Seminar Paper 2006

Yuko Miyakoshi

First Created on January 30, 2007
Last revised on January 30, 2007

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The Great Gatsby におけるMoneyの意義
お金がつくる人間のかたち

    The Great Gatsbyを語る上で、Moneyの存在は欠かせない。なぜなら、お金の影響によって作られた世界の中に存在するのが彼ら登場人物だからである。富裕層というわけではない人々も、お金が生み出すものの影響を間違いなく受けているといっていいだろう。そのお金が基盤となり、お金が人生を左右しているのが、この小説ではないかと思う。 この小説の時代背景は、ジャズ・エイジとよばれる時代が生み出した世界である。この小説を理解する上でこの時代の影響は大きい。そもそもジャズ・エイジとはどういった時代なのだろうか。一言で言えば、まさに「高度な消費社会」である。お金のありふれた、華やかな時代。物欲に満ちた時代である。そこで生まれる愛のかたちはどのようなものであろうか。この小説を通して、これらの答えを探し、お金との関係を考えていこうと思う。

<ギャツビーとお金の関係>
   ギャツビーは、中西部のあまり裕福ではない家に生まれる。彼は17歳のときにダン・コーディーという人物と出会うことにより、今までとは違う、別の人間に生まれ変わろうとする。それまでは、自分をすばらしい人間にしたいという目標のもと努力していた。しかし、デイジーと出会ったその時から、デイジーと一緒になるという、ただそれだけを人生の目標にしてしまう。彼女はギャツビーが生まれ変わった後に、最初に出会った洗練された女性であった。がしかし、はっきり言うと、彼女は甘やかされた意思の弱いわがまま娘としてしか思えない。そんな女性を、なぜギャツビーは一身に愛したのであろうか。 彼がデイジーと初めて出会ったときを、ギャツビーは次のように振り返る。

There was a ripe mystery about it, a hint of bedrooms, of gay and radiant activities taking place through its corridors, and of romances that were not musty and laid away already in lavender but fresh and breathing and redolent of this year’s shining motor-cars and of dances whose flowers were scarcely withered. It excited him, too, that many men had already loved Daisy ? it increased her value in his eyes. (p. 154)
彼が愛した理由はおそらく彼女の内面ではないのだろう。それは、彼女には何事にも変えられぬ「美しさ」があったからだと思う。美しい女性、それも、お金持ちの美しい女性であったから。お金持ちであるという事実や、身の回りのものといった付加価値が、自分の求める対象をより美しくみせていたのだろう。このようなきらめく世界にいる彼女を手に入れるためには、どうしてもお金が必要なことに彼は気づいた。自分の回りをお金で満たすことによって、デイジーが自分を好きになってくれるだろうと考えたのである。 皮肉な話ではあるが、それがこの時代の価値観なのであろう。その結果、彼は、内的なものでなく、外的なものを磨きあげることになる。

<デイジーとお金の関係>
   お金とデイジーは、切り離せない関係である。なぜなら彼女は生まれたときから裕福な家庭で育ちに、お金にあふれた生活の中で世の中のものに対する価値観を形成していったからである。彼女の上流階級ぶりを漂わせる描写は数多く存在する。以下の部分はギャツビーがデイジーについて、ニックにふと口にした場面である。

‘Her voice is full of money’, he said suddenly. That was it. I’d never understood before. It was full of money ? that was the inexhaustible charm that rose and fell in it, the jungle of it, the cymbal’s song of it …High in a white palace the king’s daughter, the golden girl… (p.126)
デイジーの声は「金」で溢れているとギャツビーが言い、ニックも共感した場面だ。どうして彼はそう思ったのか。それは、上流階級として暮らしてきた中で備わった内面から出る美しさが、そんな声を持たせるようになったということであろう。高価で美しいものに囲まれ、守られてきた彼女。だからこそデイジーのふるまいは美しく、誰もが魅了されてしまうような声を奏でられるのではないか。 彼女はお金によって、夢を見ている。現実的ではなく、フワフワと浮かんでいるような感じを受ける。 以下の部分は、ギャツビーのワイシャツの山に、デイジーが感激している場面である。
Suddenly, with a strained sound, Daisy bent her head into the shirts and began to cry stormily. ‘They’re such beautiful shirts,’ she sobbed, her voice muffled in the thick folds. ‘It makes me sad because I’ve never seen such ? such beautiful shirts before.’ (p.99)
ここでは綺麗なシャツがデイジーを魅了させ、うっとりとさせる。まるで夢心地ともいう気分であろう。このように、デイジーはお金の力によって夢を見、それを一番の快感としているのではないだろうか。彼女はお金が自分を幸せにしてくれるということを十分知っているのだ。お金は自分を生々しい世界から守ってくれて、高貴なままでいることを可能にする。 彼女にとって相手を選ぶ上で一番大事なのは、お金である。ギャツビーはそのことをわかっていたからこそ、自分にはお金が必要なのだと感じたのではないだろうか。 しかし皮肉なことに、だからこそ彼女はトム・ブキャナンを選んだ。彼は彼女を守った。ギャツビーもデイジーを守ったという意味では同じであるが、トムのほうがより安全な道へ導いてくれると思ったからであろう。彼女は自分が高貴なままでいられないことを恐れて、ギャツビーを裏切った。 以下の部分では、上流階級として育ったデイジーの人間性を、ギャツビー自身が明確に自覚した場面である。
Gatsby was overwhelmingly aware of the youth and mystery that wealth imprisons and preserves, of the freshness of many clothes, and of Daisy, gleaming like silver, safe and proud above the hot struggles of the poor. (p.156)
貧乏人の争いを蔑み、自分は安全なところに存在する。彼女は人を犠牲にしながら生きていく。すべては自分の夢の続きを見たいがためにそうするのであろう。

<ジョーダンとお金の関係>
   彼女も上流階級の人間であり、ふるまいには十分上品で美しい様子がうかがえる。しかしこの小説のなかでは、他の人と比べるとあまり金銭欲がないのではないかと思った人物だった。彼女はデイジーと比べ、現実的であり、しっかりした印象を持つ。お金に甘やかされて生きてきたようではない。しかし、彼女もお金の影響を十分に受けてきたのではないかとも感じる。それは、お金の力を知っているといった意味である。彼女は今まで必死になってきたことはあまりない。例えばゴルフのトーナメントの際のズルがばれ、危うく新聞沙汰になりそうになった事件だ。目撃者二人が証言を撤回し、スキャンダルは起きずに終わったという事実にすこし違和感を覚えたが、こう考えると納得する。その二人は、ジョーダンの力、もしくはお金の力によって証言を撤回し、問題は消え去られたのではないか。 ここでジョーダンは、印象的な発言をする。

‘I am careful.’
‘No, you’re not.’
‘Well, other people are,’ she said lightly.
‘What’s that got to do with it?’
‘They’ll keep out of my way,’ she insisted. ‘It takes two to accident.’
この言葉を考えてみると、さきほどの事件の目撃者二人はつまり、物分りのよい、careful driversに当てはまるのではないか。ジョーダンの行く道には、物分りのよいcareful driverがたくさんいて、そのおかげでジョーダンは事故というトラブル、問題沙汰を起こさなくて済んだのではないか。お金で人生どうにでもできるといったようなことを悟っていたから、彼女は世間に対して、いかにも退屈そうな、尊大な顔になっていたのではないか。

<マートルとお金の関係>
   また、富裕層ではない人々のお金に対する関心は、上流階級の人々と同様に、もしかしたらそれ以上に強い傾向に思える。典型的であるのが、車屋の妻として登場したマートル・ウィルソンである。きらめくような美しさはないが、全身からバイタリティがあふれている女性であり、内に秘めたものを出し切れずにいるといった状態である。その内に秘めたものとはなんであろう。それは、現在の生活への不満、そして、自分をもっと満足させてくれる人、ものを手に入れたいとする強い欲望ではないか。

The only crazy I was was when I married him. I knew right away I made a mistake. He borrowed somebody’s best suit to get married in, and never even told me about it , and the man came after it one day when he was out: “Oh, is that your suit?” I said. “This is the first I ever heard about it.” But I gave it to him and then I lay down and cried to beat the band all afternoon. (p.41)
旦那と結婚したときのことをウィルソンが語っている場面である。ジェントルマンであると思っていた彼が、友人の服を借りていたことに大きなショックを受けている。この場面で彼女が傷ついた理由は、そんな重要な時に友人の借り物を着るとか、そのことを自分には黙っていたからという理由もあるだろうが、さらに彼が、お金のあるジェントルマンであると思っていたのに、実はお金持ちじゃないというところもショックの理由ではないかと思う。ジェントルマンが好きというマートルが、トムと付き合う理由が、トムが内面的に紳士だからという理由は考えにくい。やはり、彼女はトムのお金に惚れ、浮気をするようになったのだと思う。
   浮気相手であるトムと一緒にいることによって、憧れであった上流階級の人間になったつもりになっているのだろうという場面が多数ある。タクシーに乗る際に、自分の乗りたいタクシーが来るまで乗り過ごしたり、汚らしい売主から、雑種の犬を買ったり、友人のミセス・マッキーとの会話においては彼女を見下しているようにもうかがえた。お金があるかないか、金持ちか貧乏か、といった観点で人を見ているように感じたのが彼女だった。

<フィッツジェラルドとお金>
   フィッツジェラルド自身、お金と彼の人生はとても関係が深いようであった。幼い頃から憧れていた上流階級の暮らしを若くして手に入れた彼は、当時の風潮でいうアメリカン・ドリームの体現者だった。彼の作品は、自伝的要素が濃いといわれる。彼の妻であったゼルダを知っていくと、この小説のデイジーとよく似ている点がたくさんあることに気づく。ゼルダの非常な浪費家ぶりに手を焼いていて、彼女のために必死に小説を書いてお金を稼いでいた。彼にとって、貧しい美女より金持ちの美女のほうが数段、好ましい存在だった。なぜなら金持ちの娘はより美しい家に住み、より美しい調度品に囲まれ、より美しい衣装を身に着けていたから。一人の人間の衣装や家財は、確かにその性格を想像させる。人間におけるそうした外的なもの、地位や財産・衣服等は人格をおおい隠すだけではなく、その人間を変容させる重要な要素であると、彼は思っていたのだろう。彼の欲望を解くキーワードは「美」、それも富が確保する「洗練された美」なのである。巨億の富は、美しさの付加価値を増幅する力を持っている。仮に物語の主人公がギャツビーでなく、生まれたときから贅沢に慣れ親しんだ上流階級出身者の男だったとしたら、デイジーの高価な衣装にことさら感激することもなかったであろう。しかし、貧しい家庭に育ったギャツビーには、裕福な上流階級の暮らしは目くるめくような魅力があると思えた。
   フィッツジェラルドはおそらく、女性のお金の重要性を知っていたのであろう。女性にとって、物質的に豊かにしてくれる男性とは、一番魅力的な存在なのだ。彼がゼルダのために尽くすのは、金をまとったゼルダの美しさが自分の成功につながっているのだと感じているからなのではないか。成功と幸福を守るためなら、どんな苦労もいとわない。まさにギャツビーそのものである。成功と幸福は、お金とは切っても切り離せない関係なのである。

   以上のように、登場人物であるギャツビーたちや作者であるフィッツジェラルドは、それぞれがお金の影響を受け、お金に基づく価値観をもって生きているのである。あるものは直接的に、あるものは間接的にではあるが、お金がもたらす影響は大きい。お金を執拗に追い求めるのは、悲劇をも生みかけない。お金はいろんなものを手に入れることができるが、それは物質的な豊かさである。もっと大事な何かを欠落させてしまうもののようにも感じる。お金がもたらす表面的な魅力と、裏に隠れた危険性を、この小説は暗示しているのではだろうか。


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