Seminar Paper 2008

Kumekawa, Miyuki

First Created on August 9, 2008
Last revised on August 9, 2008

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The Catcher in the Rye における“fall”の概念
〜大人へのfall, 成長するHolden〜

    The Catcher in the Rye (Jerome David Salinger, 1919.1.1) は主人公Holdenが学校を退学になり、学校の寮を飛び出し、NYの街を3日間放浪する物語である。Holdenはその旅で、大人になることを模索し、子供と大人の間で心の葛藤を繰り返し、成長していく。Holdenは、大人になるということへの迷いから、大人になることの答えを探し求め、物語中に多くの人と出会い話をしている。彼らと出会って話しては、また新たな答えを求め次の人の所へ向かっている。その節目、節目にHoldenが、転ぶ(fall)シーンがみられる。このfallにはHoldenの先行きが不安であることを暗示していると思われる。しかし、fallはその意味だけではなく、大人になるためにはfallすることが必要であり、fallすることが成長の過程であることを表していのだろう。H2Oの「想い出がいっぱい」という歌に「おとなの階段上る」と表現するように、私たちは大人になることをステップアップするなど、上に行くように表現する言葉を使うことが多いが、Holdenは敢えて逆のfallを使っているように思われる。それはHoldenが赤のハンチングハットのひさしを反対にして被ったり、phonyという言葉を多用したりしているのと同じで、大人になることを皮肉って、その反抗からfallを使ったのではないだろうか。ここでは、Holdenのfallの場面にふれ、Holdenのfallの使い方や意味を考えていく。

*最初のfall:スペンサー先生

    物語の初めにHoldenはスペンサー先生に会いに行き、スペンサー先生と話をしている。先生の家に行く途中Holdenは転びそうになっている。“It was icy as hell and I damn near fell down. I don’t even know what I was running for―”(p. 5) これは、これからのHoldenの先行き不安なことを示していると同時に、Holdenがスペンサー先生と会うことがfallであり、大人になることの答えに近づいていることを表しているのではないだろうか。スペンサー先生は学校を退学になってばかりいるHoldenのことを心配し、話をしている。一方Holdenはスペンサー先生がgrandという言葉を使うのがphonyだと感じ、先生の話を上の空で聞いている。

Then all of a sudden old Spencer looked like he had something very good, something sharp as tack, to say to me. He sat up more in his chair and sort of moved around. It was a false alarm, though. All he did was lift the Atlantic Monthly off his lap and try to chuck it on the bed, next to me. He missed. (p. 10)

    この表現からも、スペンサー先生がこれからHoldenに言おうとしていることがHoldenに伝わらないことが考えられる。Holdenは嘘までついて先生の家を出ていこうとする。それは、先生が勧める学校へ行くという正しい道がまだHoldenには理解できなかったからだろう。また、先生の年寄りくさい姿や薬の嫌なニオイを目の当たりにすることで、大人になることに嫌気が差したのかもしれない。最後にスペンサー先生は“Good luck” という言葉を投げかけているが、Holdenはその言葉にも拒否反応を示している。Holdenにとってその言葉がphonyなものに感じるからだろう。“Good luck” は誰でも言うことができるし、突き詰めて考えてみれば、結局問題から手を引いたのと同じで、「後は自分で何とかしなさい」というような突き放す言葉のようにもとれるからだ。まだ、子供のHoldenには“Good luck”という言葉が冷たいもののように思えたのだろう。

*寮を出て行くときのfall

    Holdenは“Sleep tight, ya morons! “(p. 52) と叫んで、格好良く寮を飛び出そうとする。この物語で、Holdenが旅立つ重要なシーンであるにも関わらず、Holdenは、“Some stupid guy had thrown peanut shells all over the stairs, and I damn near broke my crazy neck.” (p. 52) というふうに、寮を出ようとした瞬間、ピーナッツの皮ですべって転びそうになっている。これは、先にも述べたように先行きが不安なことを示している。また、すべったものが誰かが置いたピーナッツの皮であることから、誰か他人の行為によって、何かHoldenにとってよくない事が起こる前ぶれだともとれる。しかし、fallを成長するステップだと考えると、その良くないこととは、大人に向かっていくための事象が発生し、大人へとfallしていっていることを表しているのだろう。

*ホテルでのfall

    Holdenはホテルのエレベータで会った男、モーリスから売春婦を紹介される。そして、Holdenは自分の部屋で売春婦サリーが来るのを待っていた。Holdenはセックスの経験がないので、これは童貞をなくすための大きなチャンスであった。しかし、サリーが訪ねてきて、ドアを開けようとした時、Holdenはまた転びそうになっている。“When I went to open it, I had my suitcase right in the way and I fell over it and damn near broke my knee.” (p. 93) この後、Holdenは結局怖気づき、サリーとセックスするのをやめてしまう。一見、先のfallはセックスができなくて失敗することを暗示していたfallのようにも思えるが、fallを成長という意味で考えてみると、大人の裏の世界を知ったことでHoldenが成長していっていることを表していると思われる。 その1つには、サリーのドレスについてのコメントがあげられる。

“I took her dress over to the closet and hung it up for her. It was funny. It made me feel sort of sad when I hung it up. I thought of her going in a store and buying it, and nobody in the store knowing she was a prostitute and all.” (p.96)

    ドレスを売った相手は、サリーがまさかこんなことにドレスを使うとは思っていなかっただろう。Holdenは表の世界では見えていなかった裏の世界の現実を見て大人への段階を踏んでいる。

    2つ目には、Holdenが安易に売春婦を依頼したことである。見ず知らずの男やサリーに関わり、お金を騙されるなど危険な経験をしている。 この経験からHoldenが大人へとfallしていっていることがわかる。

*家を出るときのfall

    Holdenは土曜日の夜にPhoebeに会いに家まで行く。その後、彼がこっそり抜け出すシーンでもfallが使われている。

I walked all the way down stairs, instead of taking the elevator. I went down the back stairs. I nearly broke my neck on about ten million garbage pails, but I got out all right. (p.180)

    Holdenは家を出るときに、わざわざ階段を使って自らdown していっている。また、階段の通路には大量のゴミが置いてあり、それにつまずいてHoldenは転びそうになっている。念願だったPhoebe との話を終えて、新たにアントリーニ先生のところに向かう矢先であった。これは、アントリーニ先生と会うことでまたfall(成長)していくことを表していると考える。また、階段を自ら下りているところは、ピーナッツの時のHoldenとは違い、自分からfallに向き合おうという姿勢を表しているとも考えられる。

*アントリーニ先生の話

    アントリーニ先生の話にはfallを使った表現の話が出てきている。

“This fall I think you’re riding for―it’s a special kind of fall, a horrible kind. The man falling isn’t permitted to feel or hear himself hit bottom. He just keeps falling and falling. The whole arrangement’s designed for men who, at some time or other in their lives, were looking for something their own environment couldn’t supply them with. Or they thought their own environment couldn’t supply them with. So they gave up looking. They gave it up before they ever really even got started.” (p.187)

    アントリーニ先生は、人が何かを求めてfallし続けることについて語っている。アントリーニ先生はHoldenが抱えている問題を的確に捉え、アドバイスをしている。fallすることは誰でも経験することであり、環境の変化から自分が必要としているものを探し求めることは必要であることを教えている。Fallの中には辛いこともあるが、fallして、探さないことには、いつまで経っても成長できないということを語っているのだろう。先生のfallの話はHoldenにとって一番理解しやすかったのではないだろうか。この後、Holdenはfallを受け入れ始める。

*数々のfallを通して

Every time I came to the end of a block and stepped off the goddam curb, I had this feeling that I’d never get to the other side of the street. I thought I’d just go down, down, down, and nobody’d ever see me again. (p. 197)

これはHoldenが大人なることに疑問を感じ、大人になるとはどういうことか模索し、旅を続けてきたが、Holden自身、自分がどんどん大人になっていくことを感じとっていることがわかる。彼はfall downを使い、大人になっていくことを表現し、そして、子供だった自分にはもう戻れないこと悟っていることを示している。

“When I was coming out of the can, right before I got to the door, I sort of passed out.” (p. 204) Holdenはミイラの部屋を出てから、気絶をする。これは、死を表すミイラの部屋に行き、Holdenがある意味で死んだことを意味しているのだろう。その後、Holdenはこう言っている。

It was a funny thing though. I felt better after I passed out. I really did. My arm sort of hurt, from where I fell, but I didn’t feel so damn dizzy any more. (p. 204)

子供と大人の狭間で葛藤していたHoldenは一度死に、新たに生まれ変わったのだ。また、眩暈がしなくなったと言っていることから、大人の自分に違和感がなくなってきたことを示していると考えられる。

    3日間様々な葛藤があったが、Holdenはfallし続けた結果、fallの底に着く。そして、最終的に大人の自分を受け入れることができたのだ。

    特にそれを証明しているのがラストのメリーゴーラウンドのシーンである。HoldenはPhoebeに “Go ahead, then―I’ll be on this bench right over here. I’ll watch ya.” (p. 211)と言い、メリーゴーラウンドの方には行かず、他の保護者側と同じ場所にいることを自ら選んでいる。また、彼はこうも言っている。

The thing with kids is, if they want to grab for the gold ring, you have to let them to do it, and not say anything. If they fall off, they fall off, but it’s bad if you say anything to them. (p. 211)

    この文章はHoldenが大人の目線で語っていることがわかる部分である。生まれ変わったHoldenは大人の目線で子供を静かに見守れるようになっている。また、彼は同時にfallの必要性にも触れている。Holdenはメリーゴーラウンドで金のリングを手に入れるにはfallするかもしれないが、子供に自由にやらせるのがいいと語っているが、これは彼が成長するためにfallは欠かせない要素だと理解したからだろう。Holdenはこの旅を通して、何かを得ようとすれば、fall(落ちる、転ぶ)可能性もあるが、結果的にfall(成長)するのだとわかったのだ。そして、大人はそれに介入する必要はなく、子供は自然とfall(落ちたり、転んだり)してfall(成長)していくのだ。

    Holdenは3日間fallし続けてきた結果、大人になっていく。彼の使っているfallはマイナスな意味なのではなく、子供と大人の狭間で葛藤し、もがき続けていく過程である。fallは大人になっていく上で必要であり、fall(転ぶ)ような失敗を繰り返しながら、fall(成長する)ことを表している。fallとは、私たちがよく言う、いわばステップアップすることなのだ。


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