Seminar Paper 2010

Yurika Suzuki

First Created on January 27, 2011
Last revised on January 27, 2011

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小説Lolita の女性たち
〜魅惑の少女ロリータ〜

この作品には、実に23名もの女性が登場する。(http://www43.atwiki.jp/Nabokov/pages/13.html) しかしながら、やはり語るべき人物は主人公ハンバート・ハンバートを異常なまでに魅了した、ロリータであろう。主人公のハンバートは、5章の始めに自分の好みである少女たちを「ニンフェット」と定義している。

Between the age limits of nine and fourteen there occur maidens who, to certain bewitched travelers, twice or many times older than they, reveal their true nature which is not human, but nymphic (that is, demoniac); and these chosen creatures I propose to designate as “nymphets.”(p. 16)

これがその定義であるが、ハンバートは本当にこの定義だけに基づいてロリータに魅了されたのだろうか。もっとこのニンフェットの定義を越えたものをロリータが持っていて、またはハンバートがロリータに定義以上のものを見出したために、ここまで執拗な奥深い恋愛ストーリーが生まれたのではないかと仮定する。この論文では、主人公ハンバートが自身の定義する「ニンフェット」に魅了されたちょっと変わった男性なのか、またはひとりの魅力的な少女、「ロリータ」に恋をした男性なのかを証明したいと思う。

 まず、ハンバートが年下の決まった少女たちに異常な性欲を感じるようになったきっかけの出来事として自身が述べているのが、アナベルとの恋である。この時ハンバートは中学校にあがる直前であり、恋の相手アナベルは数カ月年下の少女である。二人の間に年齢差はなく、彼女は可愛らしい女の子であったと述べるにとどまっている。(she was a lovely child a few months my junior. p. 12)このことから、アナベルとの恋はただ単に思春期のひとつの激しい恋であり、自身は年下の決まった少女たちに惹かれるようになったきっかけであり、ニンフェットという定義をし始めているが、ニンフェットとはただ単にハンバートの好みのタイプの女性なのではないだろうか。

 次に、ハンバートがヨーロッパ時代に出会った、娼婦のモニ−ク。ハンバートは彼女に魅了され一緒に部屋に入るが、年齢を尋ねると18歳と答え、その後、she was, if anything, adding one or two years to her age.(p. 22)と書かれているように、彼女の実年齢は18歳から1、2歳若い年齢であるとハンバートは推測している。18歳より1、2歳若いという事は、17歳か16歳ということであり、ニンフェットの定義からは外れているので、ハンバートは年が離れた少女に惹かれているわけではなく、モニ−クの魅力に惹かれていると言える。

 そして、ロリータとの出会い。出会ってすぐに、ハンバートはロリータにアナベル以上のものを感じている。Never in my life ― not even when fondling my child-love in France−never−(p. 44)また、ハンバートはロリータに会った後、他のニンフェットにも出会っているが、異常な魅力は感じていないようだ。まず、メアリー・ローズ・ハミルトン。彼女はa dark little beauty in her own right(p. 56)としか記述されておらず、この時ハンバートの頭の中には既にロリータしか存在していない。I could not live without the child. (p. 64) I had fallen in love with Lolita forever ;(p. 65)

 そして、シャーロットとの関係。初めはシャーロットの中にロリータを見出そうとしていたが、結局彼が愛しているのはロリータただひとりで、かといってシャーロットを殺すことはできず、彼女が事故で亡くなった際、彼は泣いている。ただの異常な児童愛者であれば、障害がなくなったことに喜びを感じるであろうが、ハンバートはそれとはちょっと違っていた。  そして、ロリータの最大の魅力は、その無邪気さにあるだろう。まず、ハンバートがキャンプにロリータを迎えに行った帰りの車の中でのシーン。つんつんとした態度をとっていたと思ったら一変してWell, you haven’t kissed me yet, have you? (p. 112) と言ってハンバートに甘えだすロリータ。こういった行動がハンバートの心をくすぐっているようであり、またこういった行動は年齢差だとか児童愛者だとかに関係なく、男心をくすぐるような行動ではないだろうか。そしてそれに続くSay, wouldn’t Mother be absolutely mad if she found out we were lovers?(p.114) から始まる会話にもロリータのおませで無邪気な感じを読み取ることができ、ハンバートがそれに魅力を感じていることもわかる。しかしその後、キャンディーバーに止まって車に戻ってきた後、ハンバートがロリータの首筋にキスをすると、ロリータは Don’t drool on me. You dirty man. (p. 115) と言って、ハンバートを拒む。そしてさらにまたその後、Well, I’m also sort of fond of you(p. 115)と態度を改める。この一変二変する気まぐれな態度にハンバートは翻弄されているようだ。そして、その態度に伴う、ロリータの言葉づかい。revolting, super, luscious, goon, drip(p. 65) vomit, fruithead(p. 112)など。このほかにも沢山出てくる下品な言葉遣いがロリータのわがままで無邪気でおませな性格を強調しており、このロリータの言葉づかいもハンバートは気に入っている。

 さらに、決定的な出来事としては、ハンバートとロリータが魅惑の狩人に到着したとき、関係を築くきっかけとなったのは、ロリータだということである。it was she who seduced me.(p. 132)そして、言い訳のようにも聞こえるが、I was not even her first lover.(p. 135)という事実もあり、ロリータの早熟さがハンバートを魅了していたという可能性も読み取ることができるし、この早熟さがロリータの魅力のうちの一つなのかもしれない。そして、ハンバートと関係を持ったロリータは、さらに魅力的な少女となる。

Owing perhaps to constant amorous exercise, she radiated, despite her very childish appearance, some special languorous glow which threw garage fellows, hotel pages, vacationists, goons in luxurious cars, maroon morons near blue pools, into fits of concupiscence which might have tickled my pride, had it not incensed my jealousy. For little Lo was aware of that glow of hers, and I would often catch her coulant un regard in the direction of some amiable male, some grease monkey, with a sinewy golden-brown forearm and watch-braceleted wrist, and hardly had I turned my back to go and buy this very Lo a lollipop, than I would hear her and the fair mechanic burst into a perfect love song of wisecracks. (p. 159)
 また、スケート場のシーンでは、こんな描写もある。
I kept counting the revolutions of the rolling crowd−and suddenly she was missing. When she rolled past again, she was together with three hoodlums whom I had heard analyze a moment before the girl skaters from the outside−and jeer at lovely leggy young thing who had arrived clad in red shorts instead of those jeans or slacks.

 こういった表現からわかるように、ロリータの魅力というのは、ハンバートだけでなく、他のあらゆる男性を魅了していたうえ、ロリータ本人もその魅力を自覚し、楽しんでいたのだ。 そしてハンバートは、罪逃れのいいわけか本心かはわからないが、ロリータに対して時には父親のような感情も抱いたということを記述している。

How charming it was to see her, a child herself, showing another child some of her few accomplishments, such as for example a special way of jumping rope. (p. 163)

 また、ビアズレ−時代、ロリータの女友達が何人も出てくるが、ハンバートは一切なびかないし、Her girl friends, whom I had looked forward to meet, proved on the whole disappointing. (p. 189) 成長したロリータはまだハンバートを魅了している。また、ハンバートは、テニスのサーブひとつにおいてもロリータに魅力を見出しているのだ。

It had, that serve of hers, beauty, directness, youth, a classical purity of trajectory, and was, despite its spanking pace, fairly easy to return, having as it did no twist or sting to its long elegant hop. (p. 232)
テニスがあまり得意でないロリータも、ハンバートにとっては魅力的に映っている。

 そして、ロリータが逃げ出しハンバートがその行き先を突き止めて再会した時、ロリータは17歳で、既に別の男と結婚し、子どもをもうけていた。完全にニンフェットではくなったロリータであったが、それでもハンバートは心から彼女を愛し、彼女を殺すことはできない。

I could not kill her, of course, as some have thought. You see, I loved her. It was love at first sight, at last sight, at ever and ever sight. (p. 270)
そして彼女をなんとかして自分の手元に置けないか説得する。ハンバートにそこまでさせるロリータの魅力は相当のものだったのだろう。ハンバートは最後の最後までロリータにメッセージを送り続けている。
Do not let other fellows touch you. Do not talk strangers. I hope you will love your baby. I hope it will be a boy. That husband of yours, I hope, always treat you well, because otherwise my specter shall come at him, like black smoke, like a demented giant, and pull him apart nerve by nerve. (p. 309)

さて、今まで述べてきたことから、まず、ロリータはハンバート以外の男性をも魅了する、大変魅力的な少女であったという事が言える。ハンバートはというと、時々、以下に見られるような異常な性欲を持った男性であるが、

george the limp my nymphet with sleeping pills. (p. 80)
somewehere at the bottom of that dark turmoil I felt the writhing of desire again, so monstrous was my appetite for that miserable nymphet. (p. 140)

ただ単に年下の少女たちを愛している変わった男性というよりは、ロリータというひとりの魅力的な少女に恋に落ちてしまったひとりの男性だと言えるのではないだろうか。睡眠薬を使ったりしたことは、彼の頭の良さや学んできたことから起こった少し異常な行動のように思えるが、ハンバートはロリータを単なる体目的の対象としていたわけではなく、ひとりの少女として愛していたことが、今まで述べてきたことからもわかる、大きな点である。なにより、ハンバートはロリータが大人になってからも、別の男との子どもを身ごもってもなお、ロリータのことを愛し、祈り続けているのだ。これは、最初に述べたアナベルとの関係も、もはや超越したものとなっている。ハンバートは、アナベルをきっかけにロリータを愛したのではなく、ロリータ自身を心から愛してしまったのである。そしてたまたま恋に落ちた相手、ロリータがまだ子どもだっただけであり、彼女が成長しても、ひとりの恋人として、ハンバートはロリータを愛しているのである。そして、ハンバートをここまで愛におぼれさせた原因はいうまでもなく、ロリータの絶大な魅力であり、その魅力というものはロリータ自身が元から持っていたものに加えて、ハンバートがロリータに見出したもの、ハンバートと過ごすことでロリータに後から付随したものが含まれている。この魅力のおかげで、ハンバートはこんなにも執念深く、嫉妬深く、心奪われるような恋に落ち、さらに自分の手でその魅力にさらに魅力をかけ、溺れていったのである。ハンバートは、自身の定義したニンフェットという定義を越えて、ひとりの魅力的な少女ロリータの仕草、言葉づかい、気まぐれで無邪気な性格、色気、姿、体のパーツ、全てを愛したのである。その愛は異常なまでに本物であり、ロリータに拒まれてもなお愛し続け、この悲痛な愛の物語を生み出したのである。以上のことから、ハンバートは年下の少女たち(自身の定義するニンフェットたち)を愛したちょっと変わった男性というわけではなく、ひとりの自分にとって大変魅力的な少女ロリータを心から愛し、叶わぬ永遠の恋をしてしまった、ひとりの哀れな男性として結論付ける。


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