デュースブルク=エッセン大学

Sommersemester 2009 bis Wintersemester 2009/2010 山口 佳那子さんからの体験記
私は2009年4月から2010年3月までデュースブルク=エッセン大学に留学していました。

●寮について
  中間報告でも少し書きましたが、私は暮らしていた寮でいろいろと問題があり、引越しを考えていました。  しかし、5月にStudentenwerkにWarteリストを出たにも拘らず、1番早く引越しができるのは半年後(つまり11月)と言われてしまい、帰国のことも考えて引っ越すのはやめました。

 同居人については後期は頭を悩ませることはありませんでした。しかし共同スペースの不備は最後まで改善せず、他人が壊した寮の階段の修理費用を寮の住人全員が請求されたり、退寮の際に(ドイツでは普通だとHausmeisterは言っていましたが)部屋の壁と天井をペンキで全部塗り直すように言われました。 2月中でHausmeisterがあまり忙しくなかったためか、とても厳しくチェックされました。(わたしが入寮する際は忙しくて前の人のチェックはしていないと言われたのですが・・)

 はっきり言って、この留学で唯一、寮関係は不満でした。近くにスーパーが3つあり、Straßenbahnが目の前に通っていて立地条件はとてもよかったのですが、それ以上にストレスに感じたことはたくさんありました。日本人はビザ取得を現地で住所が決まった後行うため、最初は仮契約だけで本契約は4月末に行います。もしも実際に住んでみて、疑問を感じたりしたら、自分で部屋を探してもいいかもしれません。家賃もそんなに変わらないと思うので。。

●授業について
  私は獨協大学でメルヒェンを専攻をしています。残念ながらデュースブルク=エッセン大学でグリム童話についての授業を行っている教授が今年度は授業を開講しませんでした。
それもあり、専門1本!というわけではありません。以下は正規学生と共に参加していた授業です。

 ・Märchen(Hauptseminar)
  メルヒェンについてのゼミです。事前に文献を読み、それを理解していることが前提で授業が進められます。
  私はこのゼミでの単位修得を目指し、最初の授業からそのことを教授に伝えていました。幸い、教授は留学生にとても理解があり、またそのゼミに参加していた留学生(7名)の中で単位修得を目指していたのが私1人だったため、よく相談にのって下さいました。
  授業への参加はもちろん、学期末にEssey(5枚程度)の提出とKlausur(2時間)を行い、無事に単位修得に至りました。Hausarbeitを書く方法もありましたが、私は2月中に帰国してしまうため、前者を選びました。
  文献は毎週毎週山のように出され、また予習・復習は当たり前です。大変だと思ったことは何度もありましたが、このゼミをつらいと思ったことは一度もありませんでした。
  毎回「今日はどんなことを知ることができるのだろう」という期待でいっぱいで、どんどん新しい知識を増やしていくことのできるゼミの時間が楽しみで仕方ありませんでした。

 ・Geschichte der DDR(Vorlesung)
  タイトルの通り、DDRの歴史についての講義です。事前によんでおくとよい文献が出され、その内容に沿って授業が進められます。
  教授はとても優しく、留学生にも理解があります。しかし私は自分が試験に参加するほどの理解に至っていないと思い、教授にその旨を伝えたため、単位修得には至っていません。
  留学生(Erasmus)が単位を修得するためにはKlausurかmündliche Prüfungに合格しなければなりません。

 ・Das Tod der Menschen in der Philosophie(Vorlesung)
 哲学の講義です。Gästehörerのための授業であったため、試験等はありませんでした。高齢の受講者が多く、その人達のためにゆっくり話してくれるので、難しい内容でしたが余裕を持って聞くことができました。

 ・東アジア研究所で行われた企業シミュレーション
に参加しました。これは日独企業の合併のシミュレーションです。私は日本企業としてドイツ人学生1名と日本人学生2名と共に参加しました。1度目のシミュレーションでは、緊張もあり上手く話せず、それを指摘されたこと、グループのメンバーとの意思疎通がうまくできなかったこと、そして何よりも思うように発言できない自分がくやしくて泣いてしまいました。しかし2度目は前よりも話すことができ、「よくなった」と少しだけ褒めていただけました。
 日本人学生は参加をすれば参加証明が全員もらえますが、私は自分が少しでも発言できたことで、「きちんと参加してもらったんだ」と思うことが出来ました。


Polenのアウシュヴィッツ強制収容所
●アドバイスなど
  そして留学の形というのはその人個人でまったく違います。私は最初先輩方の体験記を鵜呑みにして「こうじゃなきゃいけないんだ!」と思っていたことがありました。しかし、それは違います。私の場合も含め、それは他人の留学の形なのです。他人の形にとらわれることなく、自分だけの留学生活を楽しんでほしいと思います。

 そしてこれは留学中に気づいたことなのですが、留学は過程であって結果ではありません。ドイツ語の学習は留学したことで終わるのではなく、意志があればずっと続いていきます。

 だから、留学中に自分のドイツ語力の伸びに疑問を感じても、それで終わりではないし、絶対に成長しています。


DuisburgのWeihnachtsmarkt
 努力すれば必ず結果はついてくるので、自分は留学するレベルに達してはいないのではないか、と思っている人も、少しでも留学に対する思いがあるのなら挑戦してみるといいと思います。きっと大丈夫、「思い立ったら吉日」です。

   最後になりましたが、留学前、留学中とお世話になった獨協大学の先生方、高島さん、立澤さん、いつも助けて、背中を押してくれた日本とドイツの友達、そしてどんな時も支えてくれた家族に心から感謝しています。本当にありがとうございました。

Wintersemester 2008/2009 bis Sommersemester 2009 根上 千広さんからの体験記
私は2008年10月から2009年9月まで、交換留学でUniversität Duisburg-Essenで学んでいました。ここでは、私がドイツで過ごした1年間について報告します。

大学や町の様子
 「住めば都」という言葉がぴったりの街です。

授業
 私の専攻はGermanistikで、その中のDeutsch als Zweit- und Fremdsprache (DaZ/DaF)に重点を置いていました。DaZ/DaFは教職を学んでいる人のための補足の科目で、DaZ/DaFだけを学んでいるという人はいませんでした。中にはもう教師になっているけれど、Weiterbildungとしてわざわざお休みをもらって学びに来ている人もいました。

 DaZ/DaFでは、DaZler(ドイツ語を2つ目の言語として学ぶ人々)やDaFler(ドイツ語を外国語として学ぶ人々)に、どうやってドイツ語を教えていくのか、また、DaZとDaFの違いは何なのかというような事が教えられています。

 ここでは、私が成績証明書または参加証明書を取得した4つの授業のみ紹介します。

1) Fremdsprachendidaktik Deutsch - Japanisch im Vergleich
DaZとDaFの違い、外国語習得の様々な方法、ドイツと日本におけるHöflichkeitの違いなどを学びました。学生が発表する機会も授業の中でたくさんありました。その発表は、成績証明書を取得するための大切な評価材料です。テーマは自由に決めることができました。私は「良い教科書とは?」というテーマで約20〜30分の発表をしました。発表終了後の質疑応答、そして先生からのアドバイスの時間では、たくさんの意見をもらいました。とても厳しい意見も中にはあり、みんながどれだけ私の発表を一生懸命に聞いてくれたのか、ということが伝わってきました。が、やはり面と向かってダメ出しをされるのは、正直とても辛かったです。私は、上手く発表ができなかったこと、ドイツで発表できるというせっかくのチャンスを、力足らずの練習のような発表という形でしか活かせなかったことが悔しくて、教室で大泣きしてしまいました。後になって気付きましたが、未熟なあの発表も大泣きも、私を一回り大きくさせてくれた大切な要素でした。

ちなみにこの授業の成績証明証取得条件として、出席はもちろんのこと、発表と、その発表の内容に関するHausarbeitの3つでした。

2) Methoden der Zweit- und Fremdsprachenvermittlung
この授業はほぼ毎回、学生の発表で成り立っていました。私は2回ほど発表の機会をもらいました。1回目は日本語・日本語教育について、質疑応答を含め90分間。そして2回目は、DaZとDaFの違いについて質疑応答を含め30〜40分間。2つめの発表はPartnerarbeitだったので、Lehramtで英語と数学の先生を目指しているドイツ人の学生と一緒に協力してプレゼンを作りました。この2つの発表と出席で成績証明書を取得しました。

他の学生の発表の内容は、日本人とドイツ人のハーフの赤ちゃんの言語習得を記録したビデオの紹介や、インドにおける第二言語・第三言語習得の実情、Tandemを通しての外国語学習など、多岐に渡っていてとても面白かったです。

3) Einführung in DaZ/DaF
この授業はいわゆる概論科目で、大きな教室に200人くらいの学生がいました。DaZとDaFの違い、Gemeinsamer Europäischer Referenzrahmen(GER)とは何か、Suggestopädieについてなど、広く浅くという感じで様々なテーマについて学びました。概論なのでもちろん発表はありませんでしたが、その代わりにGruppenarbeitやPartnerarbeitが多くありました。

概論だったので成績証明書の取得は不可能で、参加証明書のみ取得可能でした。小さなHausaufgabe(第二言語習得についてのインタビューなど)が3つと、長いHausarbeit(約10ページ)が1つと出席が、評価材料でした。

4) Sprache durch Kunst
芸術を通して、芸術を上手く利用して、DaZ/DaFの授業ができないかという疑問から始まったのがこのゼミでした。Hauptseminarでしたが、どちらかというとほぼ毎回ワークショップのような感じでグループワークが多かったです。

ある美術館に展示されている絵や彫刻の中から、グループでいくつか好きなものを選び、その芸術作品を使ってDaZler/DaFlerのためのドイツ語の授業の指導案を作成する、というのが主な活動でした。

例えば、ある絵を鑑賞し、生徒たちに「君たちは今この絵に描かれている場所に旅行にきています。そこで、君たちは家族宛てに絵葉書を出そうと思いつきました。絵葉書には、今君たちが見ているこの絵が描かれています。できるだけその情景を言葉で表現して、絵葉書を書いてみましょう。」ここでは情景を言葉で表現するというところが学びの1番の山ですが、もちろん葉書の書き方(宛先・切手など)も学ぶことができます。

このように、ほぼ毎回グループで集まり指導案を検討・作成し、数回は美術館に足を運び、自分たちの考えた指導案を実際に他のグループの人を相手に試してみたりしました。

9月24日には、「本当の」生徒たちを相手にしてこの指導案を使ってドイツ語を教える機会があったのですが、私は21日に帰国だったので参加することができませんでした。したがって、成績証明書の取得はできませんでしたが、参加証明書はもらうことができました。

生活や寮について
 寮は想像していたよりも快適でした。キッチンとバスルームを隣人と2人で共有し、自分の部屋はそれほど大きくはなかったけれど、清潔でした。家賃は約200ユーロで、電気代や水道代も込みでした。キッチンには冷蔵庫、お部屋にはベッド・タンス・机など最低限必要なものが揃っていましたが、これは寮によって変わってくるものなので、自分で確認するのが1番です。家賃の値上げの時や、契約を更新するかどうかの時は、必ずStudentenwerkからお手紙が来るので、何かわからない時はそのお手紙を持ってStudentenwerkに行って質問すれば大丈夫です。

平日、授業のない時間はバイトをしたり、Tandemをしたり、大学の授業の復習をしたりしました。週末は、ボーリング・映画・ピクニック・お掃除・お洗濯・お買い物・家族や友達とスカイプなど、毎週何かと盛りだくさんでした。

クリスマス休みと春休みの前半には、Frankfurtにいる私の「ドイツの家族」(高校時代に留学した時のホストファミリー)を訪ね、春休みの後半から1ヶ月半DüsseldorfにあるGoethe-InstitutでPraktikumをしました。


MOVIE PARK

Goethe-Institut Praktikum 仕事場の様子

もうすぐ帰国 さみしくなるねパーティー

クリスマス 昔のホストファミリーと

アドバイス
「思いっきり学んで、思いっきり遊ぶ」これが秘訣です。

おわりに
 「学びは死ぬまで残る」というようなことを、父が言っていました。私は正にその通りだと思います。 4年間で卒業や就職などの目先のことを考えたら、留学を躊躇してしまう人ももしかしたらいるかもしれません。でもぜひ、長い目で考えてみてください。そして、「留学したいな」と少しでも心の中で考えているなら、まずは挑戦してみることを私はお勧めします。自らマイナスをプラスに変えることはいくらでもできます。つまりは、何事も自分次第ということです。ありきたりですが、「後悔しない」という言葉がキーワードになってくるのが、留学だと私は考えています。

Wintersemester 2008/2009 bis Sommersemester 2009 中 誠也さんからの体験記
1年間の留学を終えて
 2008年の10月から留学が始まって、早いことにもう1年がたってしまいました。今から振り返ると、あっという間のひと時で、留学は、大変だったという一言に尽きるような気がします。

大学生活
 2009年の夏学期には、ドイツの移民に関するゼミに参加しました。授業の内容としては、ドイツの移民に関する事柄を大まかに捉えるものでした。具体的には、グローバル化と社会の変化、移民の統合政策、移民の教育機会の不平等、熟練移民の移動などです。この中で、私はインドのIT熟練移民とドイツ版グリーンカード政策について発表し、レポートも書きあげて、長期休暇期間中の今は、成績を待っています。

 今学期を通じて、自分の留学のテーマがこれまでドイツの移民と経済に重点を置いていたものが変わって、移民と教育に焦点を当てることにしました。より根本的な問題点は、教育にあるのではないかと思ったからです。

 ドイツ語の方も、以前の状況に比べては改善されましたが、まだまだ留学にゆとりを持てるような段階ではありません。留学でゆとりの持てるようなドイツ語の水準に達するためには、もはや永遠に努力を続けなければならない課題のように思えます。

休暇中の旅行
 夏休みの間は、私の家族がドイツとフランスに行きたいとのことで、私は通訳と案内をしました。ドイツ旅行の計画を立てて、ホテルを予約して、鉄道券を買ってなどなど。そして、空港で再会できた時は、1年近く経っていたので、懐かしいのと同時に、うれしかったです。旅行の時は、家族を引率して、特にレストランではメニューを説明して等々で大変でしたが、私の説明したことを家族が理解してくれたようで、安心しました。家族もドイツが気に入ったようで、またきっと一緒に街を回る時が来ると思います。

今後の進路と留学の続行
 ドイツへ留学する前からそうでしたが、留学中も、今後の進路についていつも考えていました。自分は将来何になりたいのかについてです。その答えが、ようやく夏学期の終わりごろにとりあえず―暫定的なものかもしれませんが―出たと思います。将来の可能性として、公務員などいろいろ考えましたが、学問の道を進むことにしました。つまり、これからも学問を極めて、ドイツにある教育学の大学院への進学も視野に入れることにしました。

 この将来的な目標を達成するために、ドイツ語のさらなる向上をはじめ、ドイツでしか学べないものをさらに体験し、学ぶことを決め(教育における移民の統合政策、再生産理論など)、留学を延長することにしました。とりわけ留学において大切なことは、留学先でしか学べないものを学びとってくることのように思うので、様々な情報に網を張りながら、そしてこれまでの留学で学んだことも活かしながら、ますます充実した留学にすることがこれからの新たな目標です。


ヒルデスハイムの市場広場


トリアーの皇帝浴場(Kaiserthermen)

【参 考】中さんの中間報告 

Wintersemester 2008/2009 bis Sommersemester 2009 山口ますみ さんからの中間報告
まず始めに留学の機会を与えてくださった獨協大学の皆様にお礼を述べたいと思います。先生方の熱心な指導、国際交流センターや院課・学生課の方々の援助と友人達の有益な助言によって私の留学は実現しました。大変充実した学びと生活をドイツ・エッセンの地で送ることができるのも皆様のおかげです。本当にありがとうございます。皆様の期待にこたえ成果を上げるよう、残りの期間もさらに努力していくつもりです。

では中間報告です
まずは生活編

私の研究室へようこそ

今日はこの留学期間中の成果、ドイツについてのいくつかの仮説をご紹介しましょう。

仮説1:ドイツタクシーに安く乗るには、運転手をベタ褒めするとよい。


(Essen市長と留学前語学研修時の友達)
 タクシーたぁ贅沢だ、しかし乗るよりほかに道はない、人生はつらい選択の連続です。大体ドイツタクシーぼったくり過ぎ。5割増10割増当たり前で請求しやがります。そんな運転手を相手に友好的な関係を築きつつ安くするにはどうしたらいいか、一番効果があったのは運転手の出身国を早めに聞き出しありったけの知識を総動員して褒め殺し。最短距離を正規料金で運んでくれます。まぁ正規料金ですけど。誰か検証してください。

仮説2:猫にあったら口笛を吹かなくてはならない。

 それはある寒い冬のこと、授業に急ぐ私の前に灰色のお猫様がすり寄ってきたのです。もちろんごあいさつを兼ねてなでなでしました。ドイツでは野良ネコなど見たことがありません。せいぜいお家の窓際で外を眺めるお姫様ばかりです。猫がすり寄ってきたよ〜Freude!と座り込んで遊んでもらいました。まぁ道端ですから人が通ります。通る人通る人みな笑顔で口笛を吹いて行く。なぜだ?これはきっとドイツの法律に猫にあったら口笛を吹かなくてはならないと書かれているからに違いない。誰か検証してください。


(エッセンの雪だるま)

仮説3:道は外国人に聞け!


(クリスマスマルクト)
停留所でバスや電車を待っていると時々ドイツ人と思しき人が近づいてきて「どこそこへ行くにはどうしたらいいのか」だの、「この市電はあの駅にいくのか」だの聞いてきます。他にも待っている人が何人もいる状況で、私に聞きに来る人が結構います。von Kopf zu Fuss bin ich 外国人だ。もっと知っている可能性の高い人にチャレンジしたほうが早かろう。なぜだ?最初は外国人に訊く規則なのか?誰か検証してください。とりあえず私も郷に従って、わからない時は外国人らしき人に聞いています。道に迷っても人生に迷うな。

仮説4:普通のお店やスーパーでは音楽をかけない。理由はみんな踊ってしまうから。

 ドイツには一定の区画の土地を庭仕事や農業を趣味とする人に貸し出す制度があるそうです。学生寮はそのたくさんのお庭に面しています。
それぞれの区画が趣深く手入れされており、その間を縫う道はお散歩コースとして市民や学生は勿論お犬様にも大変好評のようです。天気の良い午後はのんびりお散歩が私の唯一の運動となっています(まずい、太ってきた…)。ある気持ちのいい夕方、たくさんの人々が庭仕事に励んでいました。と、突然どこからともなく大音量の音楽が!びっくりしてあたりを見回すと、みんななんか踊っている。軽くリズムをとっている。でも踊っていたら仕事や買い物はできない。だからスーパーは音なしに違いない。誰か検証してください。


(オランダ・アムステルダムの花市場)

以上ドイツ民俗学研究の成果の一部をご紹介しました。
正規の留学期間は残り半年となった今、

欲しいモノは たった ひとつ だけ
プ・ラ・イ・べ・ィ・トな ドイツを 手に入れて 抱きしめたい 抱きたい
忙しいです。とても。遊んじゃいられません。
忙しいです。本当 だから中間報告はここまで バイバイ!


(デュッセルドルフ・カーニバル)

まじめな報告:授業編
参加授業数:週8コマ(語学コース・チューターによる補修授業含む、 他集中講義1つ)
  単位を取るつもりが初めからなかったけれど参加していた授業:2つ
単位取得できた授業:4つ(予定 まだ証明書を受け取っていない)
発表:2回 
単位取得できた授業の特徴:自分の専門ど真ん中がテーマ、学生間の討論の時間あり、発表あり、レポートあり。
単位取得できなかった授業の特徴:自分の専門を多少それた内容、テスト一発勝負またはテストを評価に加味 
その他:留学生シンポジウムを開催
http://dokkyo-de.blogspot.com/2009/03/leben-und-studium-im-ausland.html

Sommersemester 2008 bis Wintersemester 2008/09 呉屋 花織さんからの体験記
私が留学した先は、デュースブルクという町にある大学で、隣にあるエッセンという町の大学と統一された総合大学です。デュースブルクはデュッセルドルフから電車で15分くらいなので、空港に行くにも、買い物にデュッセルドルフまで出るのも便利な町です。私が住んでいた町は、デュースブルクの隣にあるミュールハイムという町でしたが、デュースブルクには最近新しいショッピングモールも完成したので何かと便利です。町並みや景色は住んでいたミュールハイムの方が好きでした。


エッセンにある湖。夏は信じられないほど多くの蛍が見えます。

大学では主に政治学に関してのゼミを履修しました。欧州連合(EU)に関して興味があったので、それに関するゼミをいくつか履修していました。春学期に関しては中間報告にまとめてあるので省略します。

冬学期に履修したのは2つのEUに関するゼミ(一つは聴講)と、ドイツ語と日本語を比較するゼミでした。EUに関するゼミでは、本当に多くのことを学びました。内容がとても濃く、そして新しく、毎回とても興味深かったです。一つの授業でEU拡大と東方拡大に関して発表し、レポートを提出しました。ドイツの大学で書くレポートは、大体15ページから20ページ書くのが普通なので、初めは苦労しましたが、慣れれば意外と書けるようになります。その分内容も濃くなりますので、本当にためになりました。ドイツ語と日本語に関するゼミでは、どのようにして言語を習得するのかや、日本語とドイツ語の比較などをしました。私は敬語に関して比較した発表とレポートを作成しました。

留学の目的は、ドイツ語を習得することと、EUに関して学び、そして単位を取得してくることでした。単位を取得するということは、現地の学生と同じように発表をしてレポートを作成することです(ゼミに関しては)。幸い政治学の先生方は留学生に親切な人たちばかりで、よく相談に乗ってくださりました。そのおかげで無事に目標だった10単位(5科目)を取得することができました。それは本当に大変なことで、今でもやり遂げたことが不思議なくらいです。そしてそれを助けてくれたドイツ人学生に感謝しています。

これからドイツに留学したいと考えている人に、本当に留学を薦めたいです。そのためには自分が何をしたのか、何を勉強したいのかを真剣に考えることが大切です。もちろん、初めはただドイツに行きたいという気持ちでいっぱいかもしれませんが、それだけでは留学の意味はありません。

ドイツの大学では本当に多くのことが学べます。EUに関して勉強したいと考えている学生にとって、デュースブルク大学はオススメです。もし留学するのであれば、事前に日本で学びたいことの本を集めて、ドイツに持っていくことをお勧めします。予習・復習には欠かせず、また日本語で内容を理解しておくと、あとでドイツ語の本を読むときに分かりやすくなります。

最後に、私は4年の4月から留学したので就職活動は全くしませんでした。2月に帰国し、進路に悩みましたが就職することにして就職活動を始めました。幸いにも就職先はすぐ決まり、ドイツ系の会社で働くことになりました(現時点では単位が認定されたのか不明なので、卒業見込みです)。


クリスマスに飾り付けしたクリスマスツリー。

ドイツに留学したことが、将来にも生かせることができ、本当にうれしく思っています。そして、留学させてくれた大学、また手助けしてくれた先生方に本当に感謝しています。

Wintersemester 2007/2008 bis Sommersemester 2008 矢田 智美さんからの体験記
留学生活とはいえ私にとって時間が過ぎるのがとても早く、日本に戻ってきてしまったのが嘘のようです。改めてドイツで過ごした一年間を振り返ると、私の留学は充実していたのかなあと感じます。
デュースブルクでの生活は二年次に参加した短期留学プログラム以来二度目であったこと、これまで多くの獨協の学生が派遣されていること、また出発前に日本で仲良くなったデュースブルクの学生がいたこと等、さほど生活に不便を感じないだろうと考えていましたが、実際は生活していた寮で住む日本人は私だけであること、来たばかりのため友達もおらず現在ほど語学能力がなかったため、住民登録等初めの諸手続きは想像以上のものでした。

 授業は、前期はドイツ語能力の向上を目指し主に語学コースを、後期はそれだけでなく専門知識の向上も目指し専攻であるドイツ文学の授業を中心に履修登録をしました。


欧州サッカー選手権を巨大モニターで観戦しているサポーター
その他文学だけでなくドイツに関する様々な知識を得たかったため、前学期を通じて専門外の授業も聴講していました。ドイツ語での授業はやはり毎回分からない部分が数多くあったため、放課後は友人や担当教授、タンデムパートナーとの勉強会の日々でした。時にはオリエンテーション時に仲良くなったチューターが手伝ってくれることもありました。

私は空き時間は勉強会に費やしていたのでドイツ以外の授業を入れることができませんでしたが、大学では文系・理系ともに多くの授業が行われているので、今となれば私の履修した科目と関連のある他学部の授業も参加できる余裕があったらもっと良かったなと思います。

 タンデムパートナーとはとても相性が良く、勉強の教え合いもあっという間に時間が過ぎ気づいたら5.6時間経っていたというのが日常茶飯事で、時々息抜きで近郊の街へ散策やオランダへ日帰り旅行に出かけていました。そんな彼女も現在日本で留学をしているので、メールや電話で連絡を取り合い色々な話をしています。

休日はよく寮内の友達と市場や散歩に出かけ、一緒にご飯を作って過ごしていました。それに寮は世界各国から留学生が集まっていたため、世界中の友達ができるだけでなく彼らの文化を多方面から垣間見ることができ、私にとってはとても興味深いものでした。また趣味である弓道もドイツで是非続けたいと思い、週に一度ドイツ人の弓道団体に参加し、春の合宿では多くのドイツ人とスポーツによる国際交流を体験することができました。

 外国での生活は楽しいことよりそうでないことの方が断然と多く常に課題の山積みでしたが、それは当り前の事であると思っていたので苦労を「苦労」と感じることは一度もありませんでした。しかし今考えるとそう感じられたからこそ続けられたのであり、留学も成功したのではないかと思います。この一年間は一生の思い出や重要な経験になっただけでなく、私自身をも様々な面で人間的に成長させられたのではないかと思います。

Wintersemester 2007/2008 bis Sommersemester 2008 藤田 恵美さんからの中間報告
私は4年生の秋学期からデュースブルク・エッセン大学に留学しています。ここでは、ドイツに来て初めて参加した授業について報告します。

・ドイツ語コース
ドイツ語の語学コースは3つ参加しました。Wissenschaftliches Schreibenではレポートの書き方、Diskussion und Referat haltenでは討論とプレゼンの仕方、そしてTagesaktuelleでは新聞を読み、その内容について意見をいうことによって時事ドイツ語を学びました。どれも上級の授業で、文法や会話や聞き取りなどの訓練が目的ではありません。この語学コースでは、私と同じ歴史専攻の正規留学生たちと仲良くなりました。彼らからゼミや講義で分からなかったことや、歴史の授業の情報などを教えてもらいました。また、彼らを通じて他の学生と知り合うこともできました。

・歴史
歴史の授業はÜbung2つ、ゼミ1つ、そして講義1つに履修・聴講しました。

Nazionalsozialistische Spielfilm als historische QulleというÜbungでは、ナチ時代の映画を分析し、討論しました。先生が討論のための資料を用意したり、テーマを挙げ、それについて学生から意見を出していくという形式でした。獨協大学のゼミで勉強したことと関連があり、予備知識が多少あったこと、加えて先生が明瞭にハッキリとしたドイツ語を話すので、先生の主張を理解するのはそれほど難しくありませんでした。先生の奇抜な意見も誇張された表現も面白く、時間を忘れられるほどのお気に入りの授業でした。

私だけでなく他の学生にとってもこの授業は刺激的だったようで、雰囲気が重苦しくなく、気軽に意見が言えるようでした。容易でなかったのは、学生が何を言ったのかを聞き取ることでした。学生の発言をそれに対する先生のコメントから推測していました。毎回誰かしらプロトコルを書き、翌週にプロトコルが配られました。このプロトコルを使い先週の授業の不明点を補っていました。通常授業とは別の時間にBlockseminarと称して関連のある映画を3本を見ました。入手するのが難しい映画を見られたこと、そして他の学生たちと映画について討論することができたのは貴重な機会でした。

もうひとつのÜbungの題目はJuden, Christen und Muslim in der frühen Neuzeitです。このÜbungの形式は、毎週10ページから50ページほどの指定されたテキストを事前に読み、その内容について質問や意見を交わし、先生が必要に応じて補足していました。この先生の意見や説明は、正直に言ってしまうと、月並みであまり興味深いものではありませんでした。それにもかかわらずこのÜbungに参加した理由は、課題のテキストの内容がおもしろかったからです。この授業でこの先生が紹介してくれなかったら、この文献に出会えなかったであろうということ、そして他の学生も私と時と場所を同じくしてこの文献を読み、その内容について話しあうことができる、ということに価値を見出したからでした。ただ、テキストを読んでいく上で、書かれた時代によって様々なドイツ活字体に慣れていなかったこと、中世ドイツ語とラテン語ができないことは、歴史専攻の学生としてはあまりに勉強不足だということを痛感しました。ラテン語や、辞書やインターネットで調べても分からない単語に関しては、ラテン語のできるドイツ人学生に助けてもらいました。

他には、講義(Religion und Konfession)を履修し、ゼミ(Antisemitismus in der rheinischen Provinz)を聴講しました。このゼミを履修せずに聴講した理由は、学生の発表が中心の形式に慣れたかったためでした。また、内容に興味があるものの予備知識がほとんどなかったため、成績(Leistungsnachweis)をもらうために必須である15分程度の発表をし、15ページほどのレポートを書き上げられないと判断したからでした。それに、この授業の初回では授業時間が変更され2時間早まったことをしりませんでした。たいていのゼミでは、初回に発表の担当者を決めていくようです。たいていのゼミでは学生が多く、ゼミといえるだろうかというほどの大人数でした。なので、進んで手を挙げて、そのテーマは私が発表します!ということが重要です。

・カトリック神学
カトリック神学ではゼミを一つ履修しました。ゼミの題目はLeben und Ferien im Judentumです。形式は学生の発表が中心ではありませんでした。課題のテキストを事前に読み、その内容について討論したり、グループで課題をこなしたり、テキストに書いてある通りにユダヤ教の儀式の準備をしたりするなど、活動的なゼミでした。また、通常のゼミの時間外に、エッセンにあるシナゴーグに行き、宗教教育の授業を見学しました。

カトリック神学やプロテスタント神学の授業では、歴史の授業と関連のあるものが多くありました。今学期、神学の授業で履修したのはゼミ1つだけですが、他にも興味のある授業がいくつかありました。もちろん、対象や授業の題目はほぼ同じでも、歴史学と神学の視点は異なります。神学の視点をとらえていなかったこと、予備知識が乏しいことから、このゼミでも随分苦労しました。また、今まで宗教教育を受けたことがなかったので、ドイツの宗教教育やその制度のこともよく知りませんでした。なので、友達のドイツ人学生に頼み、Grundschule時代の宗教教育のノートを借りたり、本を読んだりして、なんとかゼミの話題についていけるようにしました。

・勉強を手伝ってもらうこと
すべての授業を完璧にこなすのは難しかったので、歴史のÜbung2つとカトリック神学のゼミに絞り、予習・復習と課題に取り組みました。

どの授業にしても、同じ授業にでている学生に助けてもらえるようにする努力が大事だと知りました。

講義はたいてい1年生から履修できますが、ゼミは履修上限があります。交換留学生は例外としてゼミに参加することができます。なので、ゼミでは学生同士が知り合いであることが多く、和気藹々とした雰囲気で、その輪の中に陽気に入るのが私にとって容易ではありませんでした。ゲルマニスティックの授業とは異なり、歴史やカトリック神学の授業ではアジアからの留学生がほとんどいないため、私のようなアジア出身の交換留学生は珍しく、他の学生にとってもなんだか話しかけずらいようでした。

私にとって難しいドイツ語の単語は、ラテン語やフランス語やギリシャ語などの外来語です。発音どおりのつづりではないので辞書で調べることができず、困っていた際に、そっと横から教えてくれた学生もいました。ある獨協の留学生は授業後にノートを学生から借りて復習していたそうです。

デュースブルク大学では日本語学科の授業が開講されているので、日本語を勉強している学生がいます。しかし、エッセン大学では日本語の授業はありません。なので、エッセン大学では日本語がわかる学生はまずいないだろうと思っていました。あるÜbungの最終回、隣に座っていた学生が突然日本語で「独和辞書をつかっているんですか?」と私に話しかけてきました。この時私は椅子から転げ落ちるほど驚きました。こんなことはもう2度と起きないでしょうが、隣にすわった優しそうな学生には話しかけて人脈をつくっておくべきでした。そうすれば、もっと早くこの学生と知り合うことができたかもしれなかったからです。

ドイツ語のアルファベットは少ないので、文字で苦労することはないと思っていました。しかし、ほかの学生がノートを見せてくれたとしても、私には読めないことは度々ありました。ノートを借りる前に、その学生の字が読めるかどうか確認しなければならないなど予想だにもしませんでした。日本の学校教育ではブロック体で英語を書くことが要求され、義務教育内では筆記体を教えることはあまりありません。筆記体がかけないことは問題ありませんが、読めないというのは困りました。

・日本語
獨協大学では日本語教員の養成課程を修了しました。日本語の授業に参加し、ドイツ語母語話者の学生たちがどのように日本語を習うのか知りたく、日本語の語学コース1つに参加しました。このコースはReading and Diskussion(上級)という題目で、日本語の文章を読み、その内容について討論するものでした。

・勉強を続けていく上で
上記のように、私には授業の予習・復習を完璧にこなすことは難しかったです。獨協の授業ではそういったことがなかったので、ドイツの大学で「劣等生」になることは辛かったです。そんなときは、友達と一緒にご飯を作っておしゃべりをしたり、エッセン市立図書館で電子ピアノを弾いたりしてストレスを発散していました。デュースブルクにはこれといった観光名所はありませんが、デュースブルク大学近くにある森や、寮から見える夕焼けはとても素敵な景色でした。このような景色も追い詰められているときの気持ちを和らげてくれました。

授業ではなぜかよく分かる回と、集中しても全くわからない回がありました。これは様々なテーマを扱う講義で特にそうでした。私にとっては、講義よりも、あるテーマを深く掘り下げた形式をとるゼミやÜbungの方がわかりやすく、そのためか、興味をもって続けられました。とはいうものの、分からないことも多く、予習がきちんとできないままゼミにでるということが負担で、何度も途中で授業を投げ出しそうになりました。そのような時、共に学問に励んだ友人がいなければ、私は簡単にあきらめていたと思います。


友達の実家で飾ったクリスマス・ツリー
ドイツの大学で勉強をしていくことは予想していたよりも辛く厳しいです。ですが、分からないなりにその壁に立ち向かっていけば、同じ授業の学生や先生が理解を示してくれ、分からないことを聞くと嫌な顔もせず教えてくれるので、勉強を続けやすい環境が築けます。ドイツの大学での授業は難しいですが、その分勉強に対する真摯な姿勢を評価してくれる学生や先生はたくさんいます。

私だけの努力では授業の最終回までたどりついて、成績をもらうことができなかったでしょう。共に勉強をがんばりあえる友人に恵まれたことは本当によかったです。来学期も引き続き授業に臨んでいきます。

Sommersemester 2007 bis Wintersemester 2007/2008 張 斯 琴さんからの体験記
勉強
デュースブルク=エッセン大学は、文系・理系問わず学部学科が多岐に渡り、授業科目がとても充実しており、先生に相談すれば自分が興味を持っている分野の授業を紹介してもらうこともできます。

私の場合、春学期は語学と政治関係の授業を、後期は教育と歴史関係の授業に参加しました。そのほか外国人用のドイツ語コースをいくつか受けました。

中でも歴史と政治の授業が最も難しかったです。いつ何が起きたかという歴史的事実が聞き取れたとしても、それに対する先生の評価や解釈は分かりませんでした。せめて耳慣らしにでもと思いましたが、やはり最後まで難しかったです。
言語学の授業は時間が経つにつれ、少しずつ分かるようになってきますが、やはり予習・復習は欠かせません。教育学の授業では、外国人子供の義務教育問題、多国籍学生への歴史授業の行い方、歴史教科書の多国比較などを扱っていました。同じ点についても、先生によって観点がまったく違っていたりする場合もありました。そのため、ここでは私自身が外国語をどのように学んだかということと、中国と日本に長年滞在した経験を僅かながらですが、生かせたような気がします。

ドイツ語コースはドイツ語を練習する場としてはよかったです。また他の外国人学生がどのようにドイツ語を勉強しているかを観察するにはいい機会でした。しかし、それぞれのドイツ語コースが1週間に1回というペースなので、短期間での上達は望めないように思います。

住まいと暮らし
私は、学生寮で6人WGに住んでいました。私と同じWGに住む学生たちの国籍は様々で、各自独自のアクセントが付いたドイツ語を話しますが、意思疎通の障害にはなりませんでした。お互いの故郷の料理を味わったり、一緒にテレビを見たり、時には喧嘩をすることもありますが、仲良く暮らしていました。

日常生活でうれしかったことは、野菜と果物が安いことです。物価は日本とさほど変わりませんが、お店に並ぶ果物と野菜は旬のものが多く、安価でした。余暇にはパンやクッキーを焼いたり、料理をしたりしていました。学校のすぐ近くには森があって、よく散歩に行き、時に相談相手になってくれました。


私の散歩コースの湖畔
手続きと滞在許可(ビザ)
私の場合、留学に関する証明書類は日本から出されたものですが、パスポートは中国のものなので長期滞在ビザを貰うのに少し苦労しました。外国人管理局に向かうたびに気が重く、自分の無力さを感じていましたが、沢山の方々がいろいろな形で助けていただいたおかげで、無事ビザをもらえました。本当にありがたく思っています。

アドバイス
1.聞くことを恐れず、わからないことがあったら、とりあえず誰かに聞いてみることが重要です。優しい人はどこでもいますから。(ただし、誰かに質問するには、自分自身が何が分からないかということを把握することが前提条件です。)

2.出来れば日本を出発する前、遅くとも授業が始まるまでにはデュースブルク=エッセン大学のホームページでシラバスの見方を熟知しておくことをお勧めします。
ホームページ ↓
Studium ↓
Studienangebot のなかの Vorlesungsverzeichnis im LSF  ↓

インターネットを使って、どの授業を受けるかを考え、簡単なプランを作っておいたほうがよいでしょう。また、ゼミで発表したい場合、時間に余裕を持って準備し、基本的な内容を一度自分がわかる言語で書かれた本を読んでおくのもいいかもしれません。ドイツ語に自信がない場合、発表用の原稿をドイツ人学生に一度目を通してもらったほうがいいと思います。

3.時間割を組むときには、キャンパスが2つの町にあるということを心がけるといいでしょう。言語学関係、文学、教授法、歴史、芸術などの人文科学の授業はキャンパス・エッセンに、政治、東アジア関係(Japanologie)、経済などの社会科学の授業はキャンパス・デュースブルクにあります。

Sommersemester 2007 bis Wintersemester 2007/2008 吉岡 資子さんからの体験記
はじめに
「充実した1年」、これは私がこの1年間、常に意識していたことだ。費用と時間をかける留学である、とにかく精一杯いろんなことにチャレンジして、より多くのことを吸収して帰ろうと考えていた。
事前語学研修
大学が始まる前の1ヶ月間、Dresdenで大学付属の語学コースに参加した。ここを選んだ理由としては、費用が安いこと、日本人が少ないことだ。そして一番の魅力は「旧東ドイツ」であった。せっかくドイツにいるならば、いろんな経験をしてみたいと思ったからである。

Duisburgに行ってすぐに様々な手続きをしなければいけないので、この1ヶ月間で「ドイツ語を話す」ということに慣れることができたのはよかった。また世界中からきた留学生と知り合えたのもいい思い出である。


Ferienkurs in Dresden
生活
まずDuisburgについてだか、多くの先輩が報告している通りだ。決して綺麗な街並みではないが、交通の便もよく、生活に不便は感じない。

しかし、日本人が持つドイツのイメージ(多くはバイエルン地方のものだと思うが)を抱いて渡独してきた私にとっては、少し物足りないようにも思えた。気分が落ち込んでいる時、困難に直面してドイツに来た意味をもう一度見出そうとしている時、そこにドイツの素晴しい風景があったらな、と何度か思ったものだ。留学先を決める際、自分が長く生活する街の様子も考慮したほうがよいだろう。


mit den Uni-Kommilitonen
大学
前期は専攻であるドイツ近代史の講義を3つ受けていた。初めて授業を受けた時、ひどく落胆した。「単位を取って帰る」、そう断言してきた私だが、前期は教授の話す内容がほとんど理解できなかったのである。自分の語学力のなさを痛感した。
しかし、落ち込んでいてはどうしようもない。とにかく毎回出席して、耳を慣らすことにつとめた。聞き取れるようになってきたのは、前期の講義が終わる7月に入ってからである。

また講義と同時に、大学で開かれているドイツ語コースに参加した。苦手なリスニングやReferatの練習をすることができたのでよかった。しかし、語学力に自信の無い人は、有料のドイツ語コースで3ヶ月みっちりとドイツ語をやるのも手かもしれない。


後期はもとから興味のあった経済の授業にも参加した。東アジア研究室で行われているゼミにおいては文献が英語であった。ドイツ語ほど読むのに時間はかからないが、専門用語が多く辞書が手放せなかった。また文献は英語だが討論はドイツ語なので、言語の切り替えに苦労したことは言うまでもない。

また毎年開かれていると言う「Verhandlungssimulation」にも参加した。日独間の相違をふまえつつ、Joint ventureを作るという内容である。日本人だからただ単にそこ座っている、そう思われないために、またやるからには絶対マスターしてやろうと考え、予習をみっちりした。そのおかげで自分の意見を述べながら話を進めることができた。


Praktikum
Praktikum
「ドイツでしかできない経験」、これもまた1年間こだわっていたことだ。夏休みにPraktikumをしたのもそんな理由からである。ドイツの大学の夏休みは3ヶ月ある。だらだら過ごしていても時間がもったいない、またせっかくある長期休暇を利用しない手はないと考えたのである。

Dortmundにある自然博物館で2ヶ月間働いた経験は一生の宝物になった。実際にドイツの社会に出ることによって、学生という身分では知ることができない「ドイツの実情」を垣間見ることができたのも良かった。

アドバイス
これから留学を考えている人にただ言えること、それは、やらずに後悔より「やって後悔」である。留学を決断するまで、また実際留学をしている最中、様々な思いを持つと思う。そんな時迷っているならば、失敗を恐れず何事にもチャレンジしていってほしい。

おわりに
留学を振り返ってみると、本当にこの一年間充実した。異国の地で生活するということは人間を大きくさせる。そしてこのような素晴しい経験をできたのも、家族や友人、大学の先生方の助けがあったからである。本当に心から感謝している。

Sommersemester 2007 bis Wintersemester 2007/2008 高橋 里枝さんからの体験記
【手続き、契約】
 まず、ドイツ到着後直面する難関。それが保険、銀行の口座開設、大学入学手続き(Immatrikulation)、そして住民登録。ドイツ語もままならない状態で右往左往した記憶がありました。その時々や、担当者によってやり方があるので、私のやった順番が正しいとはいえませんが、参考程度に。

@ 保険の加入
A Immatrikulation
B 住民登録
C 銀行口座の開設

 私は大学入学手続き(A)をする際に健康保険証がないと学籍登録ができないといわれ、一番初めに保険の加入をしました。その際に書類(健康保険証)をもらうので、それとパスポートを持って、外国人学生課へいく。そこで学籍登録を済ましたあとに住民登録です。住民登録する際に必ず電話での予約をする必要があるので、必ず行く前に電話をしてください。このような留学生が始めに行わなければいけないことは、場合によっては大学の外国人学生課でパンフレットとしてもらうことが可能です。学籍登録の際に、担当者に聞いてみるといいかもしれません。

そして最後に銀行口座。まず、私がおすすめするのはSparkasseという銀行。デュースブルク・エッセン大学にもSparkasseの自動引き下ろし機があるので便利です。ちなみに私は一番初めに銀行口座の開設ができると聞き、はじめにやろうと思ってたのですが、担当者に住民登録証がないとできない、と言われてしまいました。結果、最後に銀行口座開設ということになりました。しかし、これも担当者によってはすぐにやってくれる人もいるので、言い方は微妙ですが、そのときの運でしょうか。

     ドイツでは担当者によって本当にやり方が千差万別なので"他の人がこうやってたから、私もこうやればいいんだ"とは考えずに自分でしっかり問い合わせをするなりして聞いたほうが無難でしょう。人任せにしていると後で痛い目に遭う可能性があります。

【大学の授業】
 前期は恥ずかしながら、講義は途中で断念してしまいました。が、ドイツ語コースを受けていました。後期はVorlesungを5つ、Hauptseminarを2つ、ドイツ語コースを1つ受けました。すべての授業で成績をとることは難しかったので、その中で自分の興味のある授業を絞り、成績をもらうために一生懸命取り組みました。講義を受けている中で感じたこと、それはこの二つでした。

@ 先生とのコンタクトをしっかりとる
A ドイツ語コースはあくまでドイツ語の知識を広めるための補助的役割

@について、これは本当に大切です。私はことあるごとにメールで質問したり、コンタクトをとったりしていましたが、本当に丁寧に説明してくれます。もしも講義の中で成績をとりたいものがあれば、まず初めに先生とコンタクトをとり、自分の顔と名前を覚えてもらうこと。そして、具体的に何をすれば成績をもらえるのか、などしっかり初めに聞いておきましょう。成績は大学から出されるものではなく、先生から直接手で受け取るものなので、@は非常に大切だと思います。

Aについて、私自身本当に痛感しました。ドイツ語コースはあくまでドイツ語能力を補う補助的役割です。ドイツ語コースを受けているだけでは(誇張した表現かもしれませんが)何の進歩にもなりません。それならば、日本でゲーテをうけているのと同じではないのか、とさえ思いました。つまり、私が言いたいことは、講義を受けること。もちろん、わからなくて自分のドイツ語ができないことを改めて痛感すると思います。ですが、講義を右往左往しながら受けることで、達成感、それと共にドイツ語能力の飛躍的アップを得ることができると思います。実際、自分はそうでした。

【生活】
 私にとってデュースブルクは本当に住みやすい町だと思います。土曜日には近くのトルコ市場まで出向いて、激安な値段で新鮮な野菜や果物を手に入れたり(ブドウを2ユーロほどで5キロ以上買ったり)、寮から近いところに3つもスーパーがあるので、買い物に困ることはありませんでした。

私はお菓子作りが好きで、こっちでドイツのお菓子のレシピ集を買って実際に作ってお客さんをよんでみんなでおしゃべりしたりしました。お菓子を作ったり料理をすることで、生活に必要なドイツ語もすごく覚えました。

私がここでひとつ言いたいことは、勉強だけに熱心になりすぎてはいけないということ。日々の生活の中からドイツ語を覚えたり、ドイツの文化に触れることができると思います。なので、家の中や図書館にこもって勉強ばかりしていては勿体ないと思います。

 日本食について考えてる皆さんへ。知っているとは思いますが、デュッセルドルフにはアジアショップがたくさんあります。そこで大体の日本食、調味料は調達することが可能です。ですが、肝心なのが値段です。しょうゆ、みりんはこちらでも安く手に入ります。逆にだしの素やこんぶ、のり、かつおぶし、ソースは高いです。私的に、だしの素やのり、かつおぶしは重くないので、日本からもっていくことをお勧めします。だしの素があれば、たいていの日本風な味はだせると思います。

【一年を通して】
 こちらにきて、留学っていうのは個人個人でそれぞれ違うものだ、ということを改めて実感しました。大事なことは、自分のペースを常に守ること。目標を決めて、ひたすら進むこと。私はよく、周りのヨーロッパ圏からきている留学生と自分を比較して、自分のドイツ語のできなさに落ち込んだりもしました。まわりの人を見すぎて自分を失わないようにすることが大切だと思いました。

【アドヴァイス】
"人とのつながりを大切に。つねにコミュニケーション精神を忘れないこと"

当たり前のことですが、これは念を押して言いたいです。人とのコミュニケーションで言語は覚えていくと思います。言葉がうまく伝えられなくても、伝えたいという姿勢はいつももつこと。言語能力は生活していくうちについていきます。

いつも笑顔で人と触れ合うこと、伝えようとすること。こちらがしかめっ面で質問していては、相手も気分を悪くしてしまいます(現に当初私はドイツ語がわからずいつもしかめっ面で、相手にいやな思いをさせたと思ってます)。


一年間の留学というのは自分を見つめなおすいい機会でもあり、いい経験でもあります。一年間という短い期間で悔いを残さないように頑張ってください。

Wintersemester 2006/2007 bis Sommersemester 2007 廣仲雅美さんからの体験記
夏学期も私は大学が無料で行っているドイツ語コースに参加し、そのほかにヨーロッパ経済、外国語としてのドイツ語教育、旧東西ドイツの文学、歴史の講義に参加しました。

ドイツ語コースはデュースブルク、エッセン大学の両方にありどちらにも参加することが可能です。前回はほとんどがエッセンでした、交通の便、天候の関係で通うことが結構大変でした。今回は交通の便のよいデュースブルクでコースを取ろうとしたのですが、前期、エッセンで教えていた先生がとても丁寧でやはり今回もエッセンで取ることにしました。夏ということもあり特に苦には感じませんでした。

語学コースではプレゼンテーションの仕方やレポートの書き方も学びました。実際にプレゼンテ−ションを行ったことは大変でしたがよい経験になっています。ドイツ語コースに参加していたことで他の外国人学生とも仲良くなりました。イタリア人の学生と仲良くなり週に一回は食事を共にするようにもなりました。そこでお互いの夢を語ったり、日本の紹介、イタリアの紹介を狭い部屋でしたことは本当に今思うと懐かしく思います。

ヨーロッパ経済の講義はデュースブルクで行われました。参加していた学生が少なかったことが印象的でした。最初の授業に資料をコピーするよう指示されたのですが、資料は教授のホームページ上に記載されているのでそれをダウンロードすれば良いのかと思っていたのですが、間違いでした。教授は資料を大学の前にあるコピー屋に置いておくから各自コピーしてきなさいと指示をしていたのです・・・。勘違いしていた私は一人だけ資料がなくパニック状態になりました。しかし近くにいた学生が親切にも、すべてゆっくりと説明してくれたので理解できました。

旧東西ドイツの文学はとても興味深いと思います。旧東ドイツ、旧西ドイツ担当の教授が2人で行っています。戦後の東西文学はとても面白く、表現方法や背景を教授が説明してくれるのでドイツ語が完璧に理解できなくとも、私は理解できているという実感はありました。

後期は、ドイツ語コースや講義だけでなく私の研究テーマについての本も読み知識を深めようと努力をしました。私の研究テーマに関する資料が日本には少なかったので是非たくさん読みたいと思っていました。そのために私は主にエッセンの図書館によく行き勉強しました。

前期はまだドイツ語力がそこまでなかったので辞書を引くことに集中し内容の理解ができませんでした。しかし後期は単語力も前期よりは増え、読むことに関してそこまで苦手意識はありませんでした。それでも難しい表現やわからない部分は友人にわかるまでたずねました。時にはドイツ人学生からも「またか?!」と言われましたがそんな時は「egal」です!やり続けることが大事です。私の友達は親切で大体は内容を噛み砕いて説明してくれたので、本当に助かりました。

今回留学を通して本当にさまざまなことを学びました。留学前まではドイツという言葉の響きに甘美なイメージを抱いていた私ですが、実際現地に住み、自分の目で見て、すべて自分でやることは本当に予想以上大変なことでした。接客一つにしても電話でのアポイントメントをとるにしても日本人と対応の仕方がまったく違うので、時々悲しい気持ちになったり、気分を害した経験も多々ありました。

しかしそこで学んだことは「日本は日本、ここはドイツ。」と割り切って強い気持ちをもつことでした。自分が納得いかないときには「私はそうは思いません。」と一言言うことがドイツでは大切なことだと思います。私はそれが頭でわかっていても最初の4ヶ月は口に出せませんでした。泣いていてもどうしようもないと割り切る、この力をつけたことで大きく成長したと思っています。

これから留学をされるみなさん、また留学を希望しているみなさん、是非その気持ちを行動に移してみてください。行動したことはいつか自分を振り返ったときに足跡としてしっかりと残るものだと私は信じています。自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じることは本で学ぶよりも何十倍も心に残ります。是非がんばってください。

Wintersemester 2006/2007 bis Sommersemester 2007 塚原千裕さんからの中間報告
帰国まで残すところ、あと2ヶ月になりました。 留学始めから今までを振り返ると本当に色々な体験をしたと思います。これから留学を考えている方への参考(少しでも)になればと、私の体験を交えながら、色々と正直に報告したいと思います。

《手続き・契約について》
留学前にたまたま見つけた龍谷大学の学生レポートに、最初にやらなくてはいけない手続きの流れが順番に書いてあったのを見つけ、それをもとに詳しい情報をインターネットで見つけ、コピーして持っていきました。そのおかげで、手続きは1週間くらいで終わりました。

っと、ここまではよかったのですが、1つありえない程長く待たされるはめになったものがありました。それはインターネットの契約です。(私は学生寮ではなく、友達づてに、同じ期間に日本に留学するため部屋をあけることになったドイツ人の学生のアパートを借りたので、インターネットを個人で契約しなければなりませんでした。)

契約自体はすぐに終わったのですが、実際ネットがつながるまで2ヶ月以上待たされるはめになりました。最初の3週間くらいは、お店におしかけたり電話をしたりと色々やってみましたが、限界を感じドイツ人の友達に手伝ってもらうことにしました。結局ドイツ人3人に手伝ってもらったにも拘らず、そこの会社は本当に最低で全然上手く行きませんでした。手伝ってくれたドイツ人の友達も、「これがドイツだよ。笑」と飽れていました。

そしてやっと繋がって安心して暮らしていたのですが、最近の通帳を確認すると、突然毎月1ヶ月の契約料×2(使用に制限のない契約なので、これは1人で同じ契約を2つしていることになります)の金額が引き落とされていたことに気づき、これからまた戦いに行くはめになりそうです。

もし、個人でインターネットを契約しなければいけなくなった場合、テレコムだけは避けた方が良いと思います。(これは私の場合だけでなく、この会社は他のお客さんにとってもトラブルが多いからです。)

私の場合、特にインターネットで大変困りましたが、他の手続き・契約でも強く対応しなければいけない時もたくさんあると思いました。基本的に相手の対応は日本とは全然違います。

住民登録の時も外国人専用の所なのに、そこにいた人の対応は、ものすごく早く話す、分からないと怒り出す、音楽を大音量でかける、と最低で、「ここは、外国人専用ですよね。こっちもドイツ語調べて準備して来ているんです。もっと親切に対応してもらえませんか。」と抗議すると、次のVISA の手続きの時には見違えるほど親切に対応されました。

他にも、「ここ(A)では分からないので、Bの所で聞いてください。」と言われBへ行くと、「ここじゃないわよ。Aで聞いたら分かると思う。」と言われ、行ったり来たりしないといけない状況になってしまいそうなことがあって、「Aで聞いたらBと言われたんで、すぐここで確認して下さい。」と言って確認してもらったところ、Aで大丈夫だった、というようなことが頻繁にありました。

ドイツ人を信じるなとは言いません。ただ、あまりにも失礼だと感じたり、変だな・・おかしい・・と思った時は、日本みたいな遠慮をせず、直接思っていることをはっきり言うことが、ここでの生活には必要不可欠だと思います。

《生活・町》
デュースブルクははっきり言って、汚いです。町並みだけではなく、色々な人、様々な人種が集まっています。大学を見渡しても外国人ばかりが目に入ってきます(私もそうですが・・)。高校の時にバイエルンへ留学したことがありますが、ここNRWは初めてで、あまりの違いにびっくりしました。

ただの森林公園の駐車場だと思っていた隣の森(大学まで繋がっていて毎日通ります)が、風俗だったり、駅前で2人組の男に追いかけられたり(逃げ切って高校生に助けられました。)、通学の路面電車の中では小中学生(みんな高校生くらいに見えます・・)が暴れたり、駅でまだ10歳にもなってないような小さい女の子に「タバコ1本もらえませんか?」と聞かれたり・・・

カルチャーショックというのか何なのか・・ショックなことばかり起きるので、家から出たくなくなることも多々ありましたが、「負けてられない!」と思い今は強い気持ちで暮らしています。

でも、この町に来てよかったと思うこともあります。
例えば、大学でできた友達はかけがえのない存在です。ケンカすることもありましたが、話しあっってもっと好きになった友達もいます。

同じ獨協大学から留学した友達に支えられることもたくさんありました。留学してるのだから日本人とはあまり関わりたくないと思う人も、もちろんいると思います。それも1つの目標なら良いとことだと思いますが、外国人が多いこの町で、自分と同じ国の仲間がいること、また、日本に興味を持って勉強している東アジア研究学生の友達たちは私にとって本当に心強い存在です。みんなに感謝しています。

個人的ですが、昔のバイエルンいるホストファミリーにもたくさんお世話になり、休みでそこへ行くときは、ドイツにいるのに実家に帰るような気持ちでした。帰るときにホストマザーの手作りのジャムを持たされ、デュースブルクへ戻って食べた時には胸がいっぱいになり、次の電車でまた戻ろうかと思うくらいみんなが恋しくなりました。

昔の友達たちも、私と同じ時期から大学生になって、バイエルン以外の地域に来たので、近くに住んでいる友達とはよく会ったり、お互い泊まりに行き会ったりしました。
友達の通う大学の授業に着いていったりして、色々な環境を見ることができ、次の目標も少し見えてきました。

今は、デュースブルク大学近くの語学学校に通っていて、毎日充実しています。ドイツ語は私にとって本当に難しいです。でも、やっぱり大好きです。もっと知識を増やして、たくさんの情報を、ドイツ・日本両方の視点から考えたいです。

前期はプレゼンの授業で、コミュニケーションを練習しましたが、今期は情報を整理して、自分の考えをまとめて書くことを練習しています。
学生同士のディスカッションも前までは、「また始まった・・。」と思っていましたが、今はどんな考え、理由があって言っているのか、自分は何て言おうか、常に興味津々です。

《アドバイス・これからについて》
留学する場所、そして大学選びは本当に重要だと思いました。学びたい分野がその大学にあるかしっかり調べてから来た方がいいと思います。私は歴史専攻ですが、デュースブルク大学は、経済を勉強したい人にはとても良いと思います。
とはいえ、どんな場所にいたって頑張れる人はいると思います。自分と常に向き合って、困難な状況にあってもくぐりぬける気力が必要です。そして、改めて気づきましたが、獨協大学のドイツ語学科の授業は本当に充実していて、素晴らしいと思います。留学前に獨協大学できちんと学ぶことは、充実した留学への確実なステップアップにつながります。
獨協大学のあの厳しい教授の授業が今、恋しくてたまりません。

今までの留学生活を振り返ると、私の中で反省や後悔ばかりがありますが、あまりくよくよしていてもしょうがないし、結局全てが自分と自分との勝負なので、残り2ヶ月そしてもっと先も、悔しい気持ちをバネに努力していきたいと思います。

Wintersemester 2006/2007 bis Sommersemester 2007 熊谷明奈さんからの中間報告
手続きについて
私は事情により語学学校といった事前講習をドイツで受ける事ができなかったので、その代わりに日本で行われていたドイツ関係の催しや授業などに参加し、少しでもドイツについての情報を入手できるようにしていましたが、いざドイツに着いてみると右も左も分からない状態で、手続きが終わるまで眠れない日が続きました。

まずドイツに来て苦労したのは住居捜しでした。大学の手違いで本来入れるはずだった寮が用意されていないという状況だった為、半年前からDuisburg大学に留学している人やドイツ人の手を借りてもう一度契約を取り直し、何とか住居は借りる事ができました。
しかしその部屋は6人部屋で、しかも男の人もいるという状態だったので最初はその環境に慣れるのに大変でした。また住民登録の際に、Terminを取るために何度も電話をしたのですが、中々分かってもらえず何度も落ち込んだりもしました。でもこの「悔しい」という気持ちがあったからこそ、今の力になっているのではないかと思います。

授業について
私の専攻はドイツ文学なのですが、Duisburg大学には他の大学と比べてあまり文学の講義が充実していないため、「ドイツ文学の導入」という講義を一つと、大学で用意されている外国人用のドイツ語コースを3コマ取りました。
講義は私にはとても難しく、自分の語学力の無さを痛感しました。そのため初めはドイツ語コースに力を入れ、自分の苦手な分野を重点的に勉強しました。特に文法の授業では、日本では習った事のない言い回しや表現などを沢山学べたので、とてもためになりました。
しかし自分の専攻科目である「メルヒェン」も平行して勉強したかったため、日本語でいう古文のようなドイツ語で書かれているメルヒェンをドイツ人のタンデムと一緒に読んだり、ネットや図書館にある本などを使って「自分で出来る勉強」にも力を入れました。

生活について
この半年、ドイツでの生活は楽しい事ばかりではありませんでした。
毎日のように同居人が共同スペースを使ってパーティーをしていたのでご飯を作れなかったり、朝方まで騒音がすごくて眠れなかったり、時にはマリファナを勧められたり。日本では考えられないような事が日常茶飯事に起こっていました。
そういった事もあり、引越しをしようと事務所にも通いましたが、私の契約が丸々一年だったため、結局同居人の退去願いを出して引っ越してもらう事にしました。
家での生活はあまり私にとっては良いものとは言えませんでしたが、学校に行けば、日本語を習っているドイツ人の友達が沢山いたので、そういった面では良かったと思います。

半年を振り返って
最初は慣れるのに精一杯だったドイツでの生活も、クリスマスをはじめとした色々な行事に参加することによって、本当に分かり合える友達とも出会う事ができました。残りのドイツでの生活を有意義に過ごすために、もっと色々な事に挑戦できれば良いと思います。

アドバイス
もし出来れば事前講習は受けた方が良いと思います。まずドイツにもドイツ語にも慣れてから大学に通えれば、その分ロスは少ないし、手続きなどもスムーズに出来るのではないでしょうか。

またドイツ語を伸ばす道具として、勿論ドイツ語の授業に参加するのは良い事ですが、私はむしろ色々なイベントに参加したりタンデムを作ったりして友達を増し、その中での会話でドイツ語を覚えていく方が効果的だと思います。最初は言葉や文化の壁に当たる事もあるとは思いますが、ドイツ語の勉強だと思って是非色々な行事に参加してみて下さい。

以上が私の中間報告になります。

Sommersemester 2006 bis Wintersemester 2006/2007 寺澤 大さんからの体験記
3月の語学研修を終えて、初めてデュースブルクに着いたときの気持は今でも鮮明に覚えています。ここで1年間暮らしていくんだなと到着した日は思ったものです。

デュースブルクという街は実際に暮らすにはほとんど不便もなく、暮らしやすい街です。電車で15分の距離にデュッセルドルフという街もあり、そこで日本食などの日本のものも手に入るので困ることはあまりありません。8時を過ぎると外に出ている人も少なく、とても静かで自分の時間などが非常に作りやすい環境だと思います。
さて留学が始まってみると、一番大変なのは手続きでした。学籍登録がスムーズにいかず、何度も足を運び、ドイツ人の友達や前回の留学生達に助けてもらい、なんとか登録することができました。また住民登録やビザの取得の際にもいろいろと手間がかかり、すごく時間がかかりました。

ドイツではそのような公式の場や手続きなどのサービスが非常に悪いので事前に下調べをして、ドイツ人の友達などに助けてもらったほうがいいと思います。これが留学を始めるにあたっての一番の壁でした。

講義はさまざまなものがあります。交換留学生は自分の専門に限らず、ありとあらゆる講義をとることが許されているので、自分の興味のある授業を簡単にとることができます。前期はドイツ語の力もまだまだと感じていたので、大学に併設されている語学コースに参加しました。そのほかに文学の講義や言語学の講義を取りましたが、ドイツ語での授業をすべて聞き取り、ノートをとり、理解するというのはかなり骨の折れるものでした。後期に入り、論文やプレゼンの回数も増え、準備することも多くなり何かと学校生活も充実してきました。

後期は経済やメディアの講義をとったのですが以前よりも内容が分かるようになり、多くのことを学べたように思います。授業などのないときは、日本語を学んでいる生徒とタンデムなどを行い、お互いの言語や文化などを教えあいました。また休日や週末にはお酒を飲みに行ったり、さまざまなところへ出かけたりと本当のドイツの学生生活を体験し、さらに満喫できたように思います。

夏休みやクリスマス休みなどの大きい休暇はドイツだけでなく、イタリアやスペインなどの外国も旅行しました。日本からと違って、ドイツからでは他国にも非常に安く行けるのでインターネットの格安サイトなどを使って調べるといいと思います。

この一年間で考えたり、感じたことというのはきっとこれからの人生に大きく影響してくるのだと思います。海外での生活というのは日本という国の素晴らしさを教えてくれるものでもあります。自分の国や自分の人種、そして自分自身をしっかりと見つめなおす貴重な体験でした。留学を考えてる皆さんもぜひそういうことを海外で感じて欲しいと思います。

【参 考】寺澤さんの中間報告 

Wintersemester 2005/2006 bis Sommersemester 2006 鈴木彩子さんからの体験記
私が1年を過ごしたデュースブルクはルール工業地帯に位置する比較的大きな街でした。電車で少し走れば工場がいくつも目に入り、お世辞にもきれいとは言いがたいながらも、大学が隣接する森にちょっと入れば雌鹿や兎を見かけるほど緑も多く、大学のキャンパスの雰囲気も決して悪くありませんでした。

デュースブルク=エッセン大学は総合大学で、学科は多岐に渡り、様々な学生が学んでいます。私は獨協での専攻と同じドイツ語学科に在籍し、主にドイツ文学、ドイツ語学の分野の科目を履修していました。
授業の進め方は日本の大学とさして変わりはありませんでしたが、講義の内容や切り口は教授の専門により当然左右されますし、ドイツ人の考える全く異なる視点や意見を聞ける授業には留学ならではの面白みを感じました。

また、教師も学生も思ったことをずばずば指摘していく姿勢はやはりお国柄といったところでしょうか。考え方の違う文化の中で生活していると、周りに自分の考えを理解してもらうためにいちいち自己主張しなければなりません。他文化にどっぷり浸ったのは自分の人間性を知り、自信を持つのにもいい機会だったと思います。

留学で得られたものは何?と聞かれると表現するのはなかなか難しいですが、結局のところ経験、記憶と言えると思います。ドイツで見たもの、考えたこと、学習したこと、すべてがまだ見えない経験として私の中に蓄えられています。これらは自分がさらに経験を積んでいくための大切な材料、大きなステップとなってくれると思います。

また、最初の半年は子供の頃からずっと行きたかった"海外旅行"に暇を見つけては出かけていました。ドイツ国内で訪れた都市は30都市に上り、連休には国外にも足を伸ばしました。そのような行く先々が、そのときの感動や話したこと、写真、お土産ひとつひとつと共に思い出の場所となったのはうれしく思います。ワールドカップとちょうど時期が重なったのもラッキーでした。
これから留学するみなさんにアドバイスとして言えるのは、とにかく目標をもってくださいということです。海外にでると、もちろん事前に日本で準備をしていくにしても、全く知らない世界に飛び込むことになります。そのとき自分が進むべき方向がわかっていなければ、ついつい安易な道を選んでしまいがちです。せっかく1年だけ得られたチャンス、自分にとってできるだけプラスになるようにもってきたいですよね。

もしその目標が必ずしも達成できなかったとしても、留学が始まったばかりのときに目印となるものを作っておくことは大切です。

留学中は日本にいたときとは違った初めての問題に悩まされることもありますが、自己をはっきり持つことは問題解決のためにも有効だと思います。日本にいるとき同様に、留学前、留学中も努力することに変わりはありません。思い切って舞台を新しいフィールドに移すことで、自分の可能性を大きく広げてください。

Wintersemester 2005/2006 bis Sommersemester 2006 M.K.さんからの体験記
大学や町の様子
Duisburgはいわば、ベッドタウンのような感じでした。電車で10分もすれば、Düsseldorf空港があり、さらに5分乗ると、NRWの州都、Düsseldorf があるというような交通の便に優れた町とも言えます。

Campus Duisburgは、森の国、ドイツならではと言う感じで、森の中に大学があります。建物はあまりキレイとは言えませんが、寮から徒歩10分という近場にあったので、とても便利でした。Mensa(食堂)はお勧めできません・・・・。

授 業
私は、主に、前期はGermanistikのさわりの部分から勉強しました。ほとんどがVorlesungだったにも関わらず、授業の内容の濃さにびっくりしました。時々、Ostasianwissenschaftのブロックゼミに参加させてもらい、日本とドイツの経済について等を学びました。
後期は、Seminerにも参加したのですが、専門的な域に達してるので、2年で留学した私にとっては、ゼミと言うものがどういうものか分からなかったので、そのゼミで発言することもできず、ただ座ってるという感じでした。
Campus Duisburg,Essen共に、留学生のためのドイツ語コースがあり、一つ授業をとっていたんですが、ドイツ語の授業なのに、先生はフランス人という、ちょっと変わった授業だったけど、フランス人の視点から見たドイツ等を教えてもらい、とてもタメになる授業でした。

留学を終えて
1年というものは、本当に早いです。留学当初はまだ後、何ヶ月も残ってる等と考えていましたが、自分のドイツ語が伸びるにつれ、友達も増えていき、冬を過ぎる頃には、もう後何ヶ月しかないんだなぁと考えるようになりました。私は、語学というものは、授業から学ぶのも大事だと思うけど、語学力の伸びは、自分がどれだけ積極的になって友達を作るかということにあると思います。その点で、私はすごく友達に恵まれたと思います。いやな事も沢山あったけど、今となっては楽しい思い出の方しか思い出せません。そのくらい、私にとって、この1年は最高の留学生活だったと思います。

アドバイス
ドイツ語は、大学の講義を聴いてたら伸びると決して安直に考えないでほしいです。語学と言うのは、自分が、聴いて、話して初めて習得できるものだと思います。なので、文法の勉強等も大事だと思いますが、常にドイツ語を話そう!!という意識を持ってほしいです。誰でも、壁にぶつかる時があると思います。その時は自分で抱え込まず友達や、家族に相談して、最高だったと思える1年にしてください。

Sommersemester 2005 bis Wintersemester 2005/2006  蛸島 愛さんからの体験記
大学の様子
デュース・エッセン大学では、統合以来ここ1年ほどでGermanistikの授業のほとんどがエッセン大学で行われるようになっています。それによって、他学部の授業と組み合わせがうまくいかないため自由な受講が難しい、大学間での移動に時間がかかるなどの弊害が出ています。さらに、大学間での連絡があまりよく取れていないために、手続きの際で思わぬハプニングに見舞われることもありました。

日本語学科のあるOstasienwissenschaft, OAWIの研究室は、デュースブルクにあります。OAWIの学生は、慣れない外国生活で唯一、気兼ねなく付き合える仲間でした。私の場合、タンデムパートナーから友達の輪が広がっていったという例がほとんどで、Germanistikの授業で知り合った中にも少数はいますが、日本を知っている、日本語が分かる、という共通点はやはり人間関係においてかなり大きな意味を持っていたのではないかと思います。
ドイツで何か困ったときはLEの7. Etageに日本人の先生方たち、また日本人に対して友好的な方たちが集まっているので、そこに駆け込んでもいいと思います。また、タンデムパートナーなどを探している、という場合にも、日本語の先生に相談すれば、進んで助けになってくれると思います。


Urlaub in Gran Canaria
授 業
前期に私が集中したのは、講義の授業とドイツ語の授業で、とりあえず自分のドイツ語のレベルをあげる、ということでした。選択した授業は、言語学の講義2つと、映画論のゼミ1つです。それに加えて、2、3個のドイツ語コースに通っていました。前期で受けた授業のほとんどは、その内容をほとんど理解しないまま終わりました。
講義の授業は大抵、大きな講堂で行われます。講義中マイクを使ってくれる先生もいますが、そうでない場合の方が多く、大体小さな声で、しかもぼそぼそと早口でしゃべられ、外国人にとっては、かなり聞き取りにくい状況です。
さらに学期の始まりの時期は、試しに聞きに来ている生徒がかなりいるので、大きな講堂内も空いている席がなく、通路まではみ出している、ということがしばらく続きます。そういうこともあって、講義の授業は早めに行って、なるべく聞き取りやすい場所を確保するようにしていました。

後期では、言語学のゼミひとつと映画論ゼミ2つに参加しました。ドイツ語の方も上達し、発言まではできませんでしたが、授業の内容はほぼ理解できるようになり、ノートも自分なりに書けるようになりました。言語学の授業のテーマが、Deutsche Sprache in der Weltというもので、各国でのドイツ語事情について、様々な見地から調べて発表する、という内容の授業でした。私は日本からの学生ということで、日本でのドイツ語学習の歴史などについてReferatを行いました。ドイツ語での発表で緊張しましたが、それなりにうまく準備もでき、そこで得た知識なども含め、とてもよい勉強になりました。

生活や住居について
デュースブルクという街は、一見したところ特に面白いものもなく、何もない街、です。デュースの街が何でもないといっても、近くにはデュッセルドルフ、エッセンといった大きな町がありますし、少し電車にのれば、湖やお城など、たくさん見物できるものがあります。
私自身は、デュッセルドルフの郊外、デュッセルというにはかなり遠すぎるところに住んでいました。家から大学まで4回も乗り換えがあり、その中でDBのお決まりのVerspätungがあるので、所要時間としては、毎日行きだけで1時間半ほどかけていました。もちろんデュッセルの街は都会でいろいろと見るものもあり、楽しいところなのですが、私にとっては、大学の友達から遠く離れていることが一番不利に感じられました。せっかくの留学生活、しかも1年と限られた期間での滞在ですので、大学生ならではの楽しさを味わって生活するのがいいのではないか、と思います。
街を見たり、買い物に行ったりは、電車に乗ってみんなでわいわい行けば、もっと楽しくなるのではないでしょうか。また寮生活も、施設など不備が多く、決して快適とはいえない住環境だとは思いますが、仲間との時間が楽しめれば、そういった外面的なものには関係なく、充実した時間が過ごせるのではないでしょうか。

留学を終えて
ドイツでの1年間で特に心に残っているのは、友達、旅行。ドイツでは、自分の部屋で自分のパーティーを開いてもてなすということが習慣で、何かというと、どこかで誰かがパーティーを開いています。パーティーといっても何か特別なものがあるわけではなく、お金をかけずに何でもないことで、盛り上がって楽しんでいるという感じです。日本ではなかなか難しいことですが、自分さえ心を開いていれば、どんな形でもいい仲間が出来るチャンスがあるのが、ドイツの学生生活のいいところではないかと思いました。

 ドイツはヨーロッパのど真ん中に位置しています。ちょっと電車に乗れば、ベルギー、フランス、オランダに着いてしまいます。飛行機に乗れば、ロンドンは1時間半です。こんなに旅行に適した場所は、他にはありません。ということでこの一年間、旅行はたくさんしました。特に心に残っているのは、チェコのプラハで見た教会です。内堂の壁の装飾、色、またその中の雰囲気など、今でも忘れることができません。本当に、素敵な思い出がいろんな形でいろんなところにできました。

アドバイス
慣れない海外での生活です。困った時は、一人で悩まずに、誰でもいいので頼りになってくれる人にすがりましょう。特に書類関係の手続きでは、Terminの取り方、慣れない言語での交渉など、始めは戸惑うと思います。そういう時は、日本語の分かる人などに相談するなりで、問題をひとつずつ解決してくよう努めましょう。
私の場合、滞在許可をもらうのに半年以上、外人局と交渉しなければなりませんでした。ドイツでのお役所の対応、サービス全般は、質が極端に悪いです。ぶっきらぼうな対応や、大胆な口論など珍しくありません。そうした状況は、遠い東の文化からやって来たばかりの人には、どうしても対応しきれるものではありません。始めは、ドイツ語の話せる人に一緒に行ってもらって、状況をきちんと説明し、自分の意思を正確に伝えるようにした方がいいと思います。
特に、「交換留学」というのもが、役所の人には理解してもらいづらく、わけの分からない理由で、観光ビザ以上のものを手に入れようとしている、と勘違いされる可能性があります。自分がドイツ語コースではなく、大学生として勉強しに来ているという旨をしっかり、どんな形でもいいので自分の言葉で伝えましょう。おどおどしていると、「ドイツ語ができないのに・・・」と、相手にネガティヴな印象を与えてしまいます。そうならないためにも、必要な時は助けをかりて、堂々と対処し、楽しい滞在を勝ち取りましょう。

滞在許可がおりれば、あとは毎日楽しく学生生活を満喫するのみです。ドイツ語力の良し悪しは気にせず、心を開きラフに構えて、友達と楽しく過ごす。言葉は、周りの環境と毎日向き合っていくうちに自然とついてくるものでもあります。語学力を磨く地道な努力ももちろん大切ですが、コミュニケーションはやはり自分自身の心の持ち様によって大きく左右されるものなので、自分が周囲とどう接するのか、その文化をどうやって受け入れるのか。逆に、自分自身がどのように受け入れられているのか。そうしたことをちらほらと考えながら、バランスよく振る舞えれば、充実した生活が送れるのではないでしょうか。どんな一年になるかは、本当に自分次第だと思います。これから留学される方、楽しい留学生活を送ってください。

Sommersemester 2004 bis Wintersemester 2004/2005  今泉 亜希さんからの体験記
語学学校
 デュースブルクに行く前に、一ヶ月間ミュンスターの語学学校に通いました。一ヶ月間で、ドイツ語に親しんだほかに、ドイツでの生活自体に慣れる良い準備期間になったと思います。

デュースブルクでの生活
 デュースブルクは噂で「ドイツの松原団地」と聞いて、何も無い街かと思いましたが住む分には何も不自由の無い街でした。デュッセルドルフにも近く、交通の便も良い街でした。大学の学生証でノルトラインの電車が無料で乗れるので(範囲は限られますが)週末に色々な町に買い物に出かけました。
 大学のドイツ語の授業は週2コマしかなく、満足できなかったので夏学期は語学学校にも通いました。冬学期はドイツ語の授業のほか、ゼミにも参加しました。

インターンシップ
 夏季休暇を利用して、ドルトムントのAuslandsgesellschaft Corporate Services GmbHという、個人・企業・学校向けの語学レッスンやInterkulturプログラム・学校での環境保護プログラムなどを取り扱う企業でインターンシップを体験しました。一番思い出深いのがシェフとともに、市長の前でのプレゼンテーションに参加させてもらったことです。また、研修中に「日本とドイツの違い」というテーマでラジオの取材を受けました。日本企業とドイツ企業の違いや考え方・習慣の違いについて話しました。
 在学中にインターンシップを経験したことで、将来具体的にどのような企業に就職したいか、働く上で何が重要か明確に見えてきたと思います。ドイツの企業で研修できたことで、ドイツ社会の実情も肌で感じることができました。個人の主張・権利が尊重されている社会なので、労働組合が力を持つのだと感じました。

留学生活を振り返って
 帰国してからまだ一年しか経っていないのに、大分昔のことのように思います。それは、日本の生活が時間に追われている生活だからだと思います。留学期間中に出会った様々な人達、日本で支えてくれた家族や友人のおかげで楽しい留学生活が送れました。これから留学する人達にも、「出会い」を大切にしてもらいたいと思います。
 たった一年の留学生活でしたが、人生の中で価値のある一年だったと思います。

Wintersemester 2004/2005 bis Sommersemester 2005 宮木裕美さんからの体験記

私は2004年9月から、1年間デュースブルク大学に留学しました。海外に長期滞在をするのは、これが始めての事だったので、最初は困難の連続でした。しかし、たったの1年間という短い期間で、日本ではできない事を多く体験し、勉強に限らずさまざまな物を吸収することが出来たのは私の人生にとって大きな収穫でした。
留学中に知り合った人の中で、"留学の目的は、自分がいかにその滞在国の物を吸収するかという事に重きを置いている人がほとんどだけれども、本当に大切なことはその国に何を残してくることが出来るかだ"という考えを持っている人がいました。これは、私にとってはおもしろい発想で、ぜひ挑戦してみたいと思いました。そして私は、留学中に"自分がドイツに残せる事をする"という事をいつも考えるようにしていました。
今、振り返ってみるとこの目標が、しっかり達成できたかは分かりませんが、それでもこれは、ドイツに残してきたという自信を持っていえる事を、数々得ることが出来たので、私にとってこの留学は成功だったといえます。

その中のひとつエピソードをあげると、ドイツで知り合った友人とその家族と一緒に料理をする機会があり、その時に寿司とお好み焼きを作りました。慣れないドイツ語での、調理方法をその友人たちは真剣に聞いてくれ、見様見まねで作りました。そして、今ではその友人も寿司が一人で作れるようになり、近所の人や知り合いに振る舞い、みんなで楽しく食べている写真が送られて来ました。その時に、今まで日本食を体験したことのない人達が、その友人の作った寿司を食べ、楽しみ、さらに日本の文化に興味を持ったという事を聞きました。
この写真を見た時、私はドイツに少しだけでも日本の文化を残してくることが出来たのだと思い、とても嬉しく感じました。おそらく自分の利益ばかり求め、一年を過ごしていたらこの嬉しさを感じることが出来なかったと思うと、"自分がドイツに残せる事をする"という事を実践してよかったと思います。

大学や授業について・・・
冬学期には、講義を1つと、あとドイツ語の授業を4つ受講していました。まだドイツ語にも、慣れていないせいか、まったく聞き取ることが出来ず、どの授業に出ていてもとりあえず参加するということしか出来なかったのを、今でも覚えています。
講義は、言語学に関するもので、多くのグラフや表を使った資料を使用して進められたので、その資料のテーマだけは、理解できるように辞書を引きながら聞いていました。
また中国からの留学生と、その授業で仲良くなった子がいたので、その子のノートを見せてもらったり、その講義のテーマが簡単に書かれている参考文献を教えてもらったりしながら、参加していました。
ドイツ語の方は、リスニング・文法、それから外国人の為のドイツ語学に出ていました。この外国人の為のドイツ語学では、文学作品や新聞の記事を読み、要約を書くという事が中心の授業でした。ほかにも、文法も取り扱ったので為になりました。
夏学期には、ゼミを一つと、発表の授業、あとドイツ語の授業を2つ受講していました。
ゼミは、ドイツの推理小説の歴史についてで、レポートと、発表をしました。発表前には、同じグループのドイツ人達と、何度もメールで打ち合わせをして準備しました。それから、発表の授業は、ゼミでプレゼンをする為の練習の為の物で、毎回さまざまなテーマに対しての発表をしました。これは、外国人留学生のためだけの授業だったので、間違えやドイツ語力を気にせずに参加でたので良かったです。また、授業の空き時間には、タンデムをしていました。私のタンデムは、女の子でOstasienwissenschaft(東アジア研究学科)で4ゼメスター目の子でした。その子とは、週に1回大学のカフェか図書館で、一緒に宿題や発表の準備をしました。
それから、週末には映画に行ったり、いろいろな所に一緒に出かけたりしていました。タンデムはドイツ語を話す機会が増えるので、いい会話練習になりました。

住居について・・・
私は、ドイツに入ったのが遅かった為、寮の空きがなく、自分で家を探すことになりました。大学のあちこちにはってある、チラシの電話番号に、かたっぱしから電話をかけで、家を探しました。そして、1年間デュースブルクの隣町のミュールハイムに滞在しました。そこでは、インテリアライトを製作している大家さんの仕事場の2階にある部屋を借りて住んでいました。
部屋は、36uで家具つき・洗濯機・風呂・トイレ・キッチン完備の完璧な家でした。それなのに、家賃はすべて込みで月250ユーロでした。また大家さんの仕事柄、家には多くのオシャレなライトが付いていたので、ヨーロッパの家の割には、まぶし過ぎるくらい明るい部屋でした。キッチンと、風呂場は共同で、ほかの部屋を借りていたメキシコ人・フランス人・ポーランド人・イタリア人の学生や、インターン生と一緒に使っていました。人の出入りが多い家だったのでいつでも話し相手がいて、楽しく生活することができました。

最後に・・・
一年間何度も挫けそうになり、その時々に励まし支えてくれた友人や家族がいたからこそ、留学生活を無事終えることが出来ました。楽しいこともたくさんありましたが、いつでもどこにいても外国人という孤独がつきまとい、ホームシックになったこともありました。しかし、最後まで走りきることが出来たのは、周りの暖かな関係のお陰だったと痛感しています。留学していた時に得た友人には、支えになってくれた事を、そして両親には、経済面での大きな負担と、それからいつでも日本から見守っていてくれた事を、心から感謝しています。

Wintersemester 2004/2005 bis Sommersemester 2005  築山 恵さんからの体験記
大学
私はDuisburgに住んでいたのですが、Duisburg大学とEssen大学が統合したのでEssen大学にも電車と地下鉄を乗り継いで授業を受けに行きました。
前期は、講義に参加してドイツ語をたくさん聞いて慣れるように努力しました。聞き取れた単語をノートに書くといったことしかできなかった記憶があります。そのため、東アジア研究の学生がとる日本の地理の授業や大学の語学コースに参加していました。
後期は大学の授業に慣れ、講義だけでなくゼミにも参加をしました。ゼミはドイツの推理小説の歴史をとり、毎週一冊課題の本を読まなければならなかったことが、とても大変でした。一週間という短い期間で、シラーなどの難易度の高い本を読むのは不可能に近く、インターネットで内容がまとめてある物をコピーし辞書を引きながら大体の内容だけは本を読む前に把握し、その後本を読むようにしました。これを繰り返したおかげで本を読むことに対する抵抗感はなくなりました。勿論、私だけのドイツ語力では理解できない部分が多かったので、友達やタンデムパートナーに手伝ってもらってやり遂げることができました。

生活
私は大学から徒歩15分ぐらいの大学の学生寮に住んでいました。部屋は6人WGだったのですが、諸事情で8人一緒に共同生活していました。ロシア人2人、ブルガリア人2人ウクライナ人、中国人、パキスタン人、そして私でした。

最初はドイツに留学したのに同じルームメイトにドイツ人がいなかったので少し残念に思いましたが、今思うとほんとにルームメイトには恵まれたと思います。とても仲が良く一緒にご飯を食べたり買い物に行ったり、スポーツをしたり、私にとっては家族のような存在でした。私が、一年間寂しい思いをしなかったのはいつでもルームメイトの笑顔を見られたからです。これから留学する人たちに、私は寮生活をお勧めします。

留学を終えて
留学中は日本人とあまりかかわらないようにした、という話をたまに聞きますが、私は正反対でした。日本人の先輩留学生や同時期に留学した友達に支えられて一年間をすごしてきました。いくらドイツに一年住んで生活に慣れても私はあくまでも日本人で外国人です。外国人として生きるということは、けして楽なことではありません。その中で同じ国から来た人たちと交流することはとても大切なことだと思います。
私は留学中、東アジア研究学科の生徒の日本語のテストの採点のバイトと、日本語の先生の赤ちゃんの世話をするベビーシッターのバイトをしました。バイトを通して知り合ったドイツで長く住む日本人の人たちとの交流の中でもさまざまなことを学びました。短期間の旅行では見えてこない外国人として生きる厳しさも感じました。

この留学を通して出会ったすべての人、留学の相談にのってくださった先生方そして留学の機会をくれた両親に心から感謝しています。ありがとうございました。

Sommersemester 2004 bis Wintersemester 2004/2005  大賀名美さんからの体験記
大学
大学では語学コースと、言語学と経済を中心にいくつかの授業を取っていました。
語学コースでは様々な人たちと知り合うことができ、一緒にパーティーをしたり出かけたり、またお互いに"ドイツいる外国人"という立場でいろいろな話もしました。

授業に関しては、始めは聞くことだけでいっぱいいっぱいで発言や質問もできませんでしたが、話が分かるようになるにつれてどんどん面白くなっていきました。冬学期に取った国際経済の授業では、日・米・EUを比較しての話題も多く、ドイツ人学生から見た日本経済とそれに対する自分の考えの違いに驚いたりもしました。苦労したのは板書で、まったく読めないこともしばしばありました。そのため"読まずに聞いてノートを取る"癖がつき、自分のためには良かったとは思いますが、始めのころは理解できない文字に頭痛がしました。

生活
日常生活においては特に困るようなことはありませんでした。始めと帰国前に事務手続き等がたくさんありますが、思った以上に簡単に終わり拍子抜けするほどでした。

ただ、外国人局に関してはできる限り早く予約を取った方がいいと思います。いろいろな場においてビザはあった方がやはり便利です。寮は4人でキッチンなどを共有するタイプのWGでした。2回同居人が入れ替わりましたが、みんなとても親切で居心地はすごく良かったです。同居人を通じて異国文化に触れたり、一緒に掃除のプランを立てたり、寮生活が始めての私には何もかもが新鮮でした。思えば、デュースブルクに着いた初日に部屋に照明がなく困ったときや分からない事があったとき、同じWGに住む人たちに助けてもらってばかりでした。もちろん外国人同士なので時には"えっ?!"と思うこともありましたが、お互いの文化を理解することが人を寛容にさせるのだと実感しました。

休暇
長期の休みには何度か旅行をしました。デュースブルクの位置するNRWにはいくつもの空港があり、そこからヨーロッパ各地へと格安で飛ぶことができます。それらや電車などを使い友達に会いに行ったり、日帰りで近郊に出かけたりしました。せっかくの機会なので、ドイツ以外のヨーロッパの国を見てみるのもいい経験になると思います。私は以前ほかの大学でのサマーコースに参加したときに知り合った友人たちに2年ぶりに再会することができ、ドイツ語を勉強していてよかったな、と思ったのと同時にまた次に会うときはもっと上手になっているようにと、モチベーションも高まりました。

最後に
一年を振り返って、本当に人に恵まれていたんだなぁ、と思います。それは、留学中だけでなく今までの日本での自分もいかに友人や家族、周りの人に支えられ助けられてきたのかを帰国した今になってひしひしと感じます。留学生活を通して自分と他人との考え方の違いを受けとめ、そこから新しい世界を学ぶことを知りました。様々な人と接することで自分を見直すこと、知識を得ること、そして柔軟性を身に付けられたと思っています。留学の機会を下さった方々、楽しい時間をたくさんくれた友人たちに感謝しています。どうもありがとうございます。

Sommersemester 2004 bis Wintersemester 2004/2005  村越里美さんからの体験記
1年間の留学は、「これほど早く過ぎていくものなのか」と思うくらいすぐでした。でもその内容が濃かったために日本に帰ってきてとても不思議な感じがしました。「私は本当に留学したのかな?」
目をつぶれば、いまだに私はドイツにいたときの情景が思い出されます。

デュースブルクは大きな町ですが、はっきり言ってしまうとこれといって特に何かあるわけではありません。駅をはさんで大学側の方は大体が住宅街になっていてとても静かです。夜8時過ぎには外を歩いている人はほんのわずかなぐらいで、まったく危険を感じませんでした。暮らすにはとても良い環境だと思います。デュースブルクを少し離れるとエッセンやデュッセルドルフ、もう少し離れるとケルンまで行けますので、地理的にも良いところだと思います。

大学の中でよく足を運んだのは図書館でした。図書館の中で勉強をするということはお恥ずかしながらあまりできませんでしたが、よく本を借りていました。99冊まで借りられ、しかも最長5ヶ月間延長できます(その本を借りたい人がいれば大変迷惑な話ですが)。東アジア研究学科生のための日本語や中国語による本などさまざまな書籍がありました。発表やレポートの準備などで本当にお世話になりました。またインターネットやビデオ視聴もできますので、とても便利でした。また友達と会う約束するときによく使っていたのが、U-Caféです。学食などでご飯を食べた後や授業の合間などに学生たちが足を運びコーヒーを飲んだりお友達とお話したりします。いつもたくさんの人がいてとてもにぎやかでした。

後期でも授業についていくのはとても厳しいものでした。自分の専門分野(歴史)にだけ絞って4コマとりました(Vorlesung1コマ、Übung2コマ、Hauptseminar1コマ)が、特にあるÜbungという授業での先生と学生たちの討論はまったくと言っていいほど何を話しているのか分かりませんでした。

誕生日会にて
ドイツ語で話しているはずなのに、ドイツ語ではないような感じでした。これに関しては本当に後悔ものでした。Hauptseminarでは発表が時間が合わずにできなかったので、レポートを提出しました。帰る直前ぎりぎりに先生に提出したにも関わらず、すぐ添削してくださって何とか単位をいただけたのがうれしかったです。

留学期間中でとても楽しかったことはドイツ国内、あるときは国外まで足を伸ばして旅行したことや、友達といっしょにご飯を食べたりしたことです。旅行には格安チケットでフランスに行ったり、ベルギーに行ったりしました。ドイツはヨーロッパの真中に位置していますので、旅行するにはとてもいいところだと思います。ドイツ国内にもさまざまなところに行ってきました。

おすすめシーズンは6月と11月下旬から12月にかけてです。6月あたりは23時あたりまで明るいですので、旅行にでかけるのに最適です。気候的にもとてもいい時期だと思います。また11月の真中頃からすでにクリスマス一色になります。ドイツ各地でクリスマスマーケットが開かれ、そこで飲むGlühweinは最高です。お土産にGlühweinのカップを持ち帰るのもいいと思います。私も4つほど手に入れました。

また、私が住んでいた寮は大きな地下室があって普段は卓球台があって友達と卓球して遊んだりしていましたが、たまにそこでパーティが開かれました。友達と一緒に誕生日パーティを開いたり、最後にお別れパーティを開いたりするのにも地下室が大活躍しました。寮にはいろいろな国から来た学生がいまして、パーティなどを通してたくさんの人と知り合いました。私は特に卓球が好きなので卓球を通して友達ができました。同じの寮に住んでいる友達同士でご飯を一緒に食べたりするのもとても楽しかったです。私がこの寮で本当によかったと思うひとつは同居人です。2人でトイレと台所を共同する部屋に住んでいたのですが、私のポーランド人の同居人が本当にいい人で(しかもきれい好きな人で)とても快適に1年間を過ごすことができました。お互いにお互いの言語を教えあったり、彼女の実家に遊びに行ったりしてとても仲良くなりました。彼女が同居人で本当に幸せでした。

ドイツから帰ってきて感じたことは前にも述べたようにとても不思議な感覚でした。ドイツに行く前はドイツでの生活がまったく想像できませんでしたが、ドイツを去る直前はドイツから帰国した後の生活がまったく想像できませんでした。いろいろなところへ行き、いろいろなことを経験し学び、多くの人から支えられ、日本とはまったく違う感覚で過ごした1年間は自分にとってとても貴重だと思います。細かく見ていけば、反省しなければいけないところも多々あります(たとえば学業の面とか)。でも全体的にみて大成功とはいえないまでも、すばらしいものであったと思います。またドイツに行きたいと心から思える留学でした。

留学は学業も大事ですが、それだけではありません。違う文化の中で1年間生活すること自体がすでに学ぶべき価値のあることです。後悔のないように自分の納得のいくような時間を過ごせたら一番いいことだと思います。

Sommersemester 2004 bis Wintersemester 2004/05 東風谷太一さんからの体験記
 知り合いから届いた年賀状に、「朝起きて戸を開ければ、餓ゑ凍えしすずめの死にたるも哀れなり、というぐらいだから寒いでしょう。」という文句が書いてありました。

 Duisburgの属するNordrhein-Westfalen州に限って言えば日本でと同じ格好で外に出れば「餓ゑ凍え」る心配はありません。「死にたる」恐れは日本にいるときと変わらないでしょう。

 毎日見渡す限り、砂の混じった石灰のような空にウツウツとして、歩けば自然にうつむいてしまう程の寒さにサブイボが立つ程度です。もちろん吐息が、白くなります。

 Nick Caveは最近、イギリスの海辺の家に生きながら天気をコントロールするスベを身に付けたそうですが、それが意識の問題としても、その境地に至るには一年という時間は充分すぎる事はないはずです。Nick Caveでさえ三年かかったそうですから。

 天気が人間にかなりの影響を与えると知ったのは、ドイツにおいてのことです。一年の半分以上の日中を太陽の下で暮らし続ける人間にはなかなか実感できないことです。ああ、でも東北出身の人にならすぐにわかってもらえるのかもしれない。あるいは梅雨が三、四ヶ月続いたと言えばいいのかな。とすれば「死にたる」恐れはドイツのほうが高いのかもしれない。

 日本国内の自殺率を曜日ごとに計算すると、月曜日が一番高くなるそうですが、梅雨の間も高くなると言う話を昔どこかで読みました。それからヨーロッパの中で一番自殺率の高いアイスランドでは、冬の間四、五ヶ月間全き曇り空と吹雪の中に閉じ込められるそうです。

 いずれにしても一度ガイジンになってみるのは必要なことです。ドイツに住めば僕はガイジンになります。生活がガラリとキシンダオトを立てて変わります。スーパーでカートを使うのに1ユーロか50セント玉が要ります。肉は血抜きしていないので血腥いです。サトイモを一個買うのに不定刻な電車に乗らねばなりません。レジを打っている人間はイスに座っています。たいがいカムプフベライトです。ビニール袋はタダではもらえません。

 そんな中で言葉が通じません。大学の講義なんて始めはほとんどわかりません。だから眠くなります。だから、講義の数はまずは絞ったほうがいいかもしれない。

 そんな中でヒキコモリたくなったり、外に出るのが怖くなるのは自然なことなのかもしれません。言葉の通じない人間に会うのが恐ろしくなるのはむしろ自然なことなのかもしれません。ただし、そこから脱け出そうとするのも自然なことなのかもしれない。成功するかどうかはまた、別の問題です。見る前に跳んでしまったほうが適当なときもあります。


  ヨーロッパは狭い。日本と同じぐらい狭い。その中でどの国の人間も多く、「俺は〜人だ!」って肩肘張って生きています。その中でガイジンになるのは楽しいですよ。

 バルセロナはケルンから飛行機で一時間です。観光シーズンでも片道60〜70ユーロです。billigflugnetzとgoogle.deなりaolで検索すればすぐに安いチケットが手配できます。恋人や友達と旅行するなら、ユースホステルなんてミミッチイ、小汚い、狭くて暗い宿ではなく、ツーリスト用のアパートを借りたほうが安いことが多いです。ガウディものの尖塔がにゅう、と、窓の外から目に飛び込んできたりします。ユースにとまらなくても、夜飲みに出れば知り合いは出来ます。無理して酒飲まなくても大丈夫です。

 それから、クラクフからドレスデンまで行く途中、"ちょっとマックよってく?"という具合にプラハに寄って行くことが出来ます。dbとgoogleで検索すればドイツ国内の時刻表が料金情報もあわせて一分かからずに手に入ります。国外のものなら駅のReise-Zentrumで訊くと調べてもらえます。機嫌がよければ。

 保険はTK − Techniker Krankenkasseのほうがいいかもしれません。AOKよりも5ユーロぐらい安いし、解約するとき学籍を抜いたという証明書が要りません。住民登録やVisumの取得は焦る必要はありません。日本で発行されてるドイツ関係の情報本の記載は、外国人局の役人と同じくらい嘘八百です。だから心配することはありません。それでも焦ります。

 意味のわからないドイツ語の単語や文章をドイツ語が達者な人に訊いても結局わからないことが多々あります。でもそれは、その人の説明の仕方が悪いからということが多々あります。

 書籍はamazon.deかbpb.de ― bundeszentrale für politische bildungで買うのがお得です。  銀行の口座を開くときはドイツ人と一緒に行ったほうが迅速に済みます。ガイジンだからです。日本と変わりません。  今喋りたいこととドイツ語の文法を同時に考えることは出来ません。人間だからです。


  最後に、さまざまな場面で助けてくれた人たちありがとう。  

Wintersemester 2003/2004 bis Sommersemester 2004 與那嶺 愛さんからの体験記
時間というものは本当に瞬く間に過ぎていくもので、もう一年が経ってしまいました。この留学生活では様々なことが起こり、良い事も悪い事も全てひっくるめていい経験だったなと思います。

デュースブルグ
デュースブルグは日本人が思い描いているようなドイツの町並みではありませんが、デュッセルドルフやエッセン、少し足を伸ばせばケルンなどの大きな街にも近くて生活しやすくとても便利で私は結構気に入っていました。大学の後ろには散歩やジョギングに適した森が広がっていて、夏の時期には授業の終わった午後や天気の良い週末にそこをアイスを食ながら散歩したり、一時間ほどジョギングをしたりしました。また大学の近くには動物園があって、そこも休日を過ごすのにいい場所でした。(イルカショーは結構面白かったです。猿コーナーにいる手のひらサイズの猿は檻に入っていないので自由に歩き回ってます。)

大学裏の森
大学生活
私は大学で併設されている語学コースと歴史のゼミを中心に授業を組んでいました。ゼミでは映画を媒体とした戦後ドイツと日本の比較がテーマでした。日本でも似たようなテーマのゼミにいたのですが、内容は正直言ってドイツのゼミのほうが格段に深かったです。発表をする生徒は事前に渡された映画分析論に則った分析をし、映画の撮られた時代や扱われている時代の背景を十分に調べて映画にこめられた監督のメッセージを読み解き、それが歴史的にどのような意味を持っていたのかを探る、というようなことをしなければなりませんでした。ゼミの先生にも発表の事前準備の段階から色々手伝っていただきましたが、自分自身の語学力の不足と準備不足で満足のいくようなものにはなりませんでした。

ゼミのほかには日本文化に関係したいくつかの授業に出ました。日本に関することだから結構余裕だろうと高をくくっていたのですが、知らないことや初めて知ったことが多く、逆にドイツ人の学生たちが詳しかったりして日本人として少しへこんでしまいました。

半年たった夏学期にはゼミの中でも発言できるようになったり、先生の言っていることが半分以上分かるようになったり、ドイツ語力がついたと実感できたことは嬉しかったです。


イベント終了後
生活
寮は日本で経験したものとは違い男女が一緒に生活するという形でした。それもはじめての経験だったので面白かったです。同居人同士結構オープンな感じではあるのですが必要以上に干渉はしない感じでした。部屋に戻ればプライベートはあるし、リビングで友達とゆっくりお茶も飲めるし、結構心地よい生活が出来ました。

生活していくうちに友達も増えて(デュースブルク大学には東アジア研究学科があるので日本に興味を持っている子が結構います)週末には大学のパーティーに一緒に行ったり、夏には寮の裏でバーベキューをしたり、デュッセルドルフの大きな映画館でイベントがあればみんなで乗り込んだりしました。(一番すごかったのは「ロード・オブ・ザ・リング」三部作を一気に上映するイベントで、休憩時間を含めた総イベント時間約10時間!夕方5時から翌朝3時まで)

一年が終わって
日々は本当にあっという間に過ぎていきました。私は今までに三回ほどドイツで生活をしてきました。高校生の時の最初の留学では反省と"もっとこうすればよかった"という思いばかりが残る一年でした。そして大学に入って一ヶ月の短期留学をした時は楽しくて、今回の留学をするきっかけになりました。そして三度目の今回はこれまでの反省や経験を思い出し、臆病にならずになんにでもチャレンジするように心掛けました。それがいい結果をもたらしたと思っています。ドイツに来て日本にいては知り合えなかった人たちと話すことで、考え方の違いや習慣の違い、全く新しいものの見方を知ることが出来ました。また、友達の大切さというものも実感できたのも今回の留学の一つの収穫だと思います。行き詰った時やつまずいた時にゆっくり話を聞いてくれた友達に本当に感謝しています。今回の経験をこれからにつなげていきたいと思います。


バーベキューパーティーにて
これから留学する人たちへ
海外では十分な準備をしていても何かしら思いがけないことが起こります。それに対応できるような柔軟な考えと度胸が必要です。帰国生や現在留学している人たちとコンタクトを取るのも良い手だと思います。

留学中は常に積極的な態度と努力を惜しまないことが成功のカギだと思います。日本で語学の準備をすれば準備をした分だけドイツ語になれるのは早くなりますが、さらに磨きをかけるには現地の人達とのコミュニケーションが大切です。だから受身であることはやめましょう。

ずうずうしさも時には必要です。自分のやりたい事やしてもらいたい事はハッキリ言うのが一番です。ドイツの人は日本人に比べて察しが悪いので、何も言わな

いと"あの子は何を考えているのか分からない"って事になります。(さすがに"これぐらいは察せよ!"と思う時もありますが)それに、スーパーでの買い物やカフェでのサービス、電話会社、インターネット会社等との契約の際に不都合があると日本の場合は小さなことだと許容してしまうことがありますがドイツでそうしてしまうと後々自分が大きく損をしてしまうことがあります。不当なことにはちゃんとクレームをつけましょう。

何より自分自身が留学を楽しむことが一番大切です。日本では経験できないこともいっぱいあるのでいろんな事にドンドン挑戦することをお勧めします。

Wintersemester 2003/2004 bis Sommersemester 2004  佐藤真理子さんからの体験記
デュッセルドルフの町
私が住んでいたデュッセルドルフは比較的大きい街だが自然も多くとても住みやすい所だった。公園に野生のりすがいてよくパンを挙げに行っていた。日本の食品店もあって便利だった。

授業
社会言語学や日本語の方言や女性言葉についての授業を履修していた。ドイツの学生たちはとても積極的に発言し、その分野の知識をたくさん持っていると思った。大変だったのは、ドイツ語や英語のテキストを読んで要約して行かなければならなかった時だ。ドイツ語の要約を日本語でまとめ、それをまたドイツ語にするというとても時間のかかる作業だった。いつもドイツ人の友達に手伝ってもらっていた。

生活
デュッセルドルフに一人暮らしをしていた。ドイツに着いて始めは友達の家に泊めさせてもらい、アパート探しやその手続きを手伝ってもらって一人暮らしを始めた。日本のアパートよりも広くてきれいで安くて、アパート周辺の環境もよく、とても快適に生活できた。普段は語学学校か大学に行き、夕方から合気道の道場に通っていた。道場にはドイツ人だけでなくポーランド人やトルコ人もいて、たくさんの人と知り合うことができた。学校でならったことなどを道場の人たちと話すときに使ってみたりして、語学の上達にもとても良かった。各地に道場があるので講習会などでいろいろな所に連れて行ってもらえた。


留学を終えて
留学していろんな国の人と話したり、様々な国に行ったことで視野が広がり、すごく前向きになったし、様々なことに対して興味がわくようになった。留学したことで自分自身成長できたと思うので留学して本当に良かった。

これから留学する人へ
ある程度勉強しておけば日常生活はなんとかなるが、友達に自分の考えをちゃんと伝えたり、大学の授業で発言するにはできるだけたくさんの単語を覚えておいて、早いドイツ語を聞くのにも慣れておいたほうがいいと思う。

Wintersemester 2003/2004 bis Sommersemester 2004 宮田和美さんからの体験記
私が、ドイツへの留学を決めたのは留学と就職の間で迷いながらも就職活動をし始めた時でした。就職活動をする中で、留学できるのは今しかないと思い立ち、今思えば、留学準備にかける時間も十分ではないまま、三ヶ月語学学校に通い、半年デュースブルク大学で勉強する予定で、日本を発ちました。

しかし、半年経ったところでようやく生活に慣れ、語学力も伸びていない状態で、中途半端なまま日本には帰れないと思い、半年延長しました。その結果、手続きの関係上、五年間で卒業するためには、獨協大学での一年分の単位をドイツで取って帰らなければいけないという課題が残りました。卒業というプレッシャーを感じながらの留学は、人にお薦めできるものではありません・・が刺激のある留学生活は送れました。


Abschiedsparty
事務手続き
実際大学が始まってみると、語学学校の時のようにはうまくいかず、生活に慣れるので精一杯という感じでした。一番苦労したのは、事務手続きでした。まず初めに、寮を決める際に痛感したのが、口約束を契約と勘違いしてはいけないということです。担当者が変わると、話がうまく中で伝わっておらず、一から説明し直しということを何度か繰り返しました。二週間ほど事務所に通い、やっと部屋を手に入れることができました。デュースブルク大学は獨協大学と提携をしているので、交換留学生でなくとも、根気よく通って、獨協生であるということをアピールすればなんとかなります。

また書類があって問題は発生しました。初めにシュベービッシュハル、ボンと語学学校を転々とした際に住民登録をしたことが後々問題になりました。デュースブルクの外国人登録局で学生ビザを申請する際、きちんと住民票を抜く手続き「Abmeldung」をして、その書類を持っていたにもかかわらず、役所のミスでそれがうまくいかず、他の町に同姓同名の「ドッペルゲンガー」がいるという理由で、半年間、正式なビザが発行されませんでした。

授業
授業に関しては、Germanistikを中心に履修しました。冬学期の授業では、語学コースといくつかゼミをとっていました。また、ビジネスシミュレーションというドイツ企業と日本企業のベンチャー企業を作り、業績を競うというプログラムに参加し、現実の企業間の競争の厳しさと、日本企業の弱い点などを痛感しました。夏学期は、言語分野においてもレファラートを行い、レポートを提出しました。

こういったレポートを書く際に、分からないことがあると、タンデムパートナーに尋ねていました。彼女とはお互いに日本語ドイツ語を教えあっていて、夏などは、カフェのテラスや芝生の上などでお互いに勉強していました。授業に関して、日本で中心に学んでいた文化や芸術に関してはあまり授業がなかったのが残念でしたが、言語に関しては充実していたので、新しい分野に触れられたことは良かったです。しかし、芸術の面では、今まで日本で知識として学んできた芸術作品や、文学作品の舞台を旅行という形で直接見ることができました。

また、Hiroshima Nagasaki ,Asianismusというアジア関係の授業も受講していました。これは私が語学学校にいた時に、アジア諸国の人たちと多く出会い、その中でも、同じ留学生であった台湾人女性と、様々な歴史や政治ついての討論をしてきたことが受講のきっかけになりました。彼女の方も、日本に興味を持ち、帰国するときには、日本語を学ぶようになり、お互いに刺激になった気がします。

治安
ドイツは比較的良いですが、デュッセルドルフには日本人をターゲットにしたスリが多発していました。力ずくで取ることはあまりないようですが、かばんを後ろに持っていたりすると盗られます。それによって、私はドイツ警察のお世話になるという貴重な体験もできましたが、日本ほど平和な国はないと反省させられました。

一年を振り返って…
私はこの一年で、ドイツ人のみならず、様々な国の人と出会い、感じたことは、自分がいかに日本について興味がなかったのかということです。自分の国の選挙結果を嬉しそうに報告してくる友人が、又、真剣に政治に対して討論しているドイツ人が初めは理解できませんでした。ただ、日本について聞かれた時にきちんと答えられるようにと調べていくうちに、私自身も自然と日本人とも討論するようになっていました。海外へ出たことで、一人の日本人としてどう対応すればいいのかということを考えるようになりました。海外でコミュニケーションをとるというのは、日本人としての自分を捨て、その国に合わせるのではなく、日本人として、どのように海外の人たちとうまくコミュニケーションしていくかということが大切なのだと感じました。

最後に、このような貴重な体験ができ、単位を取って帰るという目的を達成できたのは、先生方や職員の方々、両親や友人に助けられてのことだと思います。ありがとうございました。

Wintersemester 2003/2004 bis Sommersemester 2004 白鳥由希子さんからの体験記
「まだ一年」
「もう一年」

これが留学開始時と終了時の率直な感想だった。
最初は何もかもが「初体験」だった為、不安と焦りに満ちていた。しかし、今ではそんな苦労も笑って話せるようになってしまった。時の経過と記憶の変動に只々驚かされてばかりだ。
留学の目的は正直言って「興味本位」からであった。この「興味本位」はただ単に学業のみに留まらず、生活等のあらゆる面における「ドイツへの興味本位」である。

専攻はドイツ近現代史。だから、ドイツでもその専攻分野に適した授業のみ受けるつもりだったが、そういった講義が残念な事に中々見つからなかった。数少ない講義の中で、「ヒロシマ原爆投下」に関するゼミはとても興味深かった。広島原爆投下を日本以外の国々でどう捉えられているか、が主なテーマであった。このゼミを通し、一つの(歴史的)出来事が国・地域・文化・歴史的背景等によって異なる事を改めて実感した。同時にその認識の相違を受け入れる事の重要性にも気づいた。
その他にも中世文学研究にも手を付けた。この方面の専門知識が全く無かった為、「中高ドイツ語」を学びながら、その土台となる基礎知識を整理しなければならなかった。この分野では、新しい知識を得る事が出来た。また、文学作品に込められた皮肉等から垣間見るドイツ人の内面性の複雑さを痛感した。しかし、後者についてはまだまだ知識不十分故今でも理解に苦しむ事多々なり。

留学中は一人暮らしの若者並みの生活を送っていた:「食べたい時に食べる」、「眠くなったら寝る」等々。その為、体内時計と言った生体機能が著しく狂ったのは言うまでも無い。それにも拘らず、一年ずっと健康でいられたのは幸運だった。

自分は出不精である。よって、周りの人に比べ旅行が少ない。ドイツでもそれは変わらなかった。しかし、冬はクリスマス市巡り、夏は各地週末日帰り、と稀に旅行した。また、遠出せずに、近場の緑豊富な公園の中を散策したりもした。

ドイツの「風」は心地よかった。日本のぎすぎすした「風」に比べ、ドイツのそれは大変おおらかで自由だった:ドイツでは、日本の様に(他人の)人生に 「レール」や「勝敗」を付けたりしない。むしろお互いに尊重しあう。人間生きて行く上で大切なことである。…本当に日本は悪い意味でアメリカナイズされている。

意思疎通、留学中これに最も苦労した。殊に外国語、ここではドイツ語、による誤解・摩擦は頻繁に起こった:自分を上手く伝えられない、相手を良く理解出来ないなど。今は日本語・外国語に限らず、そういった衝突を極力避ける為に、言葉使いに気を配る事を心掛けている。
また、自分が如何に多くの人に支えられているか、を同時に痛感した。今まで一人善がりで自己中心的過ぎた自分が恥ずかしい。今後は、人様への気配りも忘れずに、(人様とも)接して行こうと思っている。

この留学を通して、良かれ悪かれ様々な体験をした。そして、これらの体験は今の自分の思考・姿勢・人生を形成している。 留学は何も語学上達だけがすべてではない。この言葉の意味を少しずつではあるが、理解出来るようになった。

最後にこの様な貴重な機会を下さった先生方・関係者の方々、支えてくださった家族・友人達にはとても感謝しています。有難う御座いました。

Wintersemester 2003/2004 bis Sommersemester 2004 小田美和子さんからの体験記
帰国して、本当に自分は一年間ドイツにいたのか不思議に感じることがあります。「この一年は特別」と夢のように扱わず、その先にこれからをつなげていきたいと思っています。ドイツで、日本ではきっと考える機会がなかったかもしれないことを考えた。ドイツで、日本に居るより多くの大切なことを学んだ。これからの励みにしていきたいです。

事前語学研修
私のドイツ留学は、夏休みを使った語学研修から始まります。Frankfurtから電車で1時間弱のGiessenという小さな町で大学の語学コースに通いました。そこでは、人生初のカルチャーショックを受けます。ワンフロアーに16人で住んでいたのですが、Mitbewohnerはほとんど男の子で、お風呂上りはタオル一枚で廊下をぶらぶら。トイレも


Tanz aus der Reihe
シャワーも16人で共有。日本ではない環境に、始めは「ドイツの寮ってこうなの?!」と寮生活に不安を感じると同時に、かなりの抵抗がありました。


研修が終わり、Duisburgへ。私が入寮したのは10月の半ばでしたが同居人が帰省していた事もあり(みんな授業が始まるまで帰ってきません!)、誰もいないWGでなんとなく寂しく寮生活をスタートしました。でも、大学が始まると寮にも活気が出てきます。私の住んでいたWGは、他の寮と比較してみると、開かれている感じで、人が訪ねやすく集まりやすい寮だったと思います。学校からも一番近く、すぐ近くにスーパーもあり、何よりバス停が寮の目の前だったのでとても便利でした。私が住んでいた建物には、ベランダ状になっている通路が中庭に面してあり、とても雰囲気が良かったと思います。私が寮にいたときは、同居人の出入りが激しく、6〜7人が出て行ったり入ってきたりしていました。私はこの一年間で、ドイツ人、ロシア人、中国人、フランス人、日本人との生活をしました。外国人同士で住むことに特に問題はありませんでしたが、文化や考え方の違いと言葉の不自由さで気持ちがうまく伝わらないなどストレスを感じることもありました。いろいろな国から来た人たち同士で生活して学んだことは、「人をまず理解しようとするよりも、自分をまず理解してもらう」です。すると意外に物事がスムーズに行ったりします。

Duisburg im Herbst
大学
大学では、私は日本で専攻していた言語学を中心に授業を取りました。Proseminar・Einführung・Vorlesungを取るほかに、併設の語学コースに参加しました。初めは予習するのも間に合わず、90分間聞いているのが精一杯でした。やはりドイツ人と一緒に並んで受ける授業は大変ではありましたが、でも学生のぽんぽん出てくる発言で、どんどんテーマが発展していくのがとても面白かったです。それから、私の場合は卒業論文のテーマと関わるゼミが開講されていたので、卒業論文の準備も留学中にすることができました。

生活
 日常生活では、生きることに困ったことはありませんが、いろいろな手続きが一回では済まず何度も足を運ばなければならないということがよくありました。銀行口

座を作るときは予約を取ってからとか(普通は要らないそうです)、バイトのためArbeitserlaubnisを取るとき前回とまったく逆のことを言われ帰らされたり、電話のプランを勝手に変更されたり・・・。ドイツ人でもおかしいと思うことがよく起きたりしました・・・。

 成田空港を出発した時には、想像もしなかった様々なことを体験し、それまでもやのかかっていた視界がはっきりしました。自分がどんな人間なのか、本当は何をしたいのか、自分を客観的に、そして冷静に見ることができるようになりました。本当に貴重な経験となりました。自分に与えられた環境に感謝しています。

Wintersemester 2003/2004 bis Sommersemester 2004 牧江有子さんからの体験記
輝く夏のドレスデンでの楽しい語学研修を終え、留学のふたを開けてみたところ、一番最初に出会った困難は住む家がないことでした。寮の契約書が上手く届かず、締切日を過ぎてしまい、「交換留学生」という肩書きむなしく「Wir haben kein Zimmer mehr. Gar nichts!」と電話口で言い放たれてしまいました。今となっては笑い話ですが、ご親切な知り合いの(知り合いの知り合いの)家を転々とし、一ヵ月後にめでたく入寮という運びになりました。契約社会ドイツと、人情の温かさを知ったドイツの秋でした。

大学では語学コースとGermanistikとOstasienwissenschaftのいくつかの講義、そしてゼミを一つとりました。語学コースの受講人数はやや多めだったものの、ユーモアのある先生と気のいい受講生により和気あいあいと楽しく勉強できました。週末に語学コースの皆と遊びに行ったり飲みに行ったりと、楽しい交友関係が持てました。


お別れ会

ゼミは少人数だったので、毎回発言したり、テキストの要約を発表したり、期末のレポートを作成したりと内容の濃い授業でした。ドイツでは次の授業までに準備をしてくることが多く、そのため授業への参加度が高くなるのだと感じました。出席よりも理解が重要視されるらしく、「大変な学期」とは「コマ数の多い学期」ではなく「内容の難しい授業のある学期」を指しているようです。

日常生活において、外国人局や銀行、保険の手続き等の場ではそれほど大変に感じた記憶はありませんが、驚くほど礼儀がなっていない店員・係員がいるなぁと本当に驚いた記憶はたくさんあります。しかし慣れてしまえばどうということもなく、たまに明るい親切な店員さんに当たると嬉しくなるので、引き算ではなく足し算の人間関係観が後半できあがりました。何か質問をしたい時には店員ではなく道行く人に尋ねると大抵親切に対応してくれます。

また、寮がキッチンを16人で共有する形式だったので、10カ国から集まった老若男女の学生と交流をもつことができ、驚くこと、カチンとくることはあるものの、面白いことは確かです。寮のメンバーにも恵まれたと思います。こんなに国際色豊かな学生寮はドイツならではではないでしょうか。こちらの学生の見習うべき点は、楽しむ時と学ぶ時のけじめをはっきりつけることと、困難な状況にあってもどこかしらユーモアを忘れないことです。

日本ではとにかく忙しく生活していたので、物事を深く考えたり、自分の考えに理由付けしたり、自分や周りを分析したりといった時間を持たずにきてしまいましたが、ここに来て、今まで当たり前だったことが当たり前でないことになり、考えてもみなかった質問をされたり、意見を聞かれたりすることを通して、自分がどういう人間で、どういうことを好み、どういう考え方をするのかが遅まきながら分かるようになってきました。他人と違う自分の意見、感じ方を表すことを受け止めてもらえる土壌があるからできたことだと思います。

なかなか伸びない語学力にやきもきしたり、引っ込み思案になってみたり、柄にもなくぺこぺこへこんでみたりしましたが、その度に愚痴を言ったり相談できた友達の存在で、精神を病まずにここまで来られました。感謝。 後半夏学期は友達も増え、天気も良くなり、ドイツ語で話すことが苦ではなくなり、「こんなに幸せでいいのかしら?」と本気で思う日々でした。

考え方が異なる人と一緒に解決策を見つけること、人との関係の中で成長していくこと、自分の益にならなくても協力したり助けたりすること、自分にも他人にも寛大に接することを、肌で学んだ一年でした。この一年は特別、と別物にしてしまわずに、留学経験を土台とし、その上に積み上げていけるよう努力します。

Wintersemester 2002/2003 bis Sommersemester 2003 吉永弘美さんからの体験記
私の留学生活は苦あり楽あり、様々な思いで過ごした一年でした。

最初のころは、無愛想な店員に悩まされたり、学生寮での薄い壁で騒音に悩まされたり、ゼミや講義などの授業についていくのに必死だったり、訳も分からずがむしゃらに突き進んでいたのを思い出します。一週間に一回のペースで読まなければならなかった自然主義時代の文献に悩まされたこと、投げ出したい思いを堪えて必死に書いた論文をやっと完成させた喜び、そんな私をそばで支えてくれた友人の温かさ。様々な感情で胸がいっぱいになって、その時は分からなかったことが、今、日本に帰ってしみじみと心に沁みわたります。

年間を通して行った日本語教育実習も、大きな思い出の一つです。休暇はきちんと取るドイツ人。日本のように長期休暇を利用することなどできず、ゼミや講義などの授業と同時進行。まずは授業を見学したり小テストを添削することから始めました。日本で学んだ、「日本語で教える日本語」。ドイツで学んだ「ドイツ語で教える日本語」。二つは全く別のものでした。「子供だましのようなお遊びは好まず、理解していようといまいと、理詰めで説明すると納得する。」そう教えてくださった日本語学科の先生。国独自の思想・文化を踏まえた「教え方」があり、日本語の知識と同じくらい、土地の人になりきることが必要なんだと感じた瞬間でした。

教育実習を通じて、一つの大きな出会いがありました。日本語を教えて欲しいと言ってきた彼女は、フランスのご婦人。もちろんドイツ語はペラペラで、家庭教師のアルバイトを探していたようでした。免許取得中とはいえ、まだ日本語教師の卵である私。とっさに私は「お金はいらない。日本語教えるから、ドイツ語を教えて!」と頼んだのを覚えています。親と同じくらい年の差があった彼女に、それも出会った最初の日に、こんな大胆発言をした私。しかし、逆にこの言葉が彼女の胸に深く突き刺さったようで、毎日のように勉強し、いろいろな美術館に連れて行ってもらったり、街を散策したり、ドイツの「根」の文化にたくさん触れることができました。勉強の合間の他愛のない話が盛り上がり、言語・文化・グローバル社会など様々なテーマで話し合って時間が過ぎることもありました。

時には辛いこともあった一年間、乗り越えたときの喜びと達成感があるからこそ、頑張れた一年間。留学生活で手に入れた、試練、経験、努力、友情、強い意志、そして希望、全てが今、私の宝物になっています。

Wintersemester 2002/2003 bis Sommersemester 2003 平井健太郎さんからの体験記
ドイツへの興味(ドイツ音楽との出会い)
私がもともとドイツに興味をもったきっかけは、ドイツのクラシック音楽に出会ったことです。重厚な音色、熱情的旋律、やや不器用で頑固な音楽。このドイツ音楽に触れてから、時にドイツ音楽と同じような描写をされるドイツの国民性にも惹かれるようになりました。幾度も暗黒の時代を乗り越えて、文化や経済を発展させてきた、まさに"苦悩をつきぬけて歓喜に至れ"というベートーベンの生涯のような、ドイツの歴史にも興味を抱きました。

討論好きなドイツ人
特に戦後処理問題や現在の社会福祉制度など、ドイツと日本を比べると、決して日本は褒められたものではないと私は考えていました。同じ第二次大戦敗戦国でありながら、なぜ両国の差はここまで大きいのだろうか。そんな疑問を解決する糸口を探りたいと感じ、それがドイツ留学の目的でした。ドイツ人は真面目だとよく言われますが、確かに政治討論が好きだし、歴史のターニングポイントを熱く語るなどする人も多かったように思いました。日本人からすると、"政治は政治家が行うもの"といった感じがするのですが、ドイツ人は"政治は国民が行うもの"といった考えがあるように思い、確かに政治家が一人歩きしているどこかの国とは大違いだなと納得してしまいました。

こんなまじめなドイツ人ですが、デュースブルクにいるドイツ人学生も真面目な人がとても多いなと思いました。一般的には日本人学生よりドイツ人の方が勉強しているなというのが私の率直な感想でした。ただ、遊ぶときは遊ぶ、飲むときは飲む、勉強するときはする、といったけじめのつけ方が彼らの最も感心するところでした。

大学での勉強
肝心の勉強の方ですが、私の場合は苦痛だったとしかいいようがありませんでした。もともと勉強が大嫌いだったので、継続的に学習すると言うのが苦手で、投げ出したくなるときも多々ありました。もしドイツ留学を考えているのでしたら、獨協大学のゼミや授業の課題で嘆いているようでは、ドイツではやっていけないと思っておいた方が良いです。"此れ見よがし"という言葉がありますが、まさにその言葉がぴったりと当てはまるほど課題を出されました。

私の中間報告でも書きましたが、読まなくてはいけない資料が多くて、1つの授業で夏ゼメは最高100ページ以上を一週間で読んでこいと言われたことがあります。日本語なら1日で簡単に読めますが、難しいドイツ語で書かれた難しいテーマを一週間で読むのは大変なことです。とても辛かったですが、通し読みをするということが意外に役に立つことも分かり、読解能力は上がったと思います。

夏ゼメは、ほとんど興味ある講義が無かったので、Vorlesungをいくつか受講しただけでした。なので、余った時間、自分でやりたいことを勉強しようと思い、『Die Zweite Schuld oder von der Last Deutscher zu sein(第二の罪 ドイツ人であることの重荷)』という"過去の克服"について書かれた本を一つひとつ丁寧に訳していくという勉強をしました。かなり分厚い本だったのですが、1ヶ月もあれば余裕をもって訳せると思っていた私が浅はかでした。結局1ヶ月まるまる頑張っても三分の一程度しか訳せませんでした。この本を読んでいるときはいつも朝から晩まで大学の図書館にこもっていました。私の場合、家にいるとゴロゴロしてしまい、様々な誘惑に負けてしまうので…。図書館は朝9時から夜9時までやっているので、とても便利でした。カフェや食堂がいつもやっていたので、お腹が空いたり、喉が渇いたりしたときにいつも利用していました。その時に利用していたカフェはU-Cafeという名で、図書館のすぐ横にあったのですが、知り合いが必ずといってよいほどいたので、休憩中はよく話をしたものです。

イラク戦争と熱波
私生活についてですが、私がドイツにいるときに、二つの大きな出来事がありました。それは、イラク戦争とヨーロッパを襲った歴史的大熱波です。イラク戦争については、さまざまな国の人々と討論しました。時々過熱しすぎて喧嘩になりそうなときもありました。私は日本にいなかったので、推測でしかないのですけど、このイラク問題は、日本よりドイツ国内の方が大きな議論になっていたと思います。韓国や台湾、中国の人とも大いに議論しました。イラク問題がいつのまにか靖国神社参拝問題になったりして、かなり肩身が狭い思いをしたこともあります。いろいろな意見を総合すると、やはり「何で日本はアメリカの言うことばかり聞くんだ!」という意見が100%でした。ショー・ザ・なんとかって言われたそうですが、日本は見せ方間違えたみたいですね。とにかく、寮に住むと外国人がたくさんいて、議論なり遊ぶなりすることがとても楽しかったです。

熱波についてですが、最近は日本と同じくヨーロッパでも夏は異常な暑さになることが多くなったようです。私がいたときは気温が40度まで上がりました。ドイツではエアコンのような気の利いた物はあまりないので、本当に辛かったです。図書館だけが辛うじて少しエアコンが効いていたので、猛暑のなかで勉強するには図書館が一番です。寮も直射日光が当たってとても暑かったので、うちわか扇子をもっていくことをおすすめします。本当に重宝しますよ。

ドイツ人の友人
ドイツ人ともとても仲良くすることができました。日本語学科があるので、心配しなくても向こうから寄って来てくれます。ほとんど日本語を話せない人から、私より文法を知っている人など様々ですが、日本語学科の学生との思い出が一番でした。皆さんが、ドイツにいったら是非ともお互い日本語とドイツ語を教えあうタンデムパートナーを作ってほしいと思います。相手の分からない日本語をドイツ語で言う、分かりやすい日本語で言い直す、といった敷衍するという行為が、とても勉強になったと思います。

休みの過し方
私が、計画しておくべきだったと思うことは、"夏・冬休みの過し方"です。学生の大半は実家(国内外を問わず)に帰ってしまうので、まさに"寮は蛻けの殻"状態です。なので、休みはどこかに旅行に行くとか、資料を漁っておいて勉強に没頭するとか、計画しておかないと、本当にやることが無くて困ってしまいます。

ドイツへの必携品(パソコンと耳栓)
私がドイツに持っていって良かったなと思ったのはパソコンと耳栓です。パソコンは出来ればDVD付きパソコンが良いと思います。ドイツ語の映画を見てドイツ語の勉強ができるので、おすすめです。場合によっては、帰国してすぐに就職活動という方もいると思います。ですから、ドイツからもインターネットで情報収集することをおすすめします。皆さんもご存知のリクナビには、海外大学生用の欄もあります。少々出遅れても(3月帰国の場合など)、海外で勉強していたことを生かすことが出来るかもしれません。あと、日本にいる知人とWebcamチャットをしました。MSNなどが提供しているサービスで、要するにパソコンでテレビ電話です。国内でもWebcamチャット用のカメラが安いのだと3千円くらいで売っているので、これも私にとっては重宝しました。

次に耳栓。特に外国人学生が毎晩のように騒ぎ、騒がずとも寮の壁が薄いので、どうしてもうるさくて眠れないときがあります。ですから安眠を願う人には絶対に必要です。ドイツでも耳栓は売っていますが、性能が悪いので日本で複数買っていくと良いです。

留学はゼロからの出発
留学することの魅力は、なんと言ってもゼロから始められるということです。自分の性格を誰も知る人はいない。自分の肩書きを知る人もいない。自分も誰も知らない。恐らく人間というのは、社会的殻をいくつかもっていて、状況にあわせてその殻をつけかえているのだと思います。そんな殻をすべて捨てて新天地で自分を見つめなおす良い機会にもなるのではないかと思います。

留学生活充実の如何は、計画的に実行できるかどうかで決まると思います。勉強をするなら、日本で必ずその分野の事前学習をすることをおすすめします。その他、旅行するにも遊ぶにも、それなりに計画的に実行すれば、長いようでとても短い留学生活を充実させることが出来ると思います。

Wintersemester 2002/2003 bis Sommersemester 2003 松尾 徹さんからの体験記
留学生活を振り返ると、長いようで短い1年だったように思えます。非常に貴重であり有意義な時間でした。
授業に関しては興味のある講義が多くなく、そのせいかあまり熱心には足を運んでいませんでした。それでも大勢のドイツ人 と一緒に講義を受けるわけですが、教授の、というよりは発言する学生のドイツ語が理解できずに苦しみました。 また外国人留学生のドイツ語コースには参加し、こちら中心の大学生活を送っていました。

また大学で友達と話したりみんなで出かけたりと、よく集まっていたような気がします。同じ日本人留学生から 他の外国人留学生、ドイツ人学生まで様々な人たちと話すことができ、その中で色々考えさせられたりもしました。


休暇中にはよく旅行をしました。気軽に様々な国々を渡り歩けるのはヨーロッパ留学の大きな魅力ではないでしょうか。ヨーロッパ 東西南北を見て回り、それぞれの歴史、文化などを体感できたことでまた自分の中で世界が広がったと思います。

ドイツでの留学生活は僕にとって大きな転換期でした。正直言って、僕は他の留学生達の中でも目的意識や やる気、学習意識など、他にも色々な点でとびぬけて負けていたといえます。彼らと接してかなりマシになったとは思いますが、 留学中に自分のことや将来のことなど、それらを彼ら並みに考えたかというと、やっぱり考えてなかったでしょう。

それでもそういう意味では留学中の語学力の向上は、人間的な成長に比べれば些細なものにすぎなかったです、 少なくとも僕にとっては。ですから、語学の上達は自慢できるものではありませんでしたが、それ以外の ことはある程度誇らしく思っています。これらのようなことを経験するためには、必ずしも留学する必要はないのかも知れません。 しかし僕にとってはそれは留学生活中のことでした。今はそんな留学での自分の経験を、更に生かしていきたいと ただただ望んでいます。

Wintersemester 2002/2003 bis Sommersemester 2003 高木佳子さんからの体験記
生活
私の住んでいた住居は学生寮で私を含め、4人で一つの住居をシェアしていました。私以外の同居人はドイツ人が2人、中国人が1人でした。自炊や洗濯、全て自分で行わなければいけない一人暮らし生活は生まれて初めてだったので、戸惑う事が沢山ありましたが、同居人の子たちに助けられ、すぐに馴染む事ができました。学生寮には自分が思っていた以上に世界中からやってきた外国人が多く、人によっては食べるものや生活スタイルが異なっているので、いろんな国の友達を集めてそれぞれが自分の国の料理を作って食べるという多国籍料理パーティーを開いたりしました。

大学と勉強
大学で私はドイツ語の授業以外に言語学を中心にゼミや講義をとって勉強しました。特にゼミでは学生同士が積極的に話し合う機会がとても多く、皆が話す早いドイツ語についていくのが大変でしたが内容はとても興味深く楽しかったです。ドイツの大学の授業は日本に比べ、学生主体の雰囲気がとても強いなと感じました。学期末にはレポートや口頭発表の準備に追われ、ろくに寝られない日々が続いた事もありましたが、普段の勉強も含め、平日はほぼ勉強のみで、週末は思いっきり遊ぶというメリハリのある生活が何よりも楽しかったです。週末の夜はだいたい友達と大学のパーティーに行き、飲んだり踊ったりしていました。

その他に・・・
春休みなどの長期休暇中は、とにかく旅行を沢山しました。インターネットや友達などあらゆる手段を使って安く旅ができる情報を集め、スペイン、イギリス、オランダなど伸べ8カ国、ヨーロッパ内を旅しました。ヨーロッパは陸続きなのに国によって、街の雰囲気や人の国民性が全然違うので、いろんな場所を巡るのもお勧めです。
あと、私はドイツにいるときに日本のニュースを見たり、日本にいる家族や友達との連絡のためにノートパソコンを持っていったのですが、とても役に立ちました。ドイツの大学にもパソコンはあるのですが、あいにく日本語が読めないため、あまり使用する機会はありませんでした。

自分の留学生活を振り返って思うことは、自分自身を誰かが見ていてくれるわけでもなく、管理してくれる訳でもないので、自分自身をいかに律するか、そして思うことや決めた事をどれだけ行動に移せるかという事が大切だと言う事です。留学する前の私は、ただ与えられた事にばっかり頑張って、自分から何かを開拓していくという事をあまりしてきませんでしたが、留学中は誰も知らない状態から友達を作っていくのも何かを企画するのも自分次第でいくらでも良くもなるし、悪くもなるんだなぁと実感しました。この留学は私にとって、自分自身と向き合って、じっくり様々な事を考える事のできる貴重な1年間でした。

Wintersemester 2001/2002 bis Sommersemester 2002  永田洋平さんからの体験記
初めてのドイツ長期滞在、デュースブルクでの留学が終了した今、長期留学がこんなにもおもしろく、いい経験になるとは思っていませんでした。デュースブルクという街はお世辞にもいい街、とは言えず、有名な「ルール工業」の栄えた地で、今は工業の跡地が目に付く言うならばドイツらしくない「汚め」な都市です。それでも思い出に残る日々を過ごせたのは、ひとえにいい友達に恵まれたからです。

最初のころはわからないことも多く、生活も慣れるまでは不都合の連続で、言葉も足りずコミュニケーションに苦労し、さらに文化も違う、それで社会になじみにくいところもありました。 特にドイツの店のサービスの悪さなんか超一級で、日本の一流のサービスに慣れてたおかげで、テレコムで、保険で、郵便局で、と嫌な思いをよくしました。しかし住めば都、そんな店員との言い合いもまったくないと少し淋しかったりするもの・・。だんだんと自己主張をはっきりせねば、と刺激にもなっていました。そう、言いたいことの言える文化、言わなければ意思の通じないところで生活した経験はとても刺激になり、それだけではなく、日本に帰った今、少し嫌なやつになってしまったかも・・。 とにかく馴染みたかった。ルームメイトにも恵まれて、わからないことはどんどん聞いて、言葉も文化も勉強しました。

何よりもためになったのは、文化、これはいろんな学者がいろんな定義をしているけれど、僕が気がついた範囲では、考え方の違い、慣習の違い、これを通して、他人ではなく自分が見えてくることです。魚は海を知らない、と言いますが、その通りだと思います。陸に出て初めて海と言う存在を知ることができます。異文化理解とは異文化を知る、異文化で暮らす人々を知る、意外にも自分を見つめなおす機会を与えてくれます。そして結局は、人種も国籍も信じる宗教が違っていても、人は人として何も変わらない、という当たり前のことを気づかせてくれます。

デュースブルクにはヨーロッパ、アジアやアフリカ等から多くの留学生が来ていて、ドイツ語に自信のなかった最初のころ、ドイツ語のコースを通じて知り合った友達との何気ない会話も多くのことを気付かせてくれました。日本では出来なかった経験です。

留学の1番のメリットは、生きた言葉、文化に触れられることにあると思います。毎週末行われる大学でのパーティーや、ルームメイトとの外出、旅行を通して教科書からでは勉強できないな、と思うことを多く学ぶことが出来ました。

Sommersemester 2001 bis Wintersemester 2001/2002  柿沼里枝子さんからの体験記
1年間の留学生活が終わって最初の感想は、長いようで本当に短かったということです。私にとってのこの1年間は、ありきたりの言葉ですが、十二分に内容の濃いものでした。

留学期間、1年間。この限られた時間の中で自分は何をすべきか、そして何をやりたいのか。この2つを自分自身で考え、やり遂げられたのではないかと思っています。私の大学以外での一番の目標は、友達をたくさん作ること、そちて自動車の免許を取ることでした。友達には幸い恵まれ、Goethe-Institutや寮、大学など色々なところでかけがえのない人々に出会うことができました。今はE-Mailなどで連絡を取り合っています。

自動車の免許は、私がまだ免許を持っていなかったこととドイツでは日本の約半分の値段で免許を取ることができるということを考え、やってみようと思い、秋から自動車学校に通い始めました。ドイツの自動車学校は個人経営で、先生は1人、教習は初めから路上です。結局帰国寸前の2月終わりまでかかってしまいましたが、なんとか実技試験も通り、ユーロ免許を獲得することができました。

大学ではドイツ語コースのほかゼミや入門、講義を選択し、ドイツ語そのものの他に自分の研究テーマだったことに近い内容の勉強をしました。授業内容はもちろんですが、単位のしくみやドイツの学生と教授との関係など、日本とは違う点を発見し興味深かったです。

その他にも、何種類かのアルバイトをしたり、寮の友達とご飯を作ってみんなで食べたりパーティーをしたり、盛りだくさんの1年でした。日本にいた頃は、時間は永遠に続くもののように感じ、その大切さに気づかないまま、あくせくと、休みを知らず毎日を走りつづけてしまっていたように思います。今は、時間を自分で感じ、自分で作り出していくものだと思っています。これからはドイツでの経験を生かし、自分の時間を、自分と大切な人達のために使っていこうと思います。

Sommersemester 2001 bis Wintersemester 2001/2002  菊地 徹さんからの体験記
デュースブルク大学での一年間、初めての一人暮しと初めての海外における勉学を経験し、貴重な時間を過ごさせてもらった。

大学側が提供している学生寮、私が一年間住まいとしたのはそのいくつかあるなかの一つだった。様々な学部、学科に所属する約120名の学生たちが同じ建物の中に住んでいた。ひとつのキッチンを16人で共有、場所によってはシャワーやトイレを3人で共有していた。初めてのひとり暮らし、最も寮生活には今までとても憧れていた。もちろん、学生仲間と一緒に生活できるということはどんなにか楽しいことだろう、というイメージを持っていたからである。しかし、寮生活1ヶ月と経たぬ間にそのイメージは歪に形を変えていった。日本では想像もつかないような問題、それらは、大抵は文化の違いから生じるものであった。警察も時にはお邪魔したほどである。言葉の問題から言いたいことを100%は伝えきれず、誤解が生じることも多々あった。私と同じように外国人学生として大学に所属する学生間の問題解決は一層難しい。

そんな生活の中で、人間の汚れた面と美しい面とを日々交互に見つめ合うことが常となっていった。自分以外の人間を受け入れるということはなんと難しいことか、毎日のようにそう思うようになった。そして、他人との関わりなしでは生きていくことができないこの世の中で、人間に対する先入観を捨て、他人を受け入れ、また他人を信じて生きていくことの大切さ、不可欠さを痛感した。

この一年で学んだことは多い。大学、学生寮、友だちの家、飲み屋など、あらゆる場所、あらゆる場面が学ぶべき瞬間であった。これから生きていく中で、この一年で学んだこと、感じたことを生かすよう努力するまでである。

Sommersemester 2001 bis Wintersemester 2001/2002  笠井真澄さんからの体験記
振り返ると、早かったのか遅かったのか…そんな1年だったかと思います。ただ、ドイツに行くまでの準備も中々に煩雑だったことを考えると、相当長い期間がかかったことになります。私個人の問題として、本人初の海外、更に初の独り暮らしということで、最初の1ヶ月は留学という次元以前の環境に対する適応に苦労しました。

授業そのものは、純粋に自分の関心外の科目や、受講制限がもうけられたり、と、あまり沢山の授業に参加することが出来ませんでした。 段々ドイツでの生活に慣れ、そのうちに夏の休みが始まり、これから先の人生を考えてみて、長い間、仕事の心配をせずに旅行できるのはこの期間しかないと思い、フランスはパリとノルマンディ、イタリアは各地を周遊してきました。ヨーロッパ各地を周ってみて、改めて自分の外聞を広めることが出来て、また、今まで自分が抱いていた、それぞれの国へのイメージと、その国の実情との差を身を持って体験出来てよかったです。

秋になり、隣人が替わり、新たな同居人との生活が始まり、秋が学生の始まりのドイツで、年度始めから受講出来る授業に参加してみたり、外国人留学生向けのドイツ語の授業にも参加した。夏学期の経験をもとに、あまり無理のないように時間割を組み、宿題をする時間を設けられるようにした。

外国人コースを通じて、今まで以上に留学生同士で友達になり毎日どこかしらで顔を合わせては、談笑したり、毎週大学で催されるパーティーにくり出し、ビール片手に話しこんだり、という生活を送っていた。

学生寮での生活それ自体は、台所の環境を除けば、インターネットは事実上の使いたい放題で、日本の情報を入手するには不自由はなかったのだが、それが続いてネットに没頭してしまうきらいがあったことも事実。台所に関しては、すべてがこのようではないでしょうが、16人で共用するはずなのに、調理プレートが4枚中1枚故障中、さらに、常に誰かが料理しているために、帰宅後、忙しい時間を割いて料理をしようにも、自分1人分を作るのに、他人の時間を気にかけなくてはならず、その点が効率的ではなかった。1人で自分のことをじっくりとみつめ直したり、今まで以上に物事を深く考えることが出来る時間も多かった。

ただ、この一年で経験したことは、キレイごととして言うつもりはないですが、言葉では簡単には表現出来ないぐらいのものだったと思います。

Sommersemester 2000 bis Wintersemester 2000/2001  平尾友香さんからの体験記
約1年に渡るドイツでの生活を終え帰国した今、たくさんの思い出が次から次へと蘇ります。大学でのゼミでの専門分野の習得、様々な人種が集まった寮生活、3ヶ月の休暇、かけがえのない友との出会い等とても貴重な体験が出来たと改めて実感しています。願わくばあと数年ドイツで勉強が出来たらなと思いました。

まず、大学の授業での体験談から始めます。私の専攻は言語学で1年間アモン教授のゼミに参加しました。少人数制であった事もあり、毎回数十ページに及ぶ資料を読み、少なくとも1回は発言をしなければならないというのは、初めはとてもプレッシャーがかかり辛いものでした。テキストの内容も決して簡単ではなく難しいものでした。毎回必ず日本ではどうかと質問され、私が日本人代表として話す機会を多く与えられました。私は「スイスのドイツ語」「ハンガリーの言語教育とドイツ語の位置付け」についてはReferat(研究発表)に挑戦し、それにより40分程度の発言もできるようになり、ドイツ語で大勢の人の前で話をする自信がつきました。

次に寮に関しては、大学からバスで5−10分の所にあり、ドイツ人、イタリア人、フランス人、スペイン人、インド人、モロッコ人またアジア、アメリカからの学生で構成されていました。13人で一つの台所を共有していた為に、特に一緒に料理をしたり、お互いの国について、又、大学での勉強などについて話をするなど、常に新しい発見があり良い経験でした。

夏の休暇はハンガリーのブダペスト、イタリア(ローマ、フィレンツェ、ミラノ)、スイス(ルツェルン、ベルン)への旅行の他に、約1ヶ月間、日独協会主催のインターンシップに参加し、私はワイマールのテレビ局での仕事を経験しました。編集室でビデオテキスト制作の他には日本人に通訳、兼インタビューをする仕事があり、これは練習なしでカメラの前ですぐ本番、それが放送されてしまうだけにとっても厳しかったです。でもこれは本当に貴重な体験でした。

文化や生活習慣の違いもあり、またゼミでの課題もボリュームがあり大変ハードで決して全てが楽しいことばかりではなかったけれど、私は常に目標を持ち、前向きに努力していくことが出来ました。ドイツ語の習得に関しては語学学校の試験に挑戦し、その為に毎日作文を書いたりラジオでのヒアリング練習を続けました。また多くの人や異文化との出会いにより、柔軟な思考を持つこと、斬新な考えを吸収していく姿勢を心掛けました。一期一会の出会い、友人達の協力もあったお蔭で、より充実した生活ができました。また、自分の将来について真剣に考える時期でもありとても有意義に過ごすことができ、22年の人生の中でたった1年ではあったけれど、かなり多くの影響を受けたということに気付きます。現在、就職活動中で、さらに自分の人生の選択に迫られつつある中、私は、この留学で得たものを大切にし、国際人としてグローバルな視野を持ち続けられるよう、前向きに歩んでいきたいと思います。

Sommersemester 2000 bis Wintersemester 2000/2001  佐藤朋美さんからの体験記
留学期間中は自分の自由になる時間がたくさんありました。なので、私の休日の過ごし方を少し紹介したいと思います。私はこの1年で2〜30本の映画を見ました。向こうでは、映画館に行ってもそんなに高くないし、テレビでも毎日のようになんらかの映画が放映されています。そして例え、外国映画であっても(やっぱりハリウッド映画が多いのですが)全て吹き替えなので普通のスピードでのドイツ語が聞けます。楽しみながら勉強にもなるので一石二鳥です。単館系の映画館などにもたくさん足を運びました。ハリウッド映画だけではなく、日本では見られないようなヨーロッパ映画や、時には日本映画も(もちろんドイツ語吹き替えです)見られるからです。

そして長いお休みには(夏休みはまるまる3ヵ月もあります)Düsseldorfの大学の語学コースに行ったり、ヨーロッパを旅行したりしました。外国人向けのサマーコースは様々な大学で開かれているようです。私の行ったDüsseldorfのサマーコースはGoethe-Institutのプロの先生の2週間ずつのコースで、クラス分けもしっかりしていてよかったです。授業の後にはエクスカーションなどもあり、小さな旅行や、クラスメートと飲みに行ったり、楽しい企画もありました。年齢も国籍もばらばらの人が集まるので、自分の知らない世界の話が聞けて、視野が広がります。ここで友達になった人達とは今でもメールを交換しています。

旅行もたくさんしました。モーゼル川添いでは、ワインケラーを見学したり、自然の中を裸足で散歩したり。きれいな教会を巡ってみたり、土地それぞれの美術館を回ったりもしました。また、Duisburgからはオランダが近いので日帰りでアムステルダムに行く、なんてこともできます。国外に出るとまたドイツとは違った風景や文化に出逢えます。みなさんもドイツでしかできない体験、たくさんしてきて下さい。

Sommersemester 2000 bis Wintersemester 2000/2001  江塚照美さんからの体験記
ルール工業地帯の一角、街自体は大きいが決して活気のあるわけではない、デュースブルクはそんな都市です。

こんなネガティブなことを書きますが、決して私がこの1年間住んだこの街に不満足なわけではありません。勉強するにはむしろ良い状況にあると思いますし、遊びたくなったら近くの都市まで行けばいいのです。ドイツには日本の東京のような大都市はなく、中小都市が国中に点々としているのでとなりの市へ行くのにも電車で行けばすぐです。勉強面では東アジア研究科があるので、日本もしくはアジアに興味を持った学生が多く、日本人としてとても居心地よく勉強できる環境にあると思います。

自転車で行ける範囲のところにいくつか湖があり、サイクリング、ボートや夏は比較的天気が良く夜9時、10時頃まで明るいので、バーベキューなどをして夜遅くまで外で夏を満喫できます。

ドイツ国内で1番日本人人口が多いデュッセルドルフの近くでもあり、いざというときには日本の物がほとんど揃うという点でも便利なところに位置していると思います。ドイツのサービスの悪さと天気の悪いことにはいまだに慣れませんが社会福祉制度の整った、特に学生にとって住みやすい国だと思います。

Sommersemester 2000 bis Wintersemester 2000/2001  関口 恵さんからの体験記
デュースブルクで過ごした約一年間は、私にとってとても有意義で、また充実していました。一年間という期間で、これほどいろいろなことを経験し、考え、多くの人と出会ったことは恐らく今までなかったでしょう。

大学での授業は、初めは特に大変でしたが、自分の前向きの努力と友達の援助のおかげで、徐々に慣れていきました。特に、教授の講義を聞き取ることより、ドイツ人学生の早口な発表を聞き取ることの方が難しかったように思います。授業によっては進め方が異なったり、内容も難易度も違うので、第一回目の授業には数多く出席し、その中から自分が特に興味を持ったもの、ついていけそうな授業を取りました。発表や試験も、積極的に参加しました。

生活面においては、ドイツ人を始め、様々な国の人と知り合い、交流しました。デュースブルク大学には、東アジア研究をしている学生が多くいるので、日本語を学んでいる学生もいます。週末には日本食パーティーをしたり、映画や観劇、小旅行にも出かけました。週末はお店が閉まりますが、その分、ゆっくりと友達と一緒に過ごしていました。

この一年間、真面目な学生だったとは決して言えませんが、何でも話せる良き友達にめぐり会い、様々な場所を見学することで視野を広げることができたなど、この留学生活がこれからの人生においても大きな意味をもたらしたことは、言うまでもありません。あっという間の一年でしたが、とても楽しい充実した時間でした。

Wintersemester 1999/2000 bis Sommersemester 2000  Diese Studentin berichtet:
日本を7月末に出発して大学が始まる10月中旬までは、こちらで授業についていけるようにと大学のサマーコースに通いました。サマーコースは夏の休暇気分で来る学生も多いので、参加する場合は内容を良く見た方がいいかもしれません。

大学が始まり、授業の方はサマーコースのおかげかお手上げというほどではありませんでしたが、獨協の授業のようにはいかず大変苦労しました。授業に出ていて良く感じたのは、やはり専門的な知識が自分に足りないということでした。3年の前期という早い時期に来たことももちろん関係していたかもしれませんが、こちらのゼミについていくにはもともとかなりの知識が必要だと思います。発言もできないゼミにずっと座っているだけではと思い、交換留学生としては必要なかったのですが、冬学期はまず2月の「外国人大学入学志願者ドイツ語試験」(DSH)の合格を目指して頑張りました。

この大学に来て良かった点は、以前獨協にいたドイツ人学生やこれから獨協にいく予定の学生と簡単に知り合えたことです。ドイツ語が上手く喋れない当初は、彼らとの日本語も交えた会話を楽しむこともできます。

最後に、日本にいる時と比べてこちらでは自分の時間が存分にあるので、その時間をどう使うかといことをドイツへ来る前からよく考えることをお勧めします。自分がこの1年に何をしたいのか、それがわかってきている人はこちらへ来てもいろいろなことを乗り越えていけると思います。

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