Seminar Paper 2006

Yuri Nakamura

First Created on January 30, 2007
Last revised on January 30, 2007

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The Great Gatsby におけるMoneyの意義
夢のはじまりと、終わり

    この作品の主人公であるJay Gatsbyは、bootleggerとして巨万の富を築いた、西部の農家出身の男性である。彼は17歳の頃の理想に忠実であり続けたが、理想は彼に破滅をもたらした。その理想の象徴とも言えるのがDaisyである。ここでは"money"という視点から、その意義と、登場人物たちがそれにどのような価値を見いだしているかについて、作者のFitzgeraldの人生観を含めて述べてみたいと思う。

<Gatsbyにとってのmoney>
    Gatsbyにとって、最大の目標はDaisyの愛を得ることである。彼の行動のほとんどはDaisyの気を引くためであり、度々パーティーを開くのも何とかしてDaisyに自分の存在を知らせたいがためである。彼にとってお金は彼女を手に入れるための手段である。しかし、田舎の農家に生まれたJames Gatzは、Daisyに出会う以前から富への強い憧れを持っていた。

He was a son of God--a phrase which, if it means anything, means just that -- and he must be about His Father's business, the service of a vast, vulgar, and meretricious beauty.  So he invented just the sort of Jay Gatsby that a seventeen year-old boy would be likely to invent, and to this conception he was faithful to the end.  (p. 105)

これは、17歳のGatzが創り出した理想の人物Jay Gatsby に変わった瞬間の描写である。「通俗的でけばけばしい美」という表現からもうかがえる通り、彼にとってのmoneyは、上流階級の優雅な暮らしへの憧れの象徴というより、欲しいものを手に入れることが出来る快楽の象徴である。この発想はいかにも17歳の少年らしい。偉業を成し遂げお金を得ることこそが彼にとってのアメリカン・ドリームであった。つまり彼は、大金持ちになれば何もかもが手に入ると純粋に信じ込んでいるのである。そしてDaisyをTomに奪われた彼は、お金でDaisyを「買おうと」しているように見える。この彼の考え方はいたって単純であるが、彼のDaisyへの想いは真剣で純粋なものである。彼が不運だったのは、あまりにも盲目的すぎてDaisyが昔の彼女とは違うということに気付けなかった、あるいは気付いても認めたがらなかったことであろう。

<富の象徴としてのDaisy>
    彼の愛するDaisyは、富の象徴とも言うべき理想の女性である。彼にとって彼女は初めて出会った"nice girl"(良家の娘)であり、彼の持っていない全てのもの――富、家系、神秘、ロマンス――を一身に体現しているかのような人物であった。その彼女をGatsbyが手に入れたがったのも、富という理想の象徴としてのDaisyを見ていたと考えるならば頷ける話である。読者から見れば身勝手でわがままにも見えるDaisyであるが、彼にとって、アメリカン・ドリームを実現させるには彼女の存在が不可欠であったのだ。ここからは、Gatsbyの想い人であるDaisyについて考察してみたい。
    以下は、Daisyと愛し合っていた頃の心情を語るGatsbyのセリフである。

'Well, there I was, 'way off my ambitions, getting deeper in love every minute, and all of a sudden I didn't care.  What was the use of doing great things if I could have a better time telling her what I was going to do?'  (p. 156)

ここで彼はDaisyへの愛のために野心を忘れたとまで言っているが、彼自身Daisyのことをmoneyの象徴と考えている節がある。彼女に対するGatsbyの考え方がよく表れているのが以下の場面である。

'She's got an indiscreet voice,' I remarked.  'It's full of --' I hesitated.  
'Her voice is full of money,' he said suddenly.  
That was it.  I'd never understood before.  It was full of money--that was the inexhaustible charm that rose and fell in it, the jingle of it, the cymbals' song of it... High in a white palace the king's daughter, the golden girl.. (p. 126)

    作中でDaisyの声はとても魅力のあるものとして度々描写されている。実際Daisy自身も自分の声の魅力には気付いているようで、どんなときでもかわいらしい声で愛嬌を振りまくことを忘れない。声というものはその人の持って生まれた、言わば生まれつきの才能のようなものである。その声が「お金にあふれた声」であるということは、ここにDaisyの本質があるのではないかと考えられる。Gatsbyを忘れられないままTomとの結婚を選ぶなど、彼女の行動を見ていると、生まれつき裕福な家庭に生まれた上に、自らお金のある道を選んでいるという印象を受ける。むしろ自然にお金のある方に引き寄せられていると言ってもいい。このように、Daisyは常にお金に不自由しない才能に恵まれた女性と言えるだろう。そしてそれこそがGatsbyを惹き付けた大きな要素なのではないだろうか。
    では、彼女を愛したもう一人の男性であるTomはどうだろう。おそらく彼もまた、Daisyの声が“full of money”であるという点には同意しただろう。第一章でNickは、Tomの性格についてこう述べている。

His speaking voice, a gruff husky tenor, added to the impression of fractiousness he conveyed.  There was a touch of paternal contempt in it, even toward people he liked-- and there were men at New Haven who had hated his guts.  
'Now, don't think my opinion on these matters is final,' he seemed to say, 'just because I'm stronger and more of a man than you are.'  (p. 13)

大学でフットボールのヒーローだった彼は、常に相手より優位な立場に立とうとするタイプである。Daisyと同じく裕福な家庭に生まれ育った彼にとって、お金や財産は権力であり、学生時代から派手にお金を使うことによって自らの力を示していたのだと考えられる。そんな彼にとってDaisyは、金持ちで社会的地位も高い彼にふさわしい女性であると考えられたのだろう。Tomが社会的階級にこだわっていたのは、Myrtleが結婚についての話を持ちかけた際に、Daisyの宗教上の理由で離婚ができないのだという嘘までついていたことからも明らかである。自分の地位を守りたい彼にとっては、Myrtleと結婚することなどあり得ないことなのである。

<Myrtleの理想>
    叶うはずのない幻想を追い求めた結果破滅したという点では、MyrtleとGatsbyはよく似ている。「灰の谷」で自動車の修理工の妻として暮らすMyrtleの理想は、貧乏な生活を脱して社交界の仲間入りを果たすことである。しかし、女である彼女はGatsbyと違って自ら財産を得る術がない。彼女がのし上がるにはgentlemanと結婚するしか方法がなかった。彼女にとってmoneyを得る事は、社会的地位を得ることに等しい。社会的地位の低い彼女にとってTomはめったにめぐり合うチャンスの無いgentlemanであったのだろう。彼女とTomが出会った日のことを、彼女はこう語る。

'I was so excited that when I got into a taxi with him I didn't hardly know I wasn't getting into a subway train.  All I kept thinking about, over and over, was "You can't live forever; you can't live forever."'  (p. 42)

この好機を逃すことはできないのである。彼女のTomとの結婚への執着は、のし上がることへの執着である。もしかしたら彼女は彼と結婚することで、moneyそのものであるDaisyになりたかったのではないか。しかし、Tomの方は、前述したようにDaisyと別れる気は無い。Tomに殴られ血を出しながらも諦められず、叶わぬ夢を追い求めた彼女もまた、Gatsbyと同じく「幻想の犠牲者」であると言える。

<世間はGatsbyをどう見ているか>
    第四章に、この時代のアメリカを象徴する場面がある。

As we crossed Blackwell's Island a limousine passed us, driven by a white chauffeur, in which sat three modish negroes, two bucks and a girl.  I laughed aloud as the yolks of their eyeballs rolled toward us in haughty rivalry.  
'Anything can happen now that we've slid over this bridge,' I thought; 'anything at all...'  (p. 75)

ここに表れているようにアメリカは貧しい者や地位の低い者にとって、一気に上り詰めることのできるチャンスに満ちた国と考えられていた。黒人が白人の運転手を雇うことも起こり得る。Gatsbyが巨額の財産を手にすることができたのも、舞台がアメリカだからこそである。しかし、お金と社会的地位は密接な関係にあるが、必ずしもイコールではない。いくらお金を持っていても、家柄や出身校によって区別され、いくらGatsbyが上流階級の真似をしたとしても、彼のような人間は「成り上がり者」と見られてしまう。以下はGatsbyの家へTomとSloaneと女性が訪ねて来た日、女性がGatsbyを夕食に誘った後の場面である。

The rest of us walked out on the porch, where Sloane and the lady began an impassioned conversation aside.  
'My God, I believe the man's coming,' said Tom.  'Doesn't he know she doesn't want him?'
'She says she does want him.'
'She has a big dinner party and he won't know a soul there,' He frowned.  (p. 110)

お金も社会的地位もある彼らが、お金はあるが成り上がり者のGatsbyを仲間として認めていないことがわかる。まして彼はギャングと繋がりがあり、悪い噂が広まっている。関わりたくないというのが本音だろう。パーティーに集まる一般の人々にも同じことが言える。彼らにとってGatsbyは「お金だけ」の存在であり、自分が楽しめればいいのである。Nickが"rotten crowd"と表現したのは、TomやDaisy、Jordanも含め、純粋なGatsbyに対してそれを利用し利己的に振舞う"careless"な人々のことであろう。

<moneyに込められた作者の想い>
    この作品は、西部出身の若者Gatz(Gatsby)が理想を追い求め、その理想のために破滅していく様を描いた物語である。そして彼の理想の女性Daisyは、moneyの象徴である。彼女は作者のFitzgeraldの妻Zeldaがモデルであると言われている。彼女と婚約し、1920年に第一作This Side of Paradiseを発表したFitzgeraldは一躍「時の人」となり、Zeldaとの豪華な生活を始めた。父親の事業が失敗したこともあり、豊かな生活への憧れも強かったのだろう。しかしその生活を維持するためには莫大な費用がかかり、お金のために次々と作品を書いた。しかしそれでも間に合わず、金銭的トラブルも多かった。Fitzgeraldは幼い頃からの成功するという夢を実現させたが、Gatsby同様moneyというものに振り回され続けた。そのような生活の中で生み出された作品であることを考えると感慨深い。Gatsbyの葬儀でOwl-eyesが彼にかけた言葉 "The poor son-of-a-bitch"は、Fitzgeraldの彼自身に向けた言葉だったのかもしれない。


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