Seminar Paper 2005

Rie Ikenoue

First Created on January 27, 2006
Last revised on February 3, 2006

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The Cider House Rulesにおける規則(rules)の意義
例外と成長

 『サイダーハウスルール』は孤児院で生まれた少年、ホーマーが成長していく過程で経験から自分のルールを見出していく物語である。 この物語の登場人物、ラーチやミスターローズ、その他の人物もみな自身の経験から自分なりのルールを見出し、守ろうとする。一方、タイトルにもなっているサイダーハウスルールは紙に書かれたルールであり、実はサイダーハウスで寝泊りしていた文字の読めない黒人労働者はその存在自体を知らなかった。この物語で扱われている堕胎に関する法律も同じく紙に書かれたルールであり、セントクラウズにおいてはその意味を発揮しない。紙に書かれたルールは守られるべきであるが、個人のルールに当てはまらなければ破られてしまう世間のたてまえのようなもので、サイダーハウスルールはその象徴だといえる。

1.ホーマーのルール

 ホーマーは堕胎に関して、最初は反対する立場にいる。“It’s a baby to me, thought Homer Wells. If Larch has a choice, I have a choice, too.” (p. 169) とあるように、胎児はホーマーにとって生きていて、生きているものを殺すことはできないとホーマーは主張する。ラーチは日記の中で“‘Here in St. Cloud’s we have no society―there are not the choices, 〜’”(p. 114) と書いているが、孤児には選択権がない。それは孤児として生まれてきた以上、孤児院での生活を余儀なくされ、養子に出されるにももらい手を選択することはできないからである。この場面では孤児であるホーマーが初めて自分の意思で堕胎はしないという選択をしたことにおいても重要である。
 ホーマーはその後偶然セントクラウズにやってきたカップル、ウォーリーとキャンディーに連れられてオーシャンビューでの生活をはじめる。オーシャンビューでの生活においてもホーマーの堕胎に反対する考えが述べられている。

 I could learn all those, he was thinking. And I can learn everything there is to know about apple farming. But what he already knew, he knew, was near-perfect obstetrical procedure and the far easier procedure―the one that was against the rules. (p. 379)

 堕胎は法律に反していると同時にホーマー自身のルールにも反している。セントクラウズで行われている堕胎に対して、オーシャンビューで行われているりんごを「育てる」という仕事はホーマーのルールにのっとっていて、ホーマーは作る喜びを感じていた。
 ウォーリーが戦争で死んだと思ったホーマーとキャンディーは恋に落ち、二人の間にはエンジェルという子供が生まれた。しかしウォーリーは生きており、エンジェルは二人の子供ではなく養子であると偽って4人の奇妙な生活がはじまる。
 ホーマーとキャンディーはウォーリーの目を盗んでたびたび関係をもっていた。ウォーリーにばれることやキャンディーが妊娠してしまうことは絶対に避けなければいけないので、ホーマーはもしもキャンディーが妊娠してしまったら自分が堕胎手術を施すことを約束する。

For fifteen years, Homer had told her[Candy]: “You won’t get pregnant. You can’t.” “Do you have everything you need, if you need it? ”she always asked him. “Yes,”he said. (p. 477)

 以前の妊娠は事故であり、ホーマーは二度とキャンディーを妊娠させない自信があった。ラーチに手術道具を送ってこさせたのはキャンディーを安心させるためである。しかし、絶対に堕胎はしないと決めていたホーマーが手元に堕胎するための道具を置くことはホーマーの堕胎に対する姿勢が変わる前兆だった。
 ホーマーが堕胎手術を施したのはミスターローズの娘、ローズローズである。困っているローズローズを見てホーマーはこう考えた。“If Melony were pregnant, I would help her, he thought. And with that thought he realized that he was willing to play God, a little.”(p. 561) また“‘For Baby Rose?” Angel asked his father. ‘No, not for Baby Rose,’ Homer said.”(p. 563) とあるように、今までは胎児のことを思って堕胎に反対していたホーマーが身内で困っている女性のことを考え、親(女性)のために堕胎をすることを決めた。この決断こそホーマーが経験から見出した自分のルールである。  

 ホーマーはオーシャンビューに来たばかりの頃、ウォーリー達に連れられて、ドライブイン映画館でデブラとデートをする。車内でのウォーリーとキャンディーに様子を見てホーマーは“‘How come Wally and Candy do it, and we don’t?’”(p. 300) と尋ねる。ウォーリーとキャンディーは愛し合っているのでキャンディーが妊娠したら結婚する。しかしホーマーとデブラはまだ愛し合っていない。孤児院にいた頃のメロニーとの関係からは見出せなかった恋愛におけるルールを“So those are the rules!”(p. 301) と見出している。

 しかしホーマーはキャンディーとウォーリーとの関係については15年間ルール破りを続けた。  

この世界のできごとは往々にして、何もしない男性によって引き起こされる。  (中略)社会の中でうまくいかない事柄の大部分は、何かをしようとする人ではなく、何もしようとしない人が原因になっている。 (『素顔のアメリカ作家たち』(アルク、1989年)、pp. 20-21)
とアーヴィングも言っているように、ホーマーが真実を話さなかったことによりこの15年間は存在した。またホーマーはサイダーハウスにもある“2. Please don’t smoke in bed or use the candles.”(p. 281) というルールを毎年貼り出し、ある年には“PLEASE DON’T SMOKE IN BED―AND NO CANDLES, PLEASE!”(p. 506) と協調しているにもかかわらずサイダーハウスでキャンディと関係をもつ際にはろうそくを使用し、ミスターローズに“‘That ’gainst the rules, ain’t it?’”(p. 561) と指摘されている。ルールを破り自分の例外を作っていたホーマーはこの生活にけじめをつけることになる。メロニーに3人の関係を見抜かれ、“DEAR SUNSHINE, I THOUGHT YOU WAS GOING TO BE A HERO. MY MISTAKE. SORRY FOR HARD TIME.”(p. 545) と言われたことに刺激され、またホーマーはデイビット・コパフィールドの冒頭“‘Whether I shall turn out to be the hero of my own life, or whether that station will be held by anybody else, these pages must show,’”(p. 562) とあるように自身の人生におけるヒーローになることを決意する。ヒーローであるということは世間のルールがどうあれ自分のルールをつらぬくことであり、ホーマーはローズローズに堕胎手術を施すことによってヒーローになった。エンジェルにも真実を話し、ホーマーはヒーローであるための自分の使命を果たすためにセントクラウズに帰る。第1章でホーマーとその養子先で実際にはありえないであろう事件が次々と起こり、ホーマーはセントクラウズに戻らざるをえなかった。しかしThe Boy Who Belonged to St. Cloud’sは経験から自分のルールを見出し、セントクラウズに戻ることを選択した。  

2.サイダーハウスルール

 “For fifteen years, Homer Wells knew that there were possibly as many cider house rules as there were people who had passed through the cider house.”(p. 457) とあるようにホーマーだけでなく人はそれぞれルールを持ち、人の数だけルールが存在する。   

 ミスターローズは黒人労働者におけるルールそのものであった。ミスターローズによって、労働者たちはまとめられていた。第一にミスターローズはナイフについてのルールを持つ。“‘One rule is, we can’t cut each other bad. Not bad enough for no hospital, not bad enough for no police. We can cut each other, but not bad.’”(p. 455) ミスターローズは娘であるローズローズへの嫉妬から、彼女の体をナイフで傷つける。その傷は服を着ている状態ではわからないものであった。娘を傷つけることはいけないことであっても、彼 のルールにはのっとっている行為であった。しかし、ミスターローズは近親相姦というルール破りを犯す。ルールは一度破られるとがたがたと崩れ落ち、代償を払わざるをえなくなる。そのためミスターローズは死を選んだ。ミスターローズのルールは、ローズローズがナイフを持って逃げたため受け継がれた。
 サイダーハウスルールは白人であるホーマーたちが提示する紙に書かれたルールである。仕事のあとに屋根に登って酒を飲むことは労働者たちにとって楽しみであったからミスターローズはルールを守ろうとしなかったし、労働者たちにその存在を伝えなかった。つまり自分なりの例外を作ったのである。“‘Nothin’ too bad can happen on the ground,’ Mr. Rose told him[Homer]. ‘Worse things can happen on the ground.”(p. 455) ローズは屋根で起こりうる事故やウォーリーが空で打ち落とされたことよりも、地上でホーマーとキャンディーがしていることの方が悪いのではないかと例外を作る明確な理由も持ちあわせている。すべてのルールには普遍性がなく、自分の経験から作り出された例外がその人のルールとなる。赤信号で道路を横断してはいけないが、絶対に車は来ないという状況においては渡って良いという例外を作れば、それがその人のルールとなる。しかし紙に書かれたルールと個人の例外のどちらが正しいかとされたとき、勝つのは紙に書かれたルールである。ミスターローズは例外を作ったが、結局紙に書いたルールには勝てず消えていった。そこには白人(雇い主)と黒人(雇われ主)、つまり強い者と弱い者のルールが戦ったとき、勝つのは強い者のルールであることも象徴されている。
 ラーチもまたセントクラウズにおけるルールそのものであった。堕胎をすること、歴史や書類をでっちあげてホーマーを医者に仕立てることは違法であるが、ラーチは自身の経験によって道を選んできた。ラーチは死んでも堕胎はホーマーが受け継いだため、ラーチのルールは生き続ける。

 サイダーハウスルールとローズ、堕胎に関する法律とラーチの関係は似ていて、ラーチは例外として自分が堕胎をすることを認めた。つまり、サイダーハウスルールは堕胎を禁止するアメリカの法律の象徴として描かれ、法律にさえ普遍性はなく経験によって例外を作っていくことが成長なのである。労働者たちが実は文字が読めずサイダーハウスルールを知らなかったことは、法律を一字一句知る人なんて少ないし、万人に理解できるものではないということを皮肉にも表しているのではないか。

 物語の中ではじめてサイダーハウスルールの内容を読んだ時、私は本のタイトルになっているわりには当たり前のことだと感じた。屋根に登るのは危ない、冷蔵庫で寝てはいけない、寝たばこはいけないというのは言われなくてもわかっている。しかしそれは私の思い込みであり、サイダーハウスルールはホーマー達の当たり前を掲示したものだが、ミスターローズ達にとっては当たり前ではない。
 存在するすべてのルールに自分を当てはめることは不可能であり、例外を作らずにルールをひたすら守ることが必ずしも善だとは言えない。ホーマーのように色々なことを経験し例外を選択していくことこそ成長なのだ。


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