Seminar Paper 2011

Miyu Fukuzaki

First Created on February 3, 2012
Last revised on February 3, 2012

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Levinの多面性
1人の人間の内面を通して私が学んだこと

 

私はこの物語を最後まで読み終えた時、Levinという一人の男のことがどうしても嫌いになれない自分に気付きました。もしLevinが行ってきたことを、不倫、女子学生との関係、一晩だけの関係、学科長選挙での敗北、泥棒、というような簡単な言葉で片付けるのならば、私は到底この人物を好きにはならないでしょう。しかしながら彼はこの物語の中で、上記のことも含めた様々な経験を通し確実に成長した、というより成長しようとしていました。その姿を私はきっと嫌いになれなかったのだと思います。Malamudもきっとこの物語を通して、Levinの多面的で人間味のある人物像が、誰しもから多少の共感を得て、その人物が悩み葛藤しながら答えを見つける姿に、何か感じてほしいという思いがあったのではないでしょうか?と私は考えました。以下そのLevinの人間味あふれる性格について述べていこうと思います。  

・向上心はあるのに自虐的

まず、初期のころa new lifeを求めてLevinが大学にやってきたころのことですが、Levinは自分の過去を解消して、新たな自分を始めるために新たな場所にやってきたようでした。どうしても振り切りたい何かがある時心機一転して何もかも新たにしくなることは誰にだってあるのではないでしょうか?しかし、場所や生活は変わっても、内面を変えることはそう簡単ではありません。生まれ変わろうとする心と、それに反した自分の気持ちをうまくコントロールできない姿がたびたび描かれているように感じます。特にLevinは自身の過去を隠しているように、自分を作り上げてきた土台に自信がもてないことが大きな障害になっているようでした。Levinの暗い過去については以下の文章からもわかります。

“I mourned them but it was a lie. I was in love with an unhappy, embittered woman who had just got rid of me. I mourned the loss of her more than I did them. I was mourned myself. I became a drunk, it was the only fate that satisfied me.”
“I drank, I stank. I was filthy, skin on bone, maybe a hundred ten pounds. My eyes looked as though they had been pissed on. I saw the world in yellow light.”
“I awoke under burlap bags and saw my rotting shoes on a broken chair. They were lit in dim sunlight from a shaft or window. I stared at the chair, it looked like a painting, a thing with a value of its own. I squeezed what was left of my brain to understand why this should move me so deeply, why I was crying. Then I thought, Levin, if you were dead there would be no light on your shoes in this cellar. I came to believe what I had often wan- ted to, that life is holy. I then became a man of principle.” (pp. 201-202)

しかし、このようにしかしLevinは自らに自虐的になる一方で、生きることをあきらめなかったので、こうして新たな生活を踏み出したわけです。これがすべての始まりです。だからこそ読者もその姿を応援したくなるような気持ちになるのではないでしょうか?Levinは本当に過去を振り切ることができるのか?それもこの物語の大きな見どころだと思います。物語の中で様々な出会いや出来事を経験するたびに、たくさん思考しているのにも関わらず、行動が伴わない姿も、ある意味人間味があると思いました。特に女性関係において、Levinは自らの欲望を制することができません。このように初期の頃のLevinは悩んだ時に、それが間違いとわかっていても、そちらを選択していたわけです。つまり正しく生きるよりも、快楽やその場の感情を優先していたのです。そして、ますます自己嫌悪におちいっているように見えました。正しい判断をしたい一方でどこか自虐的になってしまう。そんなよくある葛藤が逐一リアルに描かれて、Levinをとても人間味ある人物に感じられました。

・理想主義と徹底主義

私はLevinを理想主義の性格だと、最初はそんなに感じませんでしたが、レポートのテーマを決めてから読み返した時、その性格を強く感じました。Levinは「文法の原理」を廃止すべきだと考えるようになって、テストをなくすことなど、表面的ではなく、生徒たちに文学の根本を理解し、それにふれることで心を豊かにすることを求めていました。もしかしたらLevin自身も読書に救いを求めたように、読書は心を豊かにしてくれると信じたかったのではないでしょうか?だからこそ、Levinは文学には高い理想を持っているようでした。しかしLevinはプラスして、徹底主義という性格も持ち合わせていると思いました。ここでいう徹底主義とは、柔軟性がなく、納得しないとよしとできない性格のことを言っているのですが、それがよくわかる場面があります。ある生徒がレポートで不正を行った時の出来事です。その生徒は決して文学に精通した生徒とはいえなかったのですが、ある時レポートで、‘A`に値するような見事に完成されたものを提出しました。日ごろの態度や彼の成績から明らかに彼がそのレポートを書いていないことは明白だったので、Levinはその不正の証拠を見つけようとしました。しかし、結果見つけることはできませんでした。そしてなんとLevinは生徒にそのレポートを不正として扱わず、評価し成績を与えたのです。証拠を見つけることができなかったからと。もう少し柔軟性を持つべきだと、器用な生き方をする人物をあまり好まない私ですら思わされました。またLevinは知らずに赴任してしまったのですが、キャスカディア大学は文科系ではないと後で知り、大学では、自らの理想を通すためにかなり奮闘します。教授戦や文科系専門の学部を復活させようとする動きはその奮闘の例ですが、その中でLevinは様々な問題にぶつかり、かなり強引なやり方をしてでも理想をつき通そうとします。また物語は多く大学内で繰り広げられるため、Levin以外の教授、先生方も重要な登場人物ですが、その中でもGilleyは彼と対比する人物(理想より現実。うまく生きていきたい。)として、Levinのその理想主義をより浮き彫りにしてくれました。Gilleyの否理想主義ともいえる性格を表した部分を抜粋しました。

We don’t ask more than that a man does his work conscientiously ? his share of it. What we don’t want around are troublemakers. If someone is dissatisfied, if he doesn’t like what we do, if he doesn’t respect other people’s intimate rights and peace of mind, the sooner he goes on his way the other. (p. 37)
私が彼のことを否理想主義といいあらわしたのは、彼が単にうまくやりたいだけの平和を求めた男には見えなかったからです。理想主義の考えをバカバカしいと、否定したいようなニュアンスを彼のセリフの端々に感じたからです。もしかしたら、理想主義で意志をつき通し、最後は大学を辞め、自殺したLeo Duffyを否定するところからきていたのかもしれません。いずれにせよ、彼はLevinとの意見のぶつけあいを通して、Levinの理想主義を浮き彫りにしてくれました。ある時のLevinはBullokとうい教授が、スポーツ推薦の生徒にはおすすめしない教授のリストを作成していることを発見してしまう。そしてその中には、もちろんLevinの名前も入っていたのだが、Levinはどの生徒にも平等に教育するべきだという理想をここでもつき通そうとする。そして、そのようなリストは間違っているから、何らかの処分がBullokに下ることを期待したが、現実問題、スポーツをする生徒はかなりの時間を汗水たらし、スポーツに費やすのだから、同じことを教育において彼らに求めることはできない、目をつぶるしかないとGilleyが諭す場面がある。ここでさらに2人の関係には溝ができる。そしてそれは学科長選挙を通し、さらに深くなる。Levinは誰もがGilleyを支持すると考えていたのにもかかわらずFabrikantを支持した。この行為は、それまで生活面においても世話をしてくれたGilleyへの裏切りともいえた。しかし、大学の教育を変えるためには、文学に関し信念を持った人物が教授になることが必要と考えたLevinはFabrikantを支持したのだった。しかし結果Leo Duffyの件でFabrikantの信念に疑念を抱いたLevinは自らが立候補して、Gilleyと直接対決することになり、醜くいともいえる争いで、2人の溝は決定的なものとなった。とにかく私には2人の溝が深まれば深まるほど、Levinの理想主義が強調されていくようにおもいました。

・愛を求めるロマンチスト

さて、私がLevinの行動の中で1番共感をもてなかったのが、女性との関係である。Levinはa new lifeの中でまともな恋愛も求めていた。“He was, after all, thirty, and time moved on relentless roller skates. When, for God’s sake, came love, marriage, children? ” (p. 125)からもそれはわかる。彼は過去の経験からも、愛することも、強く愛されることもあまり経験していないのがわかった。そして、全うな恋愛を求めているにも関わらず、物語の始め、様々な女性と関係を持つ。愛がほしくて、寂しくて、そういう行動をとる気持ちは多少理解できたとしても、彼の場合は相手への配慮がなさすぎると思いました。自分を傷つけ、また回りの女性も傷つけた、ただの欲望を制することのできない男とかたずけることもできるが、私はLevinの一連の行動をロマンチストとたらえることにしました。Levinにとって恋愛は愛のためではなく、ロマンチック求めるためのものだったのではないでしょうか。しかし、そんなLevinもPaulineに出会って変わりました。愛することを知ったのです。最初はまた続かない性関係だけで終わるものかと思い、また、その関係が続いても、それが愛なのか、読者である私は疑いを持っていました。もちろん、本当の愛をLevinには見つけてほしいといおう気持ちからですが、Levinの愛の感情に確信をもてたのは、LevinがLeo DuffyのことでPaulineの愛を疑い苦しんだ時に、なぜ自分が苦しいのかもわからなくなった時、ただ自分はPaulineを愛しているのだ、とそれを自分で認めた時楽になれた場面です。2人の愛が本物であるかどうかより、私はLevinがそこで自分の中の愛を自覚したことがうれしかったです。その後、2人は会えない時期もあり、気持ちの変化もありましたが、Paulineの愛を受け止めることを義務とLevinは考えるようになります。このLevinの決断だけは、私は理解に苦しみましたが、長い間得られなかった愛を与えてくれたPaulineを手放すことはできなかったのでしょう。いずれにせよ、愛を求めたLevinはそれを手に入れ、ほかのものはすべて失ったわけです。教授という新しい環境も。ここには授業でもとりあげたように、自分を犠牲とすることが道徳的にすばらしいことで、相手の望むことを叶えることが道徳的な行いなんだという、Levinの自己犠牲の考えが含まれているように思います。この考えこそ、Levinの最後の決断こそが、」Levinという人物の性格を表しているのではないでしょうか?


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