Seminar Paper 2000

Tae Ikeda

First Created on January 9, 2001
Last revised on January 9, 2001

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「GatsbyとNick」
Nickが僕たちに語ること

 F. Scott. Fitzgeraldの作品The Great GatsbyはNickが語り手となって物語が展開されている。語り手の役割は大きく分けて二つあると考えられる。一つは、語り手が物語を説明していくことで読者がそこに感情移入し、さらにはその語り手の視線を借りて読者が物語のなかの登場人物のひとりとなることで同じ目線から他の登場人物を捉えることができるといった読者のための役割を果たす。もう一つは、語り手が作者の考えを反映しメッセージを託された存在、いわば作者の分身としての役割を担っている。とりわけ、"Reading over what I have written so far I see I have given the impression that the events of three nights several weeks apart were all that absorbed me."(p. 60)の一文からNickが読者を意識していることが分かると同時に"I have written"の言葉に作者の行為を重ねて捉えてしまうことは否めず、そこにNickが作者の声を背負っていることが見てとれる。つまるところ、語り手とは読者を語り手のなか、さらには作品のなかへ引き込ませることで作者のメッセージに気付かせる重要な存在なのである。この稿では、作品におけるNickの役割を分析することで本作品における作者のメッセージを筆者なりに解釈し結論づけたい。

 まず、Nickがこの小説の語り手となったことは、小説の冒頭を読むことで読者は納得するであろう。

In my younger and more vulnerable years my father gave me some advice that I've been turning over in my mind ever since. "Whenever you feel like criticizing anyone," he told me, "just remember that all the people in this world haven't had the advantages that you've had." He didn't say any more but we've always been unusually communicative in a reserved way and I understood that he meant a great deal more than that. In consequence I'm inclined to reserve all judgements, a habit that has opened up many curious natures to me and also made me the victim of not a few veteran bores.(p. 5)

 先にも述べたように、読者は語り手の視線を借りて小説のなかに入っていくものである。ところが、語り手もまた個性を持ち、その特定された視点から見るわけであるから、同時に読者に語り手の感情が植え付けられ限定された視点から登場人物を捉えてしまうことは否めない。とはいっても、上記に挙げたNickの"a habit"――何事にも判断を下さないというスタンス――を念頭に入れることで、客観的に登場人物の特徴を見ることが出来るといえる。それゆえ、この小説を読んでいくなかでNickが語り手となることは妥当であると考えられる。

 次に、語り手であるNickがすでにGatsbyに関して知った上で話を展開したならば語り手と読者との間に距離ができてしまい読者は一度小説の外に外されたような疎外感を感じることとなるが、この小説では読み進めていく過程でGatsbyの謎めいた人物像を読者はNickと共に知っていくためNickと一緒に驚きを分かち合っているような感覚となり、読者が小説のなかにより一層溶け込み、Gatsbyへの関心を深めていくという効果がなされている。その謎めいた人物像とは、NickがGatsby自身と出会う前に耳にするGatsbyに関する様々な噂によって形作られている。例えば、Lucilleという女性がGatsbyのパーティでドレスを自分の不注意から破ってしまうとGatsbyが彼女に新しい高価なドレスをプレゼントするという、いかにも金持ちのする行為であり紳士的なGatsbyのふるまいのことである。その一方で"Somebody told me they thought he killed a man once."(p. 48) といった噂による正体不明の人間として周囲から注目を集める人間としてGatsbyは存在していた。このような統一されていない人物像からGatsbyがどのような人間であるのかを思い描くNickの様子と重ねて読者はGatsbyに対する執着が強くなる。

 さらに、ある時Gatsby はNickに自分の素性を語っておりそのことについてCHAPTERYでNickが書き記していることがある。人は謎が多い対象物ほど興味を惹かれる生き物であり、ましてやその対象物に関する情報を自分だけが密かに知っていることほどスリリングなことはない。それゆえ、このようなGatsbyの打ち明け話にNickは興奮したと考えることは易しく、Nick(それと同時に読者)に存在感を深く植え付けたと言える。それというのも、この打ち明け話の後に"He told me all this very much later, but I've put it down here with the idea of exploding those first mild rumors about his antecedents, which weren't even faintly true."(p. 107)とNickが書いているのも、Gatsbyに対して親密な感情を示していることからも裏付けすることができる。 以上の考察からNickがいかに読者を小説に引き込み、読者にGatsbyの存在感の強さをアピールしているか、Nickの語り手としての役割の重要性について述べてきた。次に、作品における登場人物としてのNickの役割をみていくことにする。

 この作品において、Nick はGatsbyと相反するideaの持ち主として描かれている。それというのも、対比することでより一層Gatsbyの存在を引き立てるためであろう。 Nickがrealistであるならば、Gatsbyはromanticistなのだ。例えば、 Nickは自分が30歳という節目の年齢を迎えて"Thirty−the promise of a decade of loneliness, a thinning list of single men to know, a thinning brief-case of enthusiasm, thinning hair."(p. 143)とその先の10年を現実的に捉えているところからしてNickがrealistである一面が窺えると言えないであろうか。また、 Gatsbyをめぐる一連の出来事を振り返ってNickがGatsbyに関して以下のように述べていることから二人の性質の違いを顕著に察することができる。

Only Gatsby, the man who gives his name to this book, was exempt for which I have an unaffected scorn.……This responsiveness had nothing to do with that flabby impressionability which is dignified under the name of the "creative temperament"−it was an extraordinary gift for hope, a romantic readiness such as I have never found in any other person and which it is not likely I shall ever find again. (p. 6)

 NickがGatsbyのスタンスとは異なるものであると自覚していることが明らかとなって書かれている。つまり、NickとGatsbyの決定的な相違はromanticismの有無にあるのだ。そして、ここでのGatsbyの"a romantic readiness"とは、夢を形に変えようと更なる試みとして、むしろその象徴的行為として若い頃に振り向かすことのできなかった女性Daisyを手に入れようとすることへ向かわせたことを指す。さらに、 Gatsbyの恐れを知らないromanticismが顕著となって現れ、明らかにNickとideaが異なっていることが分かる会話が二人の間で交わされた;"You can't repeat the past." "Can't you repeat the past?" he cried incredulously. "Why of course you can!" (p. 116) 人生とは時間とは流動的なものであり、 それにともなって人の感情も状況も変化していくものである。それゆえ、現実的に "repeat the past"――過去に遡ること――は不可能なのである。それにもかかわらず、 Gatsbyは過去を繰り返せると信じている。そして、Nickのみならず他の登場人物とGatsbyの会話によっても一層Gatsbyのromanticismは際立つ。例えば、夫Tomを捨ててGatsbyを選ぶようGatsbyがDaisyに迫った場面である。以下の引用は、あまりにも執拗に且つ一途に選択を要求するGatsbyに対し、Daisyが"a sort of appeal, as though she had never, all along, intended doing anything at all"(p. 139)の表情を浮かべて困り果てた挙げ句に出た言葉である。

"Oh, you want too much!" she cried to Gatsby. "I love you now−isn't that enough? I can't help what's past." She began to sob helplessly. "I did love him once−but I love you too." Gatsby's eyes opened and closed. "You loved me too?" he repeated. (p. 140)

 Nickだけでなく、Daisyもまた"can't repeat the past"の現実を受け止めていることが分かる。そのことに気付かずに夢<Daisy>を追いかけるGatsbyは真のromanticistなのだ。そして、その夢が叶えられたかに見えたが束の間の出来事にすぎず、最終的にGatsbyはDaisyを手に入れられなかったという結末に終わったことが"repeat the past"は成立しないという現実を提示している。しかもDaisyをかばうことまでしたにもかかわらず、Gatsby はWilsonに殺されてしまうという皮肉的な結末を迎えた。それこそ、Gatsbyイコールromanticismの終焉を意味していると考えられる。しかし、それは決してromanticismを否定しているわけではないのだ。それというのも、この出来事の結末にNickが "I found myself on Gatsby's side, and alone."(p. 172)と述べているように、Nickは最後までGatsbyの立場を否定していないことからいえる。つまり、NickはGatsbyのもつromanticismを最後まで守ろうとしていていたのだ。romanticism、それは本来成長の過程または現実をわきまえていくなかで人が失っていくものである。そのromanticismそのものと、そしてそれに傾ける情熱を体現している存在こそがGatsbyであったのだ。その一方でNickはというと、NickはJordanに対して恋愛感情を示しているかと思えば最終的には冷めた彼の態度が、GatsbyのDaisyに向ける恋愛感情とは明確なコントラストをなしていて、その情熱の薄さが明らかとなっていることを示す。このようにして、NickはGatsbyのromanticismに気づき、それを失ってしまった自分に重ね合わせることでそのromanticismの重要性に気付かせる存在としての役割をなしているのだ。

 つまり、"can't repeat the past"という現実のなかであってもromanticismを維持し続けていたいと願う作者F. Scott. Fitzgeraldのメッセージがこの作品には込められているのだと考えられる。 Nickの述べる最後の一文こそがそう教えてくれているのではないだろうか:"So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past."(p. 189)


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