と異論をはさみ、学生の休みも民間並の年6週間で十分。」と諭す。
ドイツの大学の財政事情は悪化の一途をたどっており、多くの州で予算が削減されている。ベルリン自由大学のレームクール教授は「このまま行けば10年後のドイツの教育レベルは第3世界並に落ちてしまう」と嘆く。

エリート大学構想
こうした声を背景にシュレーダー首相はドイツの教育・研究現場を崩壊の危機から救うべく「エリート大学創設構想」に乗り出した。米国に対抗できるような人材を養成できる大学を10校程度選び、研究・教育を好条件で支援し、学生へのケアを充実させるこの構想は、国際的にドイツの大学の評価を高めると期待が膨らむ。

「ハーバードやスタンフォードのコピーを作るのではなく、多くの偉人を生んだドイツならではの伝統を活用すべき。」とドイツ研究協議会のヴィンナッカー会長も意気が上がるが、これまでに29人のノーベル賞受賞者を出したベルリン・フンボルト大学も、最後の受賞者は48年前のことという現実を考えると、本気でエリート大学を実現させるには、長期間におよぶ財政面でのテコ入れが必要だ。

問題の多くは財政面だけでなく、大学内部にも存在する。学生の顔色ばかり伺う教授、授業に出席しない学生、最新のコンピューターを導入しても使いこなせない事務員・・・。
かつて国の叡智の結集と言われた大学、教授が学生一人一人の名前を覚え、自分の家に招いて夜通し議論を戦わせていたような時代は過ぎ去った。
200万人の学生が学び、さらに「ドイツが競争に生き残るには2人に1人は大学へ進学しなければならない。」と言われる状況下ではもはや「学費無料は絵空事」とミュンヘン工科大学へルマン学長は述べる。

ドイツの私学の現状
ドイツにある私立大学の状況を見ると(注:ドイツの大学は殆どが国立で(355校)、私立大学は51校あるのみで規模も小さい)、一人当たりの年間の学費はおよそ9000〜15000ユーロ。ハンブルクのブセリウス・ロースクールの財務部長のバウマンス氏は「お金が入ることよりも、モチベーションの高い学生がやってくることが重要なんです。彼らは自分の学問に投資しているという意識が高いのです。」と話す。学生の大学への満足度は実際非常に高い。

私学で最も古いヴィッテン=ヘルデック大学では、学生が学費支払い方法のモデル作りに参加し、在学時に学費を支払えない学生のための充実した奨学金制度が導入されている。また、学生が収支や資金運営を監視するシステムがある。「自分達が払った学費の運用に学生自身が携わることができるんです。」と、学生のド・メジエールさんは自慢げに話してくれた。
学業への志も高く、学費を払うことにもポジティブな学生が多い。これも理想的な勉学・研究条件があってのことだ。彼らの勉学条件は実に恵まれている。熱心な教授達による少人数の授業、瀟洒な施設、休日でもカードキーで自由に出入りできる研究所・・・。
また、学科を越えた全学共通の必修の講座も開講されており、そこで人間形成のための学問の基礎を学ぶ。こうした講座は一般対象にも開講されていて、昨年は45万ユーロの収入があった。国立大学にとっても大いに参考になる話だ。

学費の使途
ドレーガー州政府大臣は、徴収した学費で学生生活全般の諸費用までカバーできる大規模な学生ローンが実行できると見込む。「安心して勉学に励める状況を作ることが大切。」とドレーガー氏は説く。
見込まれる増益分は、例えば教員給与を倍増し、教員数を30%増やせる額に匹敵する。少人数教育も充実されられるし、図書館の開館時間も延長でき、勉学条件は大幅に向上する。ミュンヘン工科大学へルマン学長は「資金運用について(政府ではなく)自分達で決められるようにすべき。」と話す。また、ヘルマン学長は政府の管轄事項である人事権や経営権についての見直しも強く迫った。
ミュンヘン工科大学では実験的な条項が制定され、学生を含む大学関係者と有識者・企業家が共同で大学運営に携わったり、終身雇用を撤廃して教授の業績を厳しくチェックしたり、学籍分配センターによる学生の振り分けではなく、自らで入学者を選考したりすることが可能となった。志願者の面接には1人20分はかけ、志願者側も本気になっている。

連邦憲法裁判所の判決が出ればすぐにでも学費導入をしたいヘルマン学長だが、「米国のように企業からの寄附金を増やすためにも、投資するだけの価値のある大学として特徴を示さなければならない。」と唱える。
この大学の学生会代表は授業料導入など重要な決定事項にかかわる委員会に参加できる。「もし私達の学費が、大学のためではなく州の財政危機改革のために消えるようなら、断固として闘うよ。もし主張が受け入れられないなら、他のもっとマシな州に移籍するしかないね。」と学生は話す。

他国の大学事情
オーストラリア

オーストラリアでは80年代末に学費無料制は廃止され、今では大学の総収入の3分の1以上を学費で賄っている。それ以来、教育は「輸出産業」の様相を呈している。留学生の授業料は自国の学生より高く設定され、近隣アジア諸国では「オーストラリア留学」はステイタスシンボルとして高く評価されるため、多くの大学がシンガポールやマレーシアにキャンパス進出している。
オーストラリアでは教育は商品として扱われるため、学費を払う顧客である学生の要望にこたえるために大学は商戦を展開する。教授は定期的に学生から評価が下され、質問には「24時間以内に」回答することが求められる。「ここでは学生はお客様扱いです。」と留学生は話す。市長が直々に挨拶し、「国の雰囲気を味わうために」カンガルーやコアラのレンタルの提供があったり、教授宅に食事に招かれたりする。教授は学生会に当然のように携帯の番号を知らせる。

イギリス

98年から全ての学生に年最低1125ポンドの学費を課しているイギリスも、相変わらず大学は財政難にあえいでおり、ブレア政権は更なる学費値上げも検討している。
そんな中でウォーリック大学は、独自の「企業家大学」を目差し、成果を上げている。この大学が設立した機関であるWMG(Warwick Manufacturing Group)は国内外の主要な企業との連携を結んでいる。企業はWMGへ多額の投資を行い、これを元にWMGでは企業の各種新商品開発に携わり、大きな収益を上げている。この他にウォーリック大学は社会人のための各種講座、学生寮、スーパーマーケット、シアターセンター、ホテル等々の経営にも乗り出し、今や大学予算の65%は大学が独力で稼ぎ出している。
開始当初は大学人が金儲けに走るこうした事業を疑問視する声も多かったが、ウォーリック大学がケンブリッジやオックスフォードなど名門大学がひしめくランキングリストの「研究開発のクオリティー部門」でトップに躍り出てからは、こうしたことへの批判の声も影を潜めた。今やウォーリック大学の26学科中25学科が「教育部門」でもトップクラスにランキングされている。これらの収益はすべて大学の設備・人材に利用され、また奨学金のファンドとなっている。

オランダ

イギリスよりも更に授業料が高いオランダで、学業成績に応じた奨学金システムが学生にモチベーションを与えている。学生は「授業料は払って当然でしょ? ゼミだって10人から15人ぐらいの少人数で、先生は本当によくやってくれるし。」と授業料を払うことを当然と受けとめている。大学は学納金と国からの補助金で運営されているが、国からの補助金の額は入学者数と卒業者数の状況で決定されるため、各大学は中途退学率を抑えるために凌ぎを削る。

オーストリア

オーストリアでは、財政危機の煽りで議会が早急に決めてしまった学費導入が(注:オーストリアでは01年より学費が導入された)国庫へ吸い上げられている現状を背景に、年727ユーロの学費は「政府の欺き」との非難の声が上がっている。
授業料導入時に掲げられた効果は何一つ上がっておらず、収支の帳尻合わせに利用されているに過ぎない。劣悪な教育条件を学費は何ら改善してはいない。「教室不足で授業が映画館で行われる始末、しかも映画館も超満員。いったいだれに文句を言えばいいんだ?」と学生は不満をぶつける場所もない。定員50名の授業に受講希望者が450人も押し寄せる。
ウィーン大学の学長室には去年1年で500通もの投書が届いた。「学生の授業への関心が高まったことはいいこと。投書の内容は重く受け止めている。」と学長は話す。

学費導入後のビジョン
ドイツの大学を立て直すために授業料導入を推進する「改革者」達は、
・イギリスのウォーリック大学のような企業化路線
・私立大学のような学生サービスの向上
・オーストラリアの大学のような国際進出
・オランダの大学の成果主義によるモチベーションの向上

といった方策を掲げている。連邦憲法裁判所が授業料導入にゴーサインを出した際への対応準備の時間はもう残されていない。オーストリアでのまずい例を教訓としなければならないが、既に一部学費が導入されている州で、学費が適正に使われていないケースが出ている。(注:いくつかの州では、長期在学学生などに限って学費を徴収している。)

学費は直接大学の設備や人材の向上に使われるべきで、国庫に消えてしまうようでは支持は得られない。学費を導入したのに教育条件が改善されなければ本末転倒の厳罰ものだ。学費がたちどころに瀕死の大学を窮地から立ち直らせる特効薬とはなり得ないが、国営大学を徹底的に改革する起爆剤にはなり得よう。
授業料が導入されれば顧客である学生が良い大学を客観的に選べる基準が必要で、学生が大学選びの判断材料となるような全国の大学ランキングのための基準作りが現在進められている。(注:ドイツではオフィシャルには「大学にランキングは存在しない」ことになっているが、シュピーゲルやシュテルン等の有力週刊誌が独自のリサーチで作成したランキングリストを定期的に掲載している。)
もはや学費導入以外の道は残されていないが、学費が単なる財政危機の穴埋めとして導入されることがあってはならない。

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