Seminar Paper 2010

Hirokazu Endo

First Created on January 27, 2011
Last revised on January 27, 2011

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小説Lolita の女性たち
魔性の女ロリータ

 

   この小説は読み手によって様々な解釈ができる物語である。ハンバートが獄中で書き残した告白録として、一人称で語っており、自分は常識人であり、もしかしたら被害者なのかもしれないと書かれている。確かにハンバートはが語るように確信犯的な要素がこのロリータには伺える。ともすれば、ハンバートは彼女に陥れられ、振り回わされた被害者と読み取ることができる。今回は一般的には批難されるであろう、ハンバートを「被害者」として擁護し、物語の軸になったロリータことドロレス・ヘイズについて彼女の行動、発言からどのような女性であったかを考えていきたいと思う。  

   本題に入る前に簡単に物語の概要に触れておく。スイス出身の文学者ハンバート・ハンバートは、少年時代の死別した回人アナベル・リーが忘れられず、思春期を迎える直前の年齢の少女に性的な情愛を抱いている。第二次大戦直前にアメリカへ渡った彼は、若い母娘の家に下宿する機会を得る。その娘こそが現代の「ロリータコンプレックス」という言葉の語源になった女性。「ロリータ」ことドロレス・ヘイズである。彼女に近づくために下心からその母親である未亡人と結婚する。母親が不慮の事故で死ぬと、ハンバートはロリータを騙し、アメリカ中を逃亡する。しかし、ロリータはハンバートの理想の恋人になることを拒否しつづけ、時間と共に成長し始めるロリータに対し、ハンバートは衰え魅力を失い始める。ある日、突然ロリータはハンバートの目の前から姿を消す。その消息を追ってハンバートは再び国中を探しまわる。3年後、ようやく探し出すが、大人の女性になった彼女は若い男性と結婚し子供を身ごもっていた。哀しみにくれるハンバートは彼女の失踪を手伝い、連れ出した男性の素性を知り、殺害する。後に逮捕され、獄中で病死する。そしてロリータも出産時に亡くなってしまう。以上が簡単な物語のあらすじである。  

   物語の表面的な部分を追っていくと加害者は間違いなくハンバートであり、ロリータは運命を狂わされた可哀想な少女と映る。しかし、前述した通り、この物語はハンバートが一人称で語っている。そのため、本人が語る本人だけの世界では正常であり、ロリータに対しては共犯関係、誘惑者のように語られる。ハンバートが語るように今回はロリータを誘惑者として話を進め、彼女を分析していく。    

   私が作品を通してロリータについて感じたことは、ずる賢く小悪魔的な要素があること。下品で言動は大人びているが子供特有の無邪気さがあること。わがままで感情的であるという3点である。子供の特徴を兼ねそろえており、ハンバートが説明しているニンフェットの特徴をそのまま表した人物である。私の中ではこの少女はあまりにも大人びていて憎たらしくも映った。  

   まずはロリータの小悪魔的な一面に着目したい。物語全体を通してロリータはハンバートを魅了し、翻弄する。現代のキャバレークラブに勤めれば間違いなくナンバーワンになれるであろう、男を誘惑する術を生まれながらに持ち合わせていると感じた。物語の前半、ロリータの目にゴミが入ってしまい、それをハンバートが舌で舐めて取り除く描写がある。ここで既にロリータの小悪魔な部分が顔を出していると感じられる。

Held her roughly by the shoulders, then tenderly by the temples, and turned her about. “It’s right there,” she said, “I can feel it.” “Swiss peasant would use the tip of her tongue.” “Lick it out? ” “Yeth. Shly try? ” “Sure, ” she said. Gently I pressed my quivering sting along her rolling salty eyeball. “Goody-goody, ” she said nictating.” “It is gone.” (p. 43-44)

上記の描写で彼女の目の異物を取り除かれたことがわかる。そして以下に続く文章が、彼女の男を魅了するテクニックが、最もわかりやすく表れている描写である。

“Now the others? ” “You dope,” she began, “there is noth- ” but here she noticed the pucker of my approaching lips. “Okay, ” she said co-operatively, and bending toward her warm upturned russet face somber Humbert pressed his mouth to her fluttering eyelid. She laughed, and brushed past out of the room. (p. 44)

一度は躊躇していることから、彼女がもう片方の目を舐めさせたのは好奇心からの確信犯であることが読み取ることができ、嫌な顔ひとつせず、ハンバートの欲求を受け入れる彼女に、わたしが感じた1つ目の彼女の「小悪魔性」を読み取ることができ、魔性の女の片鱗が垣間みえる。  

   そしてここでは同時に、私が感じた2つ目の「子供としての無邪気」も伺える。この「子供としての無邪気さ」がハンバートの心をくすぐる最大の要因であると考えられる。現に、この作品には彼女以外にも多くの女性が登場し、ハンバートと絡んでいるがこの描写ほどにハンバートが興奮した場面はなかった。この物語でロリータに出会う前にハンバートが惹かれた女性、ヴァレリアと比較してみるとロリータのニンフェットとしての完成度、本物の子供の無邪気さの重要性がはっきりと見えてくる。ヴァレリアにも、外見やちょっとした仕草を含め、まがいものの少女らしさ、子供らしさは備わっていた。しかし、結局はハンバートが興奮するほど魅力のある女性にはならなかった。ハンバートが求めているものは大人が演じる少女らしさでは代用が利かないことがヴァレリアとの比較で読み取れる。  

   そして3つ目の「わがままで感情的である」と感じた部分をみていきたい。物語後半、ハンバートとロリータが二人でアメリカ各地を巡り歩き始める。このあたりからハンバートの行動は滑稽に見えてくる。ロリータに完全に振り回されてしまうからである。必死にご機嫌を伺うハンバートが可哀想に見えてきさえする。

Immediately upon arrival at one of the plainer motor courts which became our habital haunts, she would set the electric fan a-whirr, or induce me to drop a quarter into the radio or she would read all the signs and inquire with a whine why she could not go riding up some advertised trail or swimming in that local pool of warm mineral water. (p. 147)

上記の引用文はロリータの子供としての我が侭な一面が表れている文章である。気まぐれに退屈そうな素振りをみせたり、わざと激しい不満をくちにしたり、べそをかき、駄々をこねる。いかにも子供らしい自己表現だが、ハンバートはこのような態度を取るロリータに嫌気がさしてくる。子供らしさを求めてはいるが、その子供らしさにハンバートは苦しめられているという矛盾を描いたエピソードだと感じた。  

   以上の3点の特徴を交えた2つのエピソードから、ロリータは人生を狂わされるものの、ニンフェットとしての自分の立場を逆手にとり、ハンバートをうまく操っているように感じた。さらに、物語後半ではうまくハンバートを出し抜き逃走をはかることができているということもロリータのずる賢い性格を裏付けている。  

   ここまではロリータの性格を関連づけてハンバートの被害者としての一面を浮き彫りにしてきたが、ここでひとつ、物語を通してのハンバートの哀れな一面を見ていきたい。物語後半、ハンバートはロリータに逃走をはかられ3年間探しまわることになる。ロリータを失ってから再会する期間に、彼はロリータへの「愛情」をしっかり認識するようになる。 そのことが以下の引用文からも明らかになる。

I could not kill her, of course, as some have thought. You see, I loved her. It was love at first sight, at last sight, at ever and ever sight. (p. 270)

   ニンフェットとしてではなく、一人の女性としてロリータを愛し始めていたハンバートはやっとの思いで彼女を探しあて、もう一度一緒に暮らそうと懇願するが頑に断られてしまい、悲願は叶うことなく彼は破滅へと向かってしまう。本当の愛を知った直後に捨てられてしまうこのエピソードにハンバートに哀れな一面が伺える。  

   そして最後に、私が素直にハンバートを加害者として読み取らなかったのには設定のひとつの妙味がある。それは主人公ハンバートが自称ハンサムだということである。仮に、この主人公の風貌が醜かったのであれば、単なる変態、性的倒錯者として引いてみるであろう。自称ハンサムという設定の影響でハンバートの語る妄想や行為の異常さ、アンモラルさに比べて、どれだけの人がハンバートを本気で変態、悪魔と言い切れるかというと、男性目線ではあるが私はかなり少数だと感じる。傍から見れば異常者であっても、本人の語る本人だけの世界では正常であるというパラドックスがあって、自分は常識人である、もしかしたら自分自信が被害者なのかもしれないと語り方をし、最終的にハンバート自身も破滅の道を辿ることを考えると、単純にハンバートを加害者として読み取ることはできないだろう。  

   以上、ここまで述べたことを踏まえて考えると、この物語は魔性の小娘に散々振り回され、あげくにはぽんと捨てられ人生を台無しにした哀れで可哀想なインテリ男ハンバートの悲劇を綴った話であると感じられた。


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