Seminar Paper 2010

Kaori Ikeda

First Created on January 27, 2011
Last revised on January 27, 2011

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小説Lolita の女性たち
〜Nabokovによる必然的偶然を「運命」として降らせた女〜

  Vladimir NabokovのLolitaには数多くの女性が登場します。彼女たちはHumbertの運命に少なからず影響を及ぼす役割をそれぞれ担っており、またそれぞれが独特のキャラクターを持って描写されています。そんな多くの女性たちと関わりつつ、Lolitaというひとりの少女を愛したHumbertは容疑者として拘留中に亡くなりました。しかし、彼は本当に「容疑者」なのでしょうか。もちろん、彼が罪を犯したのは事実です。ではそんな彼の人格を形作ったものはいったい何なのかという疑問がわきます。もちろん、LolitaやAnnabelもとても重要な人物ですが、もっと根本的な彼の人格形成に関わった人物が存在します。それは主に小説の冒頭にほんの少しだけ登場するHumbertの伯母、Sybilです。 彼の生い立ちはとてもあっさりと描かれているように感じますが、『@彼が過ごした幼少期の環境』の中での『ASybilの存在』、そして『B思春期特有の葛藤』が彼の人格形成においてとても重要な要素となっているのです。 それらが絡み合った結果、彼はある意味「被害者」であると言えないでしょうか。

まず『@幼少期の環境』について、Humbertは次のように語っています。

I grew, a happy, healthy child in a bright world of illustrated books, clean sand, orange trees, friendly dogs, sea vistas and smiling face. Around me the splendid Hotel Mirana revolved as a kind of private universe, a whitewashed cosmos within the blue greater one that blazed outside. (p.10)

Hotel Miranaの経営者の息子であったHunbertは文字通りの「お坊ちゃん」であり、いわゆる一般的な子供が体験する生活はしていなかったことが伺えます。それは上記引用部分でHumbert自身が“a bright world of illustrated books”と言っていることからも明白です。それはとても美しくてすばらしい世界であったのでしょう。しかし“illustrated books”という表現はとても狭い世界のようにも感じられます。そしてその「美しくも狭い世界」で幼いHumbertはどのような扱われ方をされていたのかはその直後に書かれています。

From the aproned pot-scrubber to the flannelled potentate, everybody liked me, everybody petted me. Elderly American ladies leaning on their canes listed toward me like towers of Pissa. Ruined Russian princesses who could not pay my father, bought me expensive bonbons. He, mon cher petit papa, took me out boating and biking, taught me to swim and dive and water-ski, read to me Don Quixote and Les Miserables, and I adored and respected him and felt glad for him whenever I overhead the servants discuss his various lady-friends, beautiful and kind beings who made much of me and cooed and shed precious tears over my cheerful motherlessness. (pp.10-11)

このように、彼は多くの物を与えられていつも自分を大切に扱ってもらうという生活を送っていました。この部分は『B思春期特有の葛藤』にも絡んでくるのでまた後で言及したいと思います。

次にもっとも大きな要因であると言える『ASybilの存在』です。 Humbertの母親は彼が3才の時に亡くなりました。その代わりとして彼を育てたのがその母親の姉であるSybilです。彼女は他の女性の登場人物に引けを取らない特徴的な人物であり、Humbertの父親に恋をしているという重要な境遇の人物なのです。

“I was extremely fond of her, despite the rigidity --- the fatal rigidity --- of some of her rules. Perhaps she wanted to make of me, in the fullness of time, a better widower than my father. (中略) She wrote poetry. She was poetically superstitious. (p.10)”

彼女について上記のようにHumbertは語っています。そんな彼女に育てられたことで、文学あるいは詩への興味やその詩的に迷信深い思想がまだ幼かった彼にしっかりと植えつけられたのではないでしょうか。たとえば彼の母親がたまたまピクニックに行ったらたまたま稲妻に打たれて亡くなってしまったという事、たまたま下宿する予定だった家が火事で焼けてたまたま候補に挙がった代わりの下宿先でLolitaに出会った事(しかも元々行くはずだったMcCoo家の娘、Virginia McCooはLolita曰く“she’s a fright. And mean. And lame. (p.41)らしい事)はNabokovが用意した必然性のある「偶然」です。その「偶然」が彼の植え付けられた迷信的思想のフィルターを通ることで彼にとっての「運命」となったのです。Sybilによって作られたその価値観がその後の彼の人生に大きく影響しました。 “I am convinced however, that in a certain magic and fateful way Lolita began with Annabel. (pp.13-14)”と書かれているように、Sybilの教えがなければLolitaに対しての執着心も現れなかったのかもしれないのです。

I felt that way not because I never once discovered any palpable hard young throat to crush among the masculine mutes that flickered somewhere in the background; but because it was to me “overwhelmingly obvious” ( a favorite expression with my aunt Sybil ) that all varieties of high school boys --- from the perspiring nincompoop whom “holding hands” thrills, to the self-sufficient rapist with pustules and a souped-up car --- equally bored my sophisticated young mistress. (p.187)

上記のようにふとした場面で彼女の口癖を思い出すということからも、彼女の教えが彼に染み付いていると言えるでしょう。

そして最後の「B思春期特有の葛藤」についてです。 Annabelに恋したHumbertは周りから見聞きして得た情報も手伝って思春期特有の性への関心を示しました。もちろんそれはAnnabel も一緒だったのでしょう。むしろ、彼女のほうが積極的だったのかもしれません。彼らの“unsuccessful first tryst (p.14)”でAnnabelは香水をつけてやってきます。俗説では「女性のほうが男性よりも精神年齢がいくらか高い」と言われているのは有名な話であり、彼女もそれに漏れず、彼女なりに精一杯大人に近づく努力をした結果であると考えます。彼女はHumbertと同じくその夜に期待をもっていたのです。

  そんな二人に「@環境」の問題が降りかかります。彼らを取り巻く大人たちはそんな彼らの交流を良く思いませんでした。この点についてはHumbert自身も“but there we were, unable even to mate as slum children would have so easily found an opportunity to do. (p.12)”と語っています。前述したように、彼は何でも与えられる恵まれた生活をしていました。その中でもっとも望んだAnnabelとの関係を制限されるという今までの「美しい世界」との差異がHumbertに大きくのしかかり、それと同時に欲望を抑圧されることで彼のAnnabelへの気持ちがより大きく膨れ上がるものの、それが果たされることはなくAnnabelは亡くなってしまうのです。それも、コルフという悲劇的であり運命的な病によって。

  Annabelがこの世からいなくなることによって、彼女と関係を持つことは一生叶うことのない彼の悲願となりました。その悲願は、Sybilによって作らせた迷信的価値観が加わることによって『Annabel=絶対に手に入らない処女である少女』という象徴、つまりnymphetという概念になりました。また、この概念があるからこそ、HumbertはLolitaのどんなわがままでも許し愛することができたのでしょう。“Changeful, bad-tempered, cheerful, awkward, graceful with the tart grace of her coltish subteens, (p.49)”と描写されるLolitaはまさしく簡単には手に入れることができなさそうな少女であると考えられます。 以上のように、「@彼が過ごした幼少期の環境」の中での「ASybilの存在」、そこに「B思春期特有の葛藤」が複雑に絡み合ったことでnymphet、そしてLolitaを愛するHumbertが出来上がりました。もしSybilではなく母親に育てられていれば、あるいはまた違った人生を彼は送ったのかもしれません。


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