Seminar Paper 2006

Miyuki Yoshida

First Created on January 30, 2007
Last revised on February 8, 2007

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The Great Gatsby におけるMoneyの意義
〜Certain illusionがもたらした悲劇はひとごとではない?〜

   The Great Gatsbyは著者であるF・スコット・フィッツジェラルドの作家として最も輝いていた時代、1920年代、ジャズ・エイジにおける代表作として多くの批評家や読者に親しまれている作品である。
またその内容にはフィッツジェラルドの人生とも重なるところがあるとも言われている。
 この作品の一番初めに”Once again to Zelda”と書かれていてフィッツジェラルドの妻、ゼルダ・セイヤーへと捧げられているのである。
そもそもフィッツジェラルドとゼルダとの出会いは1918年の第一次世界大戦終結の頃、陸軍に所属していたフィッツジェラルドがキャンプ・ジェルダンでの訓練中にカントリークラブで出逢ったとされる。19年に除隊するとすぐに婚約するが、フィッツジェラルドの生活力の不安から婚約は解消。
その後セントポールに戻ったフィッツジェラルドは本格的に作家活動を始める事になるのだった。 「ロマンティック・エゴイスト」が高く評価されるとゼルダとの仲も復縁し結婚した。 その後にThe Great Gatsbyを出版し20世紀のアメリカ文学における代表作といわれるほどの評価を受ける。
しかし、収入は多くなく、ゼルダとの生活も苦しくなる。 そんな中でゼルダが精神病になり入院。 一人執筆活動をするフィッツジェラルドは「夜はやさし」を出版する。 その中でも将来を約束された精神科医が患者の富豪の娘と結婚して不安定な妻に翻弄されて転落していってしまう主人公を描いている。 フィッツジェラルド自身も酒におぼれた結果心臓麻痺で40年に亡くなってしまう。
彼の葬儀の参列者は少なく、Gatsbyの葬儀のように“the poor son of a bitch”と嘆き呟かれたと言う。
ここまで一般的なフィッツジェラルドの生涯を述べてみたが、全く彼自身も結婚してから転落していく人生を送ったようにも見え、それを皮肉るようにThe Great Gatsbyの初めであるゼルダへの書き出しは時がたってから見る過去の輝きがさらに美しく見えるような気がするのである。  

この論文では「The Great Gatsby におけるTimeの意義」をテーマとし、仮説として The Great Gatsby の物語一連の出来事はすべて“certain illusion”によるものである。」と仮説を立てることとする。 "certain illusion"とはゼミにおいて一通り読み終えたあとの"New Essays on The Great Gatsby"の中から借用してきたものである。
ここでは詳しく述べないが構成としては、各登場人物がもつ"certain illusion"とは何だったのか? "certain illusion"がもたらした問題や時間との関係について、ひいてはフィッツジェラルドだけでなく私たち自身の生活における"certain illusion"についても考えて見たいと思う。

   さて、この"certain illusion"とはDaisyに特筆されているものであり彼女がとる行動や言動の背景となっているものについて書かれていたが、例えばDaisyがGatsbyのパーティーに初めて参加したとき、美しいイメージをかもし出していたプロデューサーと女優以外は彼女の気を損ねてしまった。
生まれも育ちも生粋のお金持ちの彼女にとっては、ビジネスのためのたくらみが含まれた会話であったり生々しい感情や、ただ酔って醜態をさらすような華やかさというより騒々しさを感じるものはパーティーではないのだ。
ロマンティックな気持ちを掻き立てるイメージのもの・自分がその中でロマンティックな存在であることがNice girlなのでありそのための言葉と行動なのである。
このようにここからは各キャラクターにそれぞれ"certain illusion"として具体的な例とそれにふさわしいと思われるキーワードを挙げながら考えていくことにする。  

まずTomのillusionについて。彼のキーワードになるのはMajesticであろう。 Tom自身もともと莫大な金持ちの家で金使いの荒さを非難されるほど。 性格も威圧的で話し方も人を上から見るような話し方をする。
また、常に威厳のある態度を保とうとしているので世間体に重点を置き、自分の都合の良いように物事を運ばせるしたたかな知恵も持ち合わせている。 浮気相手を選ぶにあたっては自分よりも地位が低いものを選び、妻と別れて結婚しない理由も妻の宗教の理由にしている点。
浮気相手であるMytleが事故で死んだときも真っ先に自分に疑いがかからぬよう自分の車の色を主張し、Myrtleの夫であるWilsonに親友らしく振るまい、励まし慰める行動を取った点からもわかる。 そのため、目的のためにすべてをかけるGatsbyと比べるとモラルのある大人のような印象を受けるのである。 それこそがTomがもっているillusionなのだ。
ところが表向きは堂々とした態度を装っているが実はとても子供っぽい一面もある。 MyrtleがDaisyのことでTomといさかいになったとき、Myrtleに手を出してひっぱたいている。
また、Gatsbyを含めてニューヨークへ出たとき、ここでもいさかいをふっかけ、ひと悶着を起こしている。そしてMyrtleが死んだときも車の中ですすり泣いたりする。
この子供っぽさが現れてくると大抵何かいさかいが起きているような印象である。
次にJordanについて。彼女はPoseがキーワードである。 Nickが彼女について語るシーンでは、ポーズというものは何かを隠す仮面になるといっている。
いったい何を隠しているのか。
それは彼女自身の不注意さ・不正直さである。
Tomに少し似ているところもあるが彼女はどんな場面でも冷静な笑みを常に失わないので本心がわからないところがある。 その状況を楽しんで居るのか不愉快におもっているのかわからない。
そのためにさまざまな場面で発せられるJordanの台詞は時に場を和ませることもあれば皮肉なジョークにも聞こえてくる。
それが彼女の魅力でもあり、悪く言えば雰囲気や人の気持ちにまで気を配っていないようにみえてくる。
さらにJordanに特徴的なのはNickが様々な場面において彼女の印象をモデルのようなポーズとして表現しているところである。 GatsbyのパーティーでのJordanのドレス姿をみて、彼女が着るとスポーツ服みたいなかんじになる、爽やかな朝に始めて降りたゴルフコースを歩いているようである。といったり、最後にJordanと話すシーンでもゴルフの服装をしている彼女が挿絵のようだといったりしている。

"She was dressed to play golf, and I remember thinking she looked like a good illustration, her chin raised a little jauntily, her hair the color of an autumn leaf, her face the same brown tint as the fingerless glove on her knee.”(p. 184 l12)
  

彼女は何もしていないのに他のものの視線から自然とイメージされる、こういった印象は彼女自身の態度にも大きくかかわりがある。
NickとJordanが車の運転のことで話し、一方だけでは事故は起こらない。
もう一方が慎重になれば良いのだ。といっていたのだが、まさしくこれこそが彼女の不注意さを明らかにしている。周りが何もせずとも自然と気を払い合わせていくのだから自分は不注意でも良い。と考えていると言えないだろうか。
そのような前提から生み出された行動・言動に(自分がポーズをとっていると意識しているかはわからないが)周りが合わせている。とおもいそれが当然であると考えているところがJordanの自己中心的さなのであった。
そしてDaisyについて。彼女のキーワードはEmotionである。
Daisyについては先に少し述べてしまったが、Nickの語りによると彼女には独特の魅力があるという。
声について、Daisyのささやくような話し方は相手を引き寄せる術らしいとか、でまかせを言っていても胸のうちを通わせようとする激しい熱情のようなものがあふれ出てくるような気がするとか、JordanからはDaisyが結婚後浮気をしたことは無いだろうが、あの人の声にはなにかがある・・・と言っている。

二つ目に笑顔についても、この世界で会いたかった人などいないといったように覗き込んだ、など不思議な魅力を挙げている。
しかしどれも根拠の無いものでやはり先に述べたNice girlでいることのillusionからきているものと言えるのではないか。 DaisyのNice girlの仮面が取れたのはTomとの結婚前の泥酔する場面。
それが一番の素の気持ちだったに違いない。
其処から再び彼女は固く仮面をかぶって感情を封印してきたのだった。
ここだけを見る限りEmotionをキーワードにするのは若干説得力に欠ける気がすると思われるだろうが、ここでDaisyが気持ちに封印をかけたことこそが一番の根拠である。
なぜなら封印をかけて、その穴埋め・置き換えとして満たすことにした感情こそがDaisyのillusionなのだ。
Daisyの行動を見ていくとその日に突然ニューヨークへ行こうと言い出したり、その気分に合わせて行き当たりばったりの発言をしたりする。 「好き」「嫌い」「気に入った」など感情を表す言葉が多いのも特徴である。
またTomの浮気を知りつつもおとなしい妻を演じていて、Nickは子供を連れて出て行ったほうがいいと考えるがDaisyはどうしたいのかわからない。
かといって過去の美しい思い出であったGatsbyが表れて封印したきもちが解かれても現実としては過去の思い出に浸る感情を味わう程度で具体的にTomと別れてすべてを投げ出してGatsbyと結ばれたいと考えたりもしていないと思われる。
その証拠がTomとGatsbyとDaisyのなかでのいさかいで「あなたの要求は大きすぎる」と言う発言や「かつてはTomを愛していた、でもあなたのことも愛してる」という発言になってしまったのではないか。
封印をかけて時間がたつうちにDaisyはゆるぎない権力やお金といったものに頼っていってしまった。彼女自身のなにかゆるぎないものが足りなくなったから。
その結果Tomと結婚し子供も出来たが、封印した気持ちをさらに覆いかぶせるように感情を感じられるもの=華やかなイメージをうみだすもの・ロマンティックな感情を見出せるものが好きになったのではないか。
そこには現実的なたくらみや下心などいらないのだ。
そのような考えで感情を優先して行動したために本気でDaisyと結ばれようと思っていたGatsbyと、その一連の出来事がここまで大きくなるとは思ってもみなかったのではないだろうか。

    次に、Gatsbyについて。彼にはPromiseをキーワードにするのがふさわしいだろう。期待や希望を示すこの言葉は物語の中では、

“some heightened sensitivity to promise of life”(p. 8 l12)
  

という言葉で書かれ、これこそがGatsbyの行動の根源ではないだろうか。
Gatsbyの少年時代に古い本に書いた時間割も「自分がこうなるべき」という考えから立てたものであり、
初めのうちは貧しい百姓出身であっても成り上がり金持ちになることが目的でそれがそのまま実現していれば、その努力が報われて時間の経過の良い効果を受けて、一流の成金としてあり続けることが出来たかもしれない。
ところがDaisyに出逢ってしまい、こうあるべきという思いの頂点が「結ばれるはずだったDaisyと結ばれること。」に変わってしまった。
このためにGatsbyの中に流れる時間が逆行してしまった。
Gatsbyがほしいのは、時間がたってもあり続ける愛ではなく、時間をさかのぼって取り戻すあのときそのままの愛だったから、GatsbyはDaisyにTomの前で愛していないと言ってもらいたいと思っており、「すべてを帳消しに」と迫ったのである。
「過去はくりかえせない」ことを一般常識として考えているものからすれば
“過去、そのときありのままを取り戻す”ことは究極のかなわない望みである。それを「過去はくりかえせる」と断言するGatsbyの姿は純粋であり高められた感覚なのだ。
いわゆる一般常識の枠にはめてしまえばGatsbyなどただの過去に縛られ子供っぽく勝手な男にすぎないと思われかねないのだ。 Gatsbyはそのような意味ではどんな登場人物にも無い強烈な個性を出しNickにも衝撃を与えるほどの存在になったのだ。大人になればなるほど、忘れていく・・・というより考えなくなっていく感覚。
元々Nickにも、誰しも抱いていたかもしれない感覚だからこそ「創造的気質」と呼ばれるものとは無縁といっていたのかもしれない。  最後にNickについて。彼はWithoutがふさわしいとおもわれる。
物語の語り手でもあるNickは1章からまさしく自分をこのような人間である。といったように断言している。

“I am still a little afraid of missing something if I forget that, as my father snobbishly suggested, and I snobbishly repeat, a sense of the fundamental decencies is parceled out unequally at birth.”(p. 7 l3 ftb)
  

   物語の前半はNickの冷静さから客観的に述べられている部分も多い。自分は第三者的な視点であると言いたげだ。
だが、後半にかけて自分も物語の核心的な事件に巻き込まれていくとNickは自分の感情もひとしきり前面に表現するようになる。
JordanやGatsbyの行動ひとつでその人を好いたり嫌ったりしている。
終わりに向けてはGatsbyが死に、彼を正当化し幕を下ろすのは自分であるというようにGatsbyの葬儀に向けて積極的に行動するなど、前半と比べて印象がかわるのである。
Nickは自分が客観的でものをありのままに受け止める寛容な精神をもつ人間であることがillusionとなっている。
ずっとそのように自分は生きてきたのに「過去はくりかえせる」と断言して見せたGatsbyや、しぐさなどになにか期待を持たせるような特徴を持つDaisyに不確かだが「何か其処から希望を見出せそうなもの」に惹かれているところもあるのだ。
そのためNickには常に相反する感情が葛藤し、自分の態度にさえ一貫性が保てないでいるそのままが語りの中にも出てきているといえるのではないか。
Nickは断定しないことは無限の可能性を生み出すことになる。とも述べている。「人は過去には戻れない」という当たり前の前提を少しでもGatsbyがくつがえせるのか、くつがえせないのか見たかったのかもしれない。

   感覚は万人に均等に与えられてはいないが、時間は万人に均等でありその感覚の違いから時間はどのようにも作用するものである。
良い効果が出ることもあれば悪い効果が出ることもある。
その積み重ねをみとめていくことも生きていくことであり、大人になることにも繋がる。
人生はそうやって過ぎていくしかないと信じているNickはまたこの一件から改めて学び取ったのかもしれない。  

   ここまで各人物のillusionについて「The Great Gatsby の物語一連の出来事はすべて“certain illusion”によるものである。」と仮説としてみてきたが、
まとめると各個人がそれまでの経験からそれぞれの“こうあるべき”イメージ=illusionを作り出し、時間の経過とともに確立していきそれを根源として行動したり発言したりしている。
人の感覚は同じではなくGatsbyのように過ぎた時間を巻き取ろうとすると現実とのギャップに阻まれることにもなる。
それは物語にとどまらず、著者のフィッツジェラルド自身の生涯もまた過去と現実の苦しさとのギャップに阻まれていた気持ちがあったのではないか。
私たちの生活においても年を重ねるごとに思い出は遠く遠くなって行き、それに伴って過去への想いが強くなってゆくときもある。
それでも前に進んでゆくことが生きることそのものであり、取り戻せない時間と向き合うことなのではないか。

参考;フリー百科事典ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/


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