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こんにちは。ゼミ担当教員の片山亜紀です。私の専門はイギリス文学で、とくに20世紀イギリス小説を中心にやっています。
「やっている」と言っても何をどうやっているのだろう、と思われるかもしれませんが、小説を読んで解説を書いたり、翻訳をしたり、
あるいはこれまでに出ている批評と照らし合わせて新しい解釈を提出して論文にまとめたりしています。
目下の関心は二つで、ひとつはヴァージニア・ウルフというイギリスの作家の研究で、もうひとつは妊娠が文学でどう描かれてきたかというテーマを追いかけています。
とまあ、専門はこうですが、文学や文化一般にもなるべく広い関心をもつようにしています。
またジェンダー問題にも関心があって、全学共通科目ではジェンダー論(「家庭と職場のジェンダー」)を担当しています。
ゼミでは、私の守備範囲と、そのときどきのゼミ生の関心とがなるべく重なるようにテーマ設定をしています。
毎年のテーマは違いますが、いつも共通しているのは、英語でイギリスの小説を読む、ということです。
イギリスは小説の伝統が長い国で、世界級の名作もたくさん出ています。そのなかには日本でもよく知られた作品もあれば、
おそらく翻訳しにくいために日本での知名度はいまひとつという作品も、また出たばかりでまだ日本まで来ていない、という作品もあります。
私はこのゼミを通して、その豊かなイギリス小説の世界をいっしょに探訪できたら、と願っています。
でも小説を「読む」とはどういうことか。それは私たちが日ごろ寝転んで小説やマンガを読んでいることとどう違うのか。
ちょっと乱暴に言ってしまえば、ゼミでやることは、そうした日ごろの営みの延長上にあります。
ただ英語であることと、いつもの読書での感想を、もう少し整理して言ったり書いたりできるようになること、
また、本の中から得た感想を、文化や社会というコンテクストの中に位置づけて捉え直してみることが、いつもとは違う学問的なところと言えるかもしれません。
ゼミでは個人発表やグループ発表でそれぞれの「解釈」を出しあい、それにもとづいて討論を重ねます。
また、解釈を導きだす助けとなるような、批評用語についても勉強します。さらに、文学作品だけではなく、歴史の本や社会学の研究などもできるだけ援用します。
最後には、自分の考えを、ゼミ論や卒論という形で文章にまとめます。
などなど、ゼミでの勉強についてもっぱら書きましたが、ゼミの人間関係(学生どうし、教員と学生)も、
社会に出てからの予行演習という意味で、とても大事なものだと考えています。
いつもいっしょにいるわけではないけれど、でもまったくの他人ではなく、困ったときには配慮しあえるような人間関係。
そのくらいの風通しのいい関係をいっしょに作っていけたらと思っています。
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