Seminar Paper 2008

Noguchi, Yumi

First Created on August 9, 2008
Last revised on August 9, 2008

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ホールデンと赤いハンチング帽
ハンチング帽は抵抗と焦りのあらわれ

    The Catcher in the Rye は主人公Holdenが、子どものinnocenceを保つことと、周りにあるphonyと戦おうとする姿を描いた、理想を追う少年の物語である。この物語の中でHoldenは何度も赤いハンチング帽をかぶっている。この赤いハンチング帽は彼のphonyに抵抗したい気持ちのあらわれであるといえる。以下では、Holdenがどのようにphonyに抵抗しようとし、3日間で子どものinnocenceを守ることについてどのように考え方が変化したのか、3つの段階にわけて見ていくことにする。

    はじめにHoldenはinnocenceを大事にしている人物である。幼いころ死んでしまった弟のAllieを思い出したりするのは、Allieがinnocenceの状態のままHoldenの記憶に残っているからである。そして彼はそのinnocenceを維持するために赤いハンチング帽をかぶりphonyに立ち向かおうとしている。この赤いハンチング帽はHoldenが“‘This is a people shooting hat,’ I said. “‘I shoot people in this hat.’” (p. 22) と言っているように、人撃ち帽である。これには人撃ち帽をかぶってハンターとなり、phonyな人たちをやっつけるという意味がこめられている。Holdenは自分の役割はphonyをやっつけることだと考え、この使命感にもえている。これは初めの段階での彼がphonyをたおすことでinnocenceを求めようとしているからである。phonyがなくなればinnocenceを保てるというのが彼の考え方だ。Holdenはこの赤いハンチング帽をお供にし、これからの3日間を過ごしていくことになる。

    まずHoldenはSpencer先生のところから帰ってきて、部屋に一人戻っている。このとき彼は赤いハンチング帽を逆向きにかぶっているが、これは、自分は周りの人間とは違う、ということを示している。みんなはphonyな学校のフットボールの試合を見ているが、Holdenはそこには加わっていない。Holdenから敵対心こそ感じないものの、この様子からすでに、phonyな集団である学校に抵抗しようという姿勢が見られる。

    さらにHoldenは帽子を深くかぶって周りを見えなくして、友達のAckleyをからかっている。“‘Mother darling, give me your hand. Why won’t you give me your hand?’” (p. 21) と言っているように、Holdenは誰かに助けを求めているわけだが、このときのHoldenはinnocenceを求めるにはどうしたらいいか、自分の行き場を探してさまよっているのだ。つまりHoldenはphonyに抵抗すると同時にinnocenceを求めて悩んでいるということができる。

    また、Holdenは勝ち負けにこだわらずにチェッカーをしていたJaneがStradlaterとデートに出かけると聞いた場面ではこんな行動をしている。

I pulled the peak of my hunting hat around to the front all of a sudden, for a change. I was getting sort of nervous, all of a sudden. I’m quite a nervous guy. (p. 34)

    彼はなぜここでハンチング帽をまわしたのか。HoldenにとってのJaneは勝ち負けにこだわらずにゲームを楽しめるinnocenceな相手の一人である。StradlaterはHoldenが“I already told you what a sexy bastard Stradlater was.” (p. 34)といっているように、手が早い。Holdenはそれを心配し、JaneがStradlaterに汚されてしまうのではないかと思い、心配になり、ハンチング帽をかぶって身構えたのである。この場面でのハンチング帽の役目はJaneというinnocenceを守るために、ここでphonyの役割をしているStradlaterに抵抗することである。まさにHoldenがinnocenceを求めるために、phonyに立ち向かおうとするところである。

    さらに最初にも述べたとおり、Holdenはinnocenceの象徴として弟のAllieについて作文を書いている。このときもHoldenはハンチング帽をかぶっている。Allieはinnocentなまま若くして亡くなっている。そんな弟のことを、phonyをやっつけるための帽子をかぶった格好で思い出していることにはどんな意味がこめられているのか。 “I’ll tell you what kind of red hair he had.” (p. 38) といっているようにAllieは赤毛である。Holdenは赤いハンチング帽をかぶることで、この赤毛のAllieになりきることができる。Allieになりきるということはinnocenceでいられるということでもあり、Holdenの願いがかなえられているということにもなる。このようにinnocenceになりきって、phonyには屈しないことを強調しているということができる。

    そんなHoldenの姿勢はStradlaterとの殴り合いのあとにもあらわれている。

I couldn’t find my goddam hunting hat anywhere. Finally I found it. It was under the bed. I put it on, and turned the old peak around to the back, the way I liked it, and then I went over and took a look at my stupid face in the mirror. (p. 45)

    Holdenのハンチング帽はこの場面で一度ぬげてしまっている。彼の仲間として一緒に戦うはずの帽子が役に立たず、Holdenは血まみれになってしまった。しかしHoldenはハンチング帽をかぶりなおして、phonyにはやられたりしないというかのように、再び立ち上がった。まるで何かを決意したかのように見える。そしてついにこのお供のハンチング帽とともに学校を出て行く。

I put my red hunting hat on, and turned the peak around to the back, the way I liked it, and then I yelled at the top of my goddam voice, ‘Sleep tight, ya morons!’ I’ll bet I woke up every bastard on the whole floor. Then I got the hell out. Some stupid guy had thrown peanut shells all over the stairs, and I damn near broke my crazy neck. (p. 52)

    Moronsはphonyの仲間であり、Holdenが倒したいものである。その敵に向かって叫んだ直後に、moronsが撒き散らしたピーナッツの殻で転びそうになっている。これはHoldenが帽子をかぶってphonyを倒そうと意気込んだが、すぐにphonyなものに仕返しされているということである。この場面から、Holdenのphonyを相手にした戦いは、雲行きが怪しくなっているとわかる。Holdenの意気込みとは反対に、なにか空回りしているような場面である。

    Holdenのinnocenceを求めるための行動が空回りしている場面がもう一つある。それは、Holdenが公園で、シーソーで遊ぶ子ども達に出会った場面である。

One of them was sort of fat, and I put my hand on the skinny kid’s end, to sort of even up the weight, but you could tell they didn’t want me around, so I left them alone. (p. 122)

    このときHoldenはハンチング帽をかぶって、まさにphonyをやっつけ、innocenceを守るという気持ちになっている。しかし、無理にシーソーのバランスをとろうとしたHoldenは子ども達に嫌われてしまった。子ども達はinnocentだからバランスのとれていないシーソーでも楽しんでいるのだ。せっかくハンチング帽をかぶり、innocenceの味方になったHoldenにとっては、自分のinnocenceに自信がなくなるきっかけになってしまった。自分がハンチング帽でphonyを撃つことは、innocenceにはつながらないのではないか。Phonyをやっつけることと、innocenceを守ることは一緒ではないのではないか。Holdenの計画では彼は子どもの味方となるはずだったのに、その子ども達に嫌われてしまうとは、彼のやりたいことと、やっていることに矛盾が生じている証拠である。これがinnocenceの守り方に疑問が生じ、悩むようになった、2つ目の段階である。

    そして悩んだ結果、Holdenは次のような行動をとる。 “Then I took my hunting hat out of my coat pocket and gave it to her.” (p. 180) Holdenのphonyに抵抗する象徴であったハンチング帽を、Phoebeにあげてしまったのだ。Holdenは自分がphonyをやっつけることでinnocenceを守ることをやめてしまったのである。自分のやり方ではinnocenceを守れないと感じたのだ。またPhoebeはギリシア神話のArtemisの異名であり、ローマ神話では狩猟と月の女神であるDianaにあたる。Phoebeが狩猟の女神だとした、この人撃ち帽を彼女に渡すのはぴったりであるといえる。自分がやろうとした役割をPhoebeに託したのである。

    しかしPhoebeはそのハンチング帽をHoldenに投げつけて返している。Holdenについていくと言った彼女をHoldenはなだめるが、彼女にとってはこの行動が大人ぶっていて嫌に思えたのだろう。Phonyと戦うのをやめると同時に、innocenceをもとめることもやめようとしたHoldenに対してすねている気持ちもある。Holdenはそんな彼女を見て、魅力を感じている。そしてハンチング帽をポケットにしまった。これがHoldenの子どものinnocenceを守ることについての3つ目の段階の考え方につながる。

    3つ目の考え方とは、innocenceのためにphonyを遠ざけるのではなく、innocenceな状態をただ見守るべきである、という考えである。HoldenはPhoebeから投げつけられたハンチング帽をかぶらずにポケットにしまった。これは戦いを一時休戦したことをあらわす。それからのHoldenはこれまでのHoldenとは考え方に変化が起きている。以前は、小さな子ども達が遊んでいるライ麦畑で、がけから落ちそうになる子をそこに立って助けたいと言っていた。しかし、 Phoebeが回転木馬に乗っている場面ではHoldenはこんなことを考えている。

The thing with kids is, if they want to grab for the gold ring, you have to let them do it, and not say anything. If they fall off, they fall off, but it’s bad if you say anything to them. (p. 211)

    これは以前に述べていた、子どもが危険な世界に落ちてしまわないようにする、ということを否定している。彼は、Phoebeが回転木馬に乗っているのを見て、その無邪気な状態にinnocenceを感じ、もし彼女が木馬に乗らないような年になってしまったとしても、そのinnocenceな状態を作り出す木馬はその場に残り、新たな子どもがやってくるのを待っていることに気がついたのだ。つまり、innocenceは消えてしまうのではなく、受け継がれていくことにHoldenは気がついたのである。また、 “My hunting hat really gave me quite a lot of protection, in a way, but I got soaked anyway.” (p. 213) とあるように、phonyに抵抗していた象徴の帽子と一緒に雨にぬれてしまっている。このことはHoldenと帽子を再生させ、新たに生まれ変わったことを示している。確かにハンチング帽は抵抗心の象徴だが、この3日間を通して、すべてに抵抗するのではなく、理想のために慎ましやかに抵抗することに変化したのだ。

    これまで見てきたように、Holdenのハンチング帽はphonyを倒す象徴となってきたが、それは必ずしも、innocenceを求めることにはつながってはいなかった。そのことに自分自身の体験で気がつくことができたHoldenはとても幸運である。悩み苦しむ中に、まだはっきりとはしないが、なんとなく解決策を見つけ出すことができたHoldenの少しの成長がこの物語には描かれている。理想をもとめるにはどうしたらいいか、その方法の一つをこの3日間で知ることができたのだ。


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