Seminar Paper 99

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Yukiko Koba

First Created on December 31, 1999
Last revised on January 17, 2000

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Adventures of Huckleberry Finn における黒人問題」
〜"They're after us!" 白人少年と黒人奴隷の友情〜

この「 Adventures of Huckleberry Finn 」を読むと、 数々の人種差別とも思われる表現が出てくるのに気付く。実際、Jane Smiley のように"人種差別主義の要素がたくさんある"と批判する人もいる。また、

"トムの残酷な仕打ちをハックが平気で眺めていたことが示すのは、おそらく作者トウェイン自身が同じように無意識の黒人差別の感情を持っていた…"(中島顕治『「ハック」のアメリカ』(山口書店、1991)p. 57)
と言う人もいるほどである。

しかし、作者は人種差別主義者なのだろうか?私はハックが人種差別ともとれる発言や行動をとっているからといって、作者も人種差別主義者だとは言えないと思う。私は逆にトウェインはこの作品の中で人種差別を批判していると思う。ハックが差別主義者である、との考えも疑問である。そこで私は、問題の箇所を挙げながら作者トウェインが人種差別主義者であるか考えると同時に、ハックの黒人観、ジムとの関係についても検証していこうと思う。

まず、私が気になったのは"nigger"と言う言葉である。Jane Smileyもその評論の中で、次のように述べている。

No matter how often the critics "place in context" Huck's use of the word "nigger" ,they can never excuse or fully hide the deeper racism of the novel…(Mark Twain『 Adventures of Huckleberry Finn 』(pp. 357-358)以下本文からの引用はページ数のみを示す。)
私も初め、この言葉は差別に当たるのではないかと思った。しかし、よく考えてみると、"nigger"は今でこそ差別的な意味を持つけれど、その当時は一般的に使われていた言葉なのだろう。例えば、日本語で言うならば、「耳つんぼ」や「スチュワーデス」といった言葉と同じ類である。これらは少し前までは世間一般的に使われていた言葉だけれど、最近では、差別にあたる、として、それぞれ「聴覚障害者」「フライトアテンダント」と言うようになった。"nigger"もこれと同じで、当時の人々は差別用語だとは思っていなかったのだと思う。ジム自身が自分のことを"nigger"と言っている場面もあるし(" Po' niggers can't have no luck."(p. 114))、他の黒人のこともそう呼んでいる(" You know dat one-legged nigger…"(p. 57))。この事からも"nigger"という言葉を使った作者に差別意識があったとは言えないだろう。

次に時代背景を把握しながら、ハックの気持ちを考えつつ、トウェインの意図も探っていきたい。この小説の舞台となった19世紀のアメリカでは、

奴隷制度が法的に認められていた。認められていなかったのは、奴隷が逃亡することと、逃亡した奴隷を助けることであった。これらは法を破る行為であり、厳罰に処せられた。それだけでなく、逃亡奴隷を助ける行為は、当時のアメリカ社会を支配していた白人優越のモラルにそむくことであり、それへの重大な挑戦でもあった。(池上日出夫『アメリカ文学の源流 マーク・トウェイン』(新日本出版社、1994)p. 87)
このような時代に生まれ育ったハックには黒人奴隷のジムを逃がしてやることに対して、心の葛藤があった。ハックの本心としてはジムを無事に逃がしてあげたい。しかし、その気持ちを社会の常識が邪魔するのである。一般の通念と自分の気持ちとの葛藤は次の場面に見られる。
… I got aboard the raft, feeling bad and low, because I knowed very well I had done wrong, and I see it warn't no use for me to try to learn to do right; …Then I thought a minute, and says to myself, hold on, - s'pose you'd a done right and give Jim up; would you felt better than what you do now? No, says I, I'd feel bad- I'd feel just the same way I do now. Well, then, says I, what's the use you learning to do right, when it's troublesome to do right and ain't no trouble to do wrong, and the wages is just the same? I was stuck. I couldn't answer that. So I reckoned I wouldn't bother no more about it, but after this always do whichever come handiest at the time.(p. 113)

ここで言う"to do right"とはジムを引き渡すこと、"to do wrong"はジムを逃がしてあげることである。しかし、これは世間の考え方である。ハックはどちらを選んでもいい気分にはなれないと言っている事から、心の葛藤が分かる。しかし、このあとハックは"to do wrong"を選ぶ。それが"I'll go to hell"(p. 223)である。これはハックが社会の常識を捨てて、自分の気持ちに正直になった瞬間である。ここでトウェインが言いたかったことは、この社会では正しくないことでも社会通念として、いかにもそれが正しいかのようにまかり通ってしまっている。だから、それに捕らわれることなく自分が正しいと思う道に進め、ということなのだと思う。私はこの時代背景を知って、その中で逃亡奴隷を話に取り上げたトウェインは人種差別主義者ではないと思った。その理由はこの物語の結末にある。最終的に、ジムは逃亡に成功するのである。この時代にわざわざタブーとなる逃亡奴隷を取り上げ、しかも逃亡に成功してしまう。ということはこの結果に込められているのは、奴隷制度に対する痛烈な批判だと理解することができるのではないだろうか。

では、ハックには黒人差別の感情があるのかどうか。私はトウェイン同様ハックにも差別する感情はない、と考える。その根拠はまず、Toni Morrisonによる評論でも指摘されている。

These silences do not appear to me of merely historical accuracy- a realistic portrait of how a white child would respond to a black slave…(p. 389)

ここで言いたいのは、大人は黒人の事を悪く言うけれど、自分たち白人と同じではないか、という子供の純真な目を通した気持ちである。すなわち、ハックがジムに対して抱いている感情である。前にも述べたが、ハックは自分が感じている事と、社会通念が違うことに戸惑いを見せ、悩んでいたものの、ハック自身は差別感情を持っていないのである。例えば、 "… I do believe he cared just as much for his people as white folks does for theirn. It don't seem natural, but I reckon it's so." (p. 170) ここでジムが家族を大切に思う気持ちを聞いて、ハックは白人も黒人も家族を思う気持ちは同じなんだ、と分かったのである。また、ジャクソン島でジムにばったり出会った時、"I was glad to see him."(p. 53),"I was ever so glad to see Jim. I warn't lonesome, now."(p. 53) ハックがこう思ったことに偽りがあったとは考えられない。そして、本能的に発せられた言葉が、"They're after us!"(p. 72)である。この場面の状況を考えてみても「僕たち」はとっさに出た言葉であり、ハックの本心に間違いない。とっさのことで今までハックを悩ませていた、「逃亡奴隷を助けてはいけない」という社会通念など心になかったわけである。ただ、ジムを助けてあげたい、だから一緒に逃げなきゃ、という気持ちで一杯だったのである。 上に挙げた2つの箇所は戸惑いもなく、本当の素直な感情であるから、差別感情があったとは到底思えない。

次に私が注目したのは、トウェインが黒人であるジムの言葉を借りて、人種差別主義の批判をしている点である。 "Yes-en I's rich now, come to look at it. I owns mysef, en I's wuth eight hund'd dollars. I wisht I had de money, I wouldn' want no mo'. "(p. 58)  

ここでジムは本気とも冗談ともつかぬ様子で「自分は800ドルの価値があるから金持ちだ」と言っている。しかし、ここにはトウェインの奴隷制に対する批判が読みとれる。生きている人間をお金で売買するのは間違っている、との批判だが、その当時あからさまに意見するわけにも行かずに、このような形をとったのだろう。そしてもう一つ、ジムの言葉の中に人種差別に対する批判が読みとれる箇所を挙げる。

…"Is cat a man, Huck?" "No." "Well, den, dey ain't no sense in a cat talkin' like a man. Is a cow a man?-er is a cow a cat?" "No, she ain't either of them." "Well, den, she ain' got no business to talk like either one er the yuther of'em. Is a Frenchman a man?" "Yes." "Well, den! Dad blame it, why doan he talk like a man?- you answer me dat!"(pp. 89-90)

つまりジムが言いたいことは、フランス人も自分たちも同じ人間なのに、なぜ違う言葉を話すのか、ということである。ジムは"人種"を知らないために、このようなとんちんかんなことを言っているわけであるが、ここでトウェインが言いたいことは、人種が違ってもみんな同じ人間なのだ、ということである。従って先ほどの引用箇所と同じく、人種差別に対する非難なのである。

ジムを自由にする事に関して、ハックは本気でジムのことを思って逃亡の手助けをしていたのだが、トムはミス・ワトソンの遺言によってジムはすでに自由の身であることを知っていながら、冒険のスリルを味わいたいがためにジムを利用した。つまり、人間として見ていなかったのである。だから、私は最後にトムだけが撃たれて怪我をしたことに関しても、トウェインの人種差別への非難がこめられているとしか思えない。3人は追っ手から逃れて無事に筏に乗り込むことが出来て喜ぶ。 "We was all as glad as we could be, but Tom was the gladdest of all, because he had a bullet in the calf of his leg."(p. 279) ここで怪我をしたトムが最も喜んでいる、というところにトウェインの皮肉がこめられているように感じる。怪我をしているのに喜ぶとはバカなやつだ、つまり、人種差別主義者とはなんて愚かなんだ、と言いたいのだろう。  

以上のことから、作者が描きたかったのは人種差別や奴隷制度への批判、または問題提起である。従って作者トウェインは人種差別主義者ではない、と私は結論づける。


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