Seminar Paper 2008

Yonezawa, Ikue

First Created on August 9, 2008
Last revised on August 9, 2008

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ホールデンと赤いハンチング帽
SOSのサイン

    主人公のHoldenはphonyな大人にだけはなりたくないという気持ちを抱いている少年だが、Holden自身がphonyな行動をとっている。そして、Holdenがそのような行動をとっているときは赤いハンチング帽をかぶっていることが多い。この帽子は彼の精神状態にとても重大に関わっているといえる。そこで、彼のどのような精神状態を表しているのかについて考えていきたいと思う。戦闘心や孤独感、そして不安感を抱いている状態のときが多いとも感じたが、それと同時に自分のことを誰かに認めてほしい、誰かにわかってもらいたいという気持ちから相手にSOSのサインを送っているのではないかと私は考えた。Holdenの様々な場面の言動からそれを論じていきたいと思う。

What I did was, I pulled the old peak of my hunting hat around to the front, then pulled it way down over my eyes. That way, I couldn’t see a goddam thing. “I think I’m going blind,” I said in this very hoarse voice. “Mother darling, everything’s getting so dark in here.”
“You’re nuts. I swear to God,” Ackly said.
“Mother darling, give me your hand. Why won’t you give me your hand?” “For Chrissake, grow up.”
I started groping around in front of me, like a blind guy, but without getting up or anything. (p. 21-22)

    ここでは、寮の隣の部屋のAcklyがHoldenの部屋に来て勝手に物をいじくりまわしているときにHoldenがとった行動である。HoldenはこのときAcklyに対しいらいらしていたこともあって戦闘心からこのような真似をしたように思える。そしてさらには“This is a people shootng hat,” I said. “I shoot people in this hat.” (p. 22) と述べている。子供から大人になろうとしているHoldenがphonyな大人だけにはなりたくないという気持ちから、「phony狩り」をしたいという表れである。そのため、この時点ではいらいらしているときや戦闘心を帽子で表現していることがわかるだろう。しかしAcklyはこのHoldenの言葉には興味を示さずに、別の話題にもっていったのだ。このときHoldenはAcklyに自分がphonyな大人を軽蔑していること、そしてそのような大人になりたくないと悩んでいることについて少しでも話したかったのではないか。

I put it on, and turned the old peak around to the back, the way I liked it, and then I went over and took a look at my stupid face in the mirror. You never saw such gore in your life. I had blood all over my mouth and chin and even on my pajamas and bathrobe. It partly scared me and it partly fascinated me. All that blood and all sort of made me look tough. (p. 45)

    そしてこの場面からはHoldenの不安感がうかがえる。昔よく一緒にいたJaneと寮の同室であるStradlaterがデートすることを聞いたHoldenはずっとJaneのことが心配で不安だった。そこで帰ってきたStradlaterに対しいらいらしていたのと、Janeに対する不安でStradlaterと喧嘩になってしまった。そしてStradlaterに殴られて流血してしまった自分を鏡で見るときに帽子をかぶったのである。いつでもHoldenは何か新しいことを始めようとすると失敗ばかりする。喧嘩にも負け、いかにも負け組(弱者)のような雰囲気を醸し出している。ここで帽子をかぶったことにも理由があるだろう。流血している顔を自分で見てしまうと、自分が弱者であることを目の当たりにしてしまう。しかし、この帽子をかぶることで戦闘したあとのヒーローにでもなった雰囲気になれる感じがしたのであろう。

    大人になることへの拒絶感や自分の居場所を求めるためにHoldenは予定していた日にちよりも早くに寮を出ることにした。夜中に寮をでるときに、“I put my red hunting hat on, and turned the peak around to the back, the way I liked it, and then I yelled at the top of my goddam voice, ‘Sleep tight, ya morons!’” (p. 52) と叫んでいる。居場所が無くて早く学校を出たいと思ったなら、何も言わずにひっそりと出て行けばいいと思うのだが、Holdenは皆が目を覚ますぐらいの声で叫んでいるのである。これは自分が出て行くことを誰かに気づいて欲しい気持ちが少なからずあったのだろう。また、“Then I got the hell out. Some stupid guy had thrown peanut shells all over the stairs, and I damn near broke my crazy neck.” (p. 52) とある。本当にHoldenは次のステップに進むときにこのようにうまくいかないのだ。戦闘態勢に入っているHoldenだが、彼はいつまでも負け組のままで、勝ち組になれる兆しは見えない。それでも戦闘態勢を維持し続けているHoldenは、赤いハンチングの帽子を武器(守備)に使っているのであろう。

    しかしphonyな大人を軽蔑しているHoldenが、それとは矛盾した行動をとっている場面もある。 “We got to the Edmont Hotel, and I checked in. I’d put on my red hunting cap when I was in the cab, just for the hell of it, but I took it off before I checked in. I didn’t want to look like a screwball or something.” (p. 61) 容姿などで人を判断するような人にはHolden自身なりたくないと言っていて、実際そのような人たちをshootingするとも言っていたのにホテルにチェックインする前に、周りの人に変人だと思われたくないから帽子を脱いだというのである。本当に容姿を気にせず、周りにどう思うか気にしないのなら帽子を脱がずにそのままホテルにチェックインするはずではないだろうか。実際このようなHoldenの行動を見ると、彼自身がphonyであり、彼が嫌いとする大人と同じやり方である。Phonyな大人にならずに子供のinnocentな気持ちのままでいたいと思うHoldenが実はもう大人の階段を着実に登り始めているのだ。

    ここからのHoldenはいろいろな人を飲みに行かないかと誘ったり、友人や妹に電話をしようとしたりする。これは自分の居場所が未だに見つからず、孤独を味わっているからだといえよう。さらに、子供のままでいたいが着実に大人になりつつあるということに自分でも気づき始める。この気持ちを誰かにわかって欲しい、誰かに聞いて欲しいという焦りも感じ始め、昔のHoldenの指導学生であったLuceに連絡をとり会うことになったのだ。  

“Supposing I went to your father and had him psychoanalyze me and all,” I said. “What would he do to me? I mean what would he do to me?”
“He wouldn’t do a goddam thing to you. He’d simply talk to you, and you’d talk to him, for God’ sake. For one thing, he’d help you to recognize the patterns of your mind.” (p. 148)

    HoldenがLuceとこのような会話をしている。HoldenがLuceと会った理由をここから読み取ることができるだろう。Holdenは自分の精神状態がまともではないということを自分で認識しているのである。だから、精神科医の父を持つLuceなら自分がこれからどうすべきかを導き出してくれるだろうと思ったのだ。この話をした後に “I put my hand on his shoulder. Boy, he amused me. “You’re a real friendly bastard,” I told him. “You know that?” (p. 148) とHoldenが言っている。Holdenが心から人に感謝し、お礼を言っていることはこの話の中でめったに見かけることが無い。しかし、このときのHoldenは本心で言っているように感じられる。本当はLuceにこの先のことでもっと話をしたかったのだが、Luceが帰ってしまうときのHoldenは本当に寂しそうである。もうこれ以上話を聞いてもらえそうな人がいないと思い、最高の孤独感を感じることになる。そしてまだ、赤いハンチングの帽子を持ったままでいるHoldenは戦闘態勢から抜け出しきれてないのである。まだ自分がこの先にどうしたらいいのか答えが見つけ出せずに、誰かにSOSを送っているといえるだろう。

    しかし、Holdenには妹のPhoebeがいる。Holdenは彼女のことをすごく可愛がっており、とても好いている。彼女はまだ小学生でinnocentな心を持っているのだ。Holdenは彼女のその心を尊重していて、度々物語の途中で妹の自慢をする場面もある。両親も家にいるため、彼女に会って話したくてもできなかったのである。しかしお金も無くなりこれ以上行き場もなく精神的に追い詰められたHoldenは、妹のPhoebeに会いに家に帰ることにしたのだ。彼女に会ったHoldenはずっと会いたかったPhoebeに会えてとても嬉しく会話を楽しんでいたが、途中で親が帰ってきてしまう。家に居づらくなったHoldenはまた家を出ることにする。Phoebeがお金を貸してくれたのだが、そのお金は彼女がクリスマスのために必死で貯めたお金だった。その彼女の優しさに触れ、Holdenは号泣してしまう。ずっとHoldenが捜し求めていたものがここにあったと感じたのかもしれない。自分を好いてくれる人、そしてinnocentな心を見つけたHoldenは“Then I took my hunting hat out of my coat pocket and gave it to her. She likes those kind of crazy hats. She didn’t want to take it, but I made her.” (p. 180) 彼女にあの赤いハンチングの帽子をあげるのである。ずっとphonyな人間と戦うために戦闘態勢をとってきたHoldenが、その防具の表れとしてかぶっていた帽子を手放したのである。ずっとSOSのサインを送ってきたHoldenが妹のPhoebeと再会したことで、気持ちが穏やかになり、戦闘態勢ではなくなったともいえる場面なのだ。ついに自分を受け入れてくれる居場所を見つけた気がして、自分の存在を大事に思ってくれる人と出会えたのである。この赤いハンチング帽は、Holdenの精神的状態を表す道具であったのだ。

    この物語は主人公のHoldenが言葉では表せない気持ちを、赤いハンチングの帽子を使うことによって表現している。赤いハンチング帽のつばを後ろに向けてかぶるのは戦闘態勢のときだった。自分の居場所も無い孤独感・不安を抱えていたからこそ、この行動をとったのだと思う。しかし「いつか自分の居場所を見つけ、自分を理解してくれる人がいる。」と期待を捨ててはいなかったのだろう。その期待を胸に密かに秘め、周りの人間にSOSのサインを送っていた。遠回りはしたが、妹のPhoebeとの再会で自分の居場所を見つけたような気がして、その瞬間赤いハンチング帽を手放し妹に渡すという場面から、少なからずHoldenの戦闘態勢は崩れ去ったのだといえよう。SOSのサインを送り続けていたHoldenが様々な人と出会い、最後には妹のPhoebeによって本当の意味で助けられたのだ。


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