Seminar Paper 2006

Keiko Shimizu<

First Created on January 30, 2007
Last revised on January 30, 2007

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The Great Gatsby におけるTimeの意義
「過去と未来」

  時間とは、絶えず流れていくものであり、止めることも戻すこともできないものである。「歳月人を待たず」という言葉があるとおり、年月は人の都合を待ってはくれない。それは誰もが知っていることであり、語り手であるNickには特に時の経過を憂えている様子が多く見られるように思う。そんな中、Gatsbyだけは「時間」というものについてほかとは違ったとらえ方をしている。そしてこの作品において、この登場人物たちにおける「時間」の意義の違いこそが作中で起こる出来事の大きな要因となったのではないかと私は考えている。時間は線で表すと一つの直線であり、過去・現在・未来が交わることは決してないが、Gatsbyはこの区別をいまひとつできていなかったように思う。そこで、Gatsbyの「時間」に対する考え、ほかとの違いは何なのか、それはどこから来るものなのかを、Gatsbyと登場人物たちを比較しながら具体的に検証してみたい。

GatsbyとDaisyの時間のずれ
  まずはじめに、Gatsbyという人物について考えてほしい。彼は理想を胸に掲げ、夢を追い求めて生きた人物であった。その理想のためならば、Gatsbyは決して努力を惜しまなかった。彼の望みのひとつに、「Daisyを手に入れる」ということがあったが、ここで私には気になる点がある。一般に、夢=未来と考えるが、Gatsbyが見ていたものは本当に未来だったのだろうか。

he stretched out his arms toward the dark water in a curious way, and, far I was from him, I could have sworn he was trembling. Involuntarily I glanced seaward ? and distinguished nothing except a single green light, (p. 28)
  これはNickがはじめてGatsbyを見かけるシーンである。Gatsbyは対岸のEast Eggに住むDaisyを想って立っていた。この時、彼は野心と希望に満ち溢れ、手を伸ばせばDaisyをつかむことができると思っていたに違いない。そして実際に、Daisyと再会したGatsbyは彼女の愛を確かめることができた。だが、それでハッピーエンドにはならなかったのである。DaisyはGatsbyのいない間にTomと結婚してしまっていた。二人の間には5年というお互いの知らない時間があり、Gatsbyはこの「5年の空白」の持つ意味の大きさをわかっていなかったのである。さらに、彼にとってそれはあってはならないものであったのだ。その証拠として、語り手であるNickはGatsbyについてこう語っている。
 He wanted nothing less of Daisy than that she should go to Tom and say: ‘I never loved you.’ After she had obliterated four years with that sentence they could decide upon the more practical measures to be taken. One of them was that, after she was free, they were to go back to Louisville and be married from her house ? just as if were five years ago. (p. 116)
  また、Tomに二人の関係の関係が知られたときには、GatsbyはDaisyに‘You never loved him.’ (p. 138)と言い、同様にTomに対しては ‘Your wife doesn’t love you, ’ ‘She’s never loved you. She loves me.’ (p. 137) と言っている。以上のことから、DaisyがTomを愛したという事実を否定したいGatsbyの気持ちがうかがえる。これはつまり、Gatsbyの求めていたものは今現在のDaisyというよりも、二人が離れ離れになった5年前のあの時のDaisyだったのではないかと考えられる。歳月の流れをわかってはいても、心の底ではそれを受け止めることができなかったのだ。彼の時間は5年前に止まったままで、二人が再び愛し合うにはDaisyが過去へ戻らなければならなかったのである。   では、なぜGatsbyはそんなにもDaisyの思い出からTomの存在を消し去ろうとしたのだろうか。その原因はGatsbyの理想主義にあるものと私は考える。James Gatzという名を捨て、自分の理想型であるJay Gatsbyを創り上げたように、彼はDaisyに対しても自分に都合の良い理想を描いていたのではないだろうか。5年前のDaisyにはTomの記憶は無かったし、それでなくともGatsbyの考えるDaisyが自分以外の男を愛することは許されなかったのだ。 そしてGatsbyの理想主義はDaisyだけでなく、「時間」という概念にさえも及んだ。Gatsbyが「過去をやり直すことができる」と考えているのも、彼には完璧な人生計画があるためである。そもそもGatsbyは、手段はどうあれ自分の欲する地位を己の力で確立した人間だ。どんな時も自分のビジョンを忠実に描いてきた彼にすれば、「できないことなどない」と考えるのも無理はない。そのため、Gatsbyは自分の描く未来を実現するためならば時間さえも操れると思ってしまったのであろう。それに対して周りの人たちは言った。
Nick:‘I wouldn’t ask too much of her,’ ‘You can’t repeat the past.’ (p.117)
Daisy:‘I can’t help what’s past.’ (p. 139)
Tom:‘I can’t speak about what happened five years ago, because I didn’t know Daisy then ?’ (p. 137)
結局、GatsbyはDaisyという夢を追い求めていたはずなのに、完璧を求めすぎて誰よりも過去に囚われてしまっていた。過ぎ去った出来事への執着心が、逆に彼の望む未来を失う結果となったのだ。

Daisyの見ていた夢
  次に、Daisyの視点で二人の恋を考えてみたい。Tomの浮気を見て見ぬ振りをしながら過ごす日々の中、突然現れた昔の恋人が別人のように成り上がっていれば、Daisyには魅力的に見えたに違いない。しかし、どんなにGatsbyがDaisyを自分のものにしようと努力しても、Daisyは今の生活を捨てるつもりはなかった。DaisyにとってGatsbyとの浮気は現実のものではなく、時間の流れなど存在しない「夢」のような世界での出来事にすぎなかった。二人が決定的に違う点は、GatsbyはDaisyのことを過去とは思ってもいなかったのに対して、DaisyはGatsbyとの恋は完全に終わったものとなっていたところだ。彼女自身、それに気が付いていながらGatsbyの見せてくれる夢に足を踏み入れるが、それでもDaisyはTomとの子供をGatsbyに紹介して二人の間に一線を引くことを忘れなかった。Gatsbyからすれば、子供の存在は先ほど述べたTomの存在同様受け入れがたい事実だ。そうしてはっきり夢の世界と現実の区別をつけることで、過去に引き込まれないようDaisyは心得ていたのである。 そしてGatsbyとの浮気がTomに見つかった翌朝、夜通しDaisyを心配して家の前で見張りをしていたGatsbyはNickに告げる。‘I waited, and about four o’clock she came to the window and stood there for a minute and then turned out the light.’ (p. 153) これはDaisyが一方的にGatsbyに別れを告げたことを意味している。Gatsbyという過去の夢から覚め、その後は何事もなかったかのように振り返ることもなく現実世界に溶け込んでしまうのである、一方、Gatsbyは過去に置き去りにされたまま、永遠にDaisyと会うことはできなくなってしまった。

Nickの時間の観念
  理想主義であるGatsbyとは対照的なのが、語り手Nickである。“life is much more successfully looked at from a single window, after all.”(p. 10)と述べている通り、彼は世界を外側から見ている人間で、どちらかというと客観的な性格である。そのため、人生というものにどこか冷めたイメージを持っており、Gatsbyのような情熱はあまり感じられない。二人の対照性は「時間」に対する考え方にも表れている。例えば、GatsbyがDaisyとの過去を語るシーンでは以下のように考えている。

 Through all he said, even through his appalling sentimentality, I was reminded of something ? an elusive rhythm, a fragment of lost words, that I had heard somewhere a long time ago. For a moment a phrase tried to take shape in my mouth and my lips parted like a dumb man’s, as though there was more struggling upon them than a wisp of startled air. But they made no sound, and what I had almost remembered was uncommunicable forever. (p. 118)
NickはGatsbyの思い出話を聞いて何かを思い出しそうになったが、結局それは呼び起こされないまま、永遠に消え去ってしまった。それは、彼の若き日の思い出、感情、情熱、あるいは夢だったのかもしれない。それらは今はもう無くしてしまったもので、未だに持ち合わせているGatsbyを見てNickの心によみがえろうとしたのだろうか。年を重ねて大人になってゆくにつれ、失われていくものは多い。また、夢や希望をつかむためのチャンスもなくなっていく。Nickは決してその時間の流れに逆らうことなく、冷静に人生を見つめているように思う。それは一種のあきらめのようにも感じるが、そんなNickの目には、Gatsbyはいったいどう映ったのであろうか。  また、以下の2つのシーンでも年月の経過について考える様子がうかがえる。
(Gatsby、Daisy、Tomが言い争うシーン)
I was thirty. Before me stretched the portentous, menacing road of a new decade. (中略) Thirty ? the promise of a decade of loneliness, a thinning list of single men to know, a thinning brief-case of enthusiasm, thinning hair. (p. 142)

(第9章でのJordanとの会話)
‘You said a bad driver was only safe until she met another bad driver? Well, I met another bad driver, didn’t I? I meant it was careless of me to make such a wrong guess. I thought you were rather an honest, straightforward person. I thought it was your secret pride.’
‘I’m thirty,’ I said. ‘I’m five years too old to lie to myself and call it honour.’ (pp. 184-185)
  Nickは時の流れを悲観的にとらえているように思う。彼は20代という青春時代の終わりを迎えて30歳になった。そしてこれからおとずれる10年間を「孤独の時間」と考えている。NickはGatsbyと違い、将来に強い希望を持って生きる人間ではないのである。Jordanに言った「僕は自分を正直者であると言うには5歳ほど年を取りすぎてしまった」というせりふも含め、Nickの現実的すぎとも言える考え方がよくわかる。しかし、そんな人間だからこそ、実は心のどこかでGatsbyの理想を追い続ける生き方に憧れていたのかもしれないとも考えられる。Jordanに対する一言には、自分を偽ることの幼さとの決別という意味だけではなく、「老い」という逃れようのない現実にも失われない輝きを持ったGatsbyへの羨望が含まれているのではないだろうか。

まとめ
  誰しも人はいくらかの夢や希望を持っているものだが、それらは果たしてすべて実現するものなのか。残念なことに、完璧な人生を送ることは不可能に近いだろう。理想を強く持った努力家Gatsbyでさえも、その指針となるDaisyという緑の光を見失ってしまったのである。それならば、夢を持つことに意味なんて見いだせなくなってしまう。夢を大きく持てば持つほど、それが叶わなかったときの絶望は計り知れない。しかし、それをわかった上で自分はどうするのか、その選択が実はその後の人生を決めるのではないだろうか。第一章のシーンをもう一度考えてみたい。Gatsbyが手を伸ばした先にはDaisyの緑色の光があった。彼はあの時自分の描く未来に向かって手を伸ばしていた。悲しくもそれはすでに過去のものとなっていたことにGatsbyは気が付けなかったが、それでも彼はずっとその光を信じていたのである。そして、この何かを信じる気持ちが生きる糧になるのかもしれない。時には立ち止まりたくなることがあっても、そこで押し流されないよう前へ進んでいこうとすることが人生なのだ。追い求めた結果ではなく、走り続けることに意味があるとすれば、Gatsbyの人生も悲劇とはいえないように思う。


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