子どもの権利を保障するということ

弁護士 野村武司

 「自分の考えをまとめることのできる子どもは、自身に影響のあるあらゆることについて、自由に自分の意見を表明する権利がある。子どもの意見は、その年齢及び成熟度に応じて正当に重視される。」子どもの参加権をも含む子どもの権利条約12条の子どもの意見表明権である。国連・子どもの権利委員会は、この権利を、条約の基本原則にあたる最も重要な権利として位置づけ、乳幼児についてもこの権利は保障されるとの見解を示している。  
 今の時代、一見普通のように思われるかもしれないが、これが意外と難しいのである。「おとな」は、しばしば、「子ども」のためを思っていろいろなことをする。子どもの最善の利益(意見表明権とならぶ条約の基本原則のひとつ)、これもまた、「おとな」にとってとても大切な考え方であるが、しばしばそして知らず知らずのうちにおとなの都合に傾斜していることがある。
 子どもに関わる紛争事例では、「おとな」は、しばしば「子ども」に影響のある大切な決定を行う。そのとき、子どもの最善の利益を考慮することはもとより不可欠であるが、やはり、「子ども」に説明をしたうえで耳を傾けることが必要なのである。子どもの考えと異なったり、同意を得られなかったりした場合、子どもの立場に立って、なぜそう考える(そういう表現する)のだろうかと思いめぐらしてみる必要がある。乳幼児の場合も含めて・・・。

(2008.3 事務所だよりvol.1より)



携帯ネットに潜む「悪意」

弁護士 井原正則

 平成18年度の警察白書によると(統計学に基づき6都県、中高1高ずつ12校、2,271名の生徒を対象にした調査結果)、中学生及び高校生に、自分が自由に使える携帯電話を持っているかを質問したところ、70.9%の生徒が「持っている」と回答し、高校生になると、男子生徒94.2%、女子生徒98.0%と高率となっています。電車でも、中高生が携帯電話を熱心に操作している光景をよく目にします。
 ところで、30歳以上の人がインターネットを使用するときには、パソコンから行うことが多いのですが、中高生の利用の大半は携帯電話から行われています。これは、子ども専用のパソコンを置いている家庭が多くはないこともありますが、子どもたちは両親やほかの家族から干渉を受けない状態でアクセスできる環境を望んでいるからともいえます。私たちが子どものころと比較すると子どもたちの情報検索能力は格段に上昇しているとともに、メールでの連絡は、昼夜時間を問わず、場所を問わず行われ、子どもたちにとって、重要な(不可欠な?)コミュニケーション手段となっています。
 しかし、親などの監督をうけないネット環境には、多くの悪意が潜んでいることも事実です。インターネットオークション詐欺や、ワンクリック詐欺などの犯罪行為以外にも、自殺サイトなどにも注意が必要です。自殺サイトは、生きる希望を失った大人が、思春期の不安定な心理状態にある子どもを道連れに死ぬという許し難い行為です。
 また、実害という点で注目すべきは、出会い系サイトです。警察庁の調査によると、平成17年度の出会い系サイトの利用により犯罪にあった被害者の数は1,267名であり、そのうち18歳未満の児童が被害者になったのは、1,061名(84.0%)です(1,061名中1,051名が女性)。被害者のほとんどが18歳未満の児童であるという驚くべき結果となっています。上記中高生に対する調査でも、出会い系サイトを利用した経験を有する生徒は全体で2.6%もおり、内訳は中学生が1.9%、高校生が4.2%となっています。自分の子どもたちと無関係と断言できないような数字となっています。さらに恐ろしいことに、利用した子どものうち、知り合った人物に実際に会った経験を有する子どもが、その中の3割程度いたということですから、その行動の無謀さには驚くばかりです。携帯電話の使用を禁止することが難しい現在においては、保護者が必要な知識を持つとともに、子どもに生じた変化を早期に察知し、適切な時期に専門家に相談することが大切であるといえます。

(2008.3 事務所だよりvol.1より)



公平な第三者機関の確立を

弁護士 井原正則

 産科医及び産院の減少が問題となっています。出産は時を選ばず、対応する医師にとり重労働であることが理由の一つといえます。しかし、それ以外にも法的なリスクが高いことも原因とされているようです。
 医療裁判となるもののうち、出産事故が占める割合が高いという現実があります。それは、そもそも出産が大きな危険を伴うものであること、科学技術の進展と医療水準の高度化によってそれまで救えなかった命を救えるようになるとともに、医師に要求される医療水準も高くなっており、過失として捉えられることが多くなっているからだと考えられます。異常が生じ、胎児や母体の命や健康が損なわれることがあれば、期待が大きかっただけに関係者の落胆も大きく、訴訟にまで発展するケースが多く出てくるのではないでしょうか。
 ただ、医療事故には、いわゆる「3つの壁」(専門性の壁・密室性の壁・封建制の壁−系列関係の医師の過失については別の医師は証言しない等)があり、患者側には、訴訟提起に伴う費用(金銭・時間・労力)が多くかかるため、訴訟提起を断念してあきらめることも少なくないと思われます。
 多くの人々の命をはぐくむためにも、医療側と患者側が対立せず、早期に専門家が事実関係を調査し、それをもとに患者側も適切かつ迅速な救済がなされ、医療側も従前の行為の欠点を認識し、医療の改善に役立てられるような制度(第三者調査機関)の確立が求められているといえます。

(2009.3 事務所だよりvol.2より)



少年事件をとおして・・・

弁護士 野村武司

 最近、「発達障がい」ということをしばしば耳にする。生まれ持った特性から生きにくさを感じている子どもというふうにここでは考えておこう。まわりと不適応になるリスクを抱えていることから、虐待を受けてしまったり、いじめを受けてしまったりすることがある。また、その不適応が、結果的に、社会的な意味での問題行動に結びついてしまうことすらある。もちろん、周囲の人とともにリスクを軽減し、不適応などにならない子どももたくさんいることはいうまでもない。
 先日、少年事件で、こうした特性を持つA君と出会った。彼は、@相手の気持ちを読むことが難しい、Aものごとの因果関係を捉えて原因を振り返ることが難しい、Bさらに、じっとしていられないという子どもであった。少年事件の付添人としては、少年審判までの短い期間に、事件を起こしてしまった少年と面会を重ね、少年が抱えている問題点や要保護性について理解をするとともに、必要な調整活動を行い、少年が事件に向き合えるよう、あるいは内省を深めさせることができるよう手伝うことが必要であるということになるが、この少年の場合、そうした内省を深めさせるような会話を成立させること自体が難しいものであった。
 結局、この少年に関わってこられた障がい児教育の大学教授のアドヴァイスもあり、絵を描きながら、絵を介して会話をするという手法を使ってコミュニケーションを図った。それなりの成果があったと感じているが、他方で、こうした子どもたちが社会を生き抜くための間口があまりにも狭く、結果として、こうした子どもたちの生きにくさを改めて実感させられたというのが正直な感想である。
 どこにいても、適応しにくく、相手の気持ちがわからないためにトラブルが起こり、落ち着きなさと相まって、その子どもにとっての論理はあっても周囲にはそれが見えないことから行動が衝動的とみられてしまう。こうした子どもに対する支援はもとより、もう少しこうした子どもにとって生きやすい環境を作れたら、誰もが生きやすい社会になるのに、そう思わざるを得なかった

(2009.3 事務所だよりvol.2より)



障害者自立支援法違憲訴訟埼玉弁護団に参加して

弁護士 野村武司

 2008年10月31日以来、全国で3次にわたって提訴を重ねてきた「障害者自立支援法違憲訴訟」が終結することとなった。障害者自立支援法が定める「応益負担」のしくみが、憲法に違反するものとして、全国の原告71名が国や市町村を相手取って14地裁で起こした訴訟である。ここに埼玉にも12人の原告がいる。
同法を廃止し、新たな総合的な福祉法制を実施することを政権公約として掲げることとなった現在の政府与党が、新法に向けて動き出すに当たり、原告と協議を行い、本年1月7日、「基本合意」に至ったことで、訴訟は終結に向かうこととなったものである。訴訟が果たした役割は大きかったものと思われる。埼玉訴訟では、3月24日の期日で和解により終結することとなる。今後は、障がいのある人が参加しての新たな制度づくりに舞台は移る。
法廷では、原告側として、この法律のおかしさについて、障がいのある人の権利の観点から本格的に議論するとともに、原告およびその補佐人による意見陳述がなされた。理念のない法律が、障害のある人をいかに傷つけ、その権利を侵害することとなるのかを、法廷で示してきたものと考えている。
こうした訴訟を通じて、実は、私を含め弁護士たちも多くの事を学んだ。とりわけ、昨年、原告のいる施設での生活を体験させてもらったが、それを通じて得たものは大きかった。障がいのある人たちが生きるということ、生活をするということ、働くということについて、また、障がいのある人を支える施設の役割とそこで働く人たちの大切さについて、障がいのある人の権利というだけでは見えてこないたくさんのことを知ることとなり、あらためて、障がいのある人の権利と保障とは何か、そして何を出発点にしなければならないかということについて気づかされた。

(2010.4 事務所だよりvol.3より)



離婚・言葉の暴力について

弁護士 西澤豊陽子

 配偶者から、ひどいことを言われたり、むやみに怒鳴りつけられたりしたことはありませんか。
 あなたが、「ひどいことを言われて傷つくくらいなら、私が、相手の思い通りになんでも動けばいいんだ。それで上手くいくんだ。」と考え、いつも相手の顔色をうかがい、びくびく生活しているようなら、あなたは配偶者から精神的なDV(モラルハラスメント)を受けている可能性があります。
 このように、殴ったり蹴ったりという直接的な暴力を伴わないDVは、表面化するのに時間がかかってしまいます。その分、長期化、深刻化しやすいのが特徴です。
 ところが一度、心身の調子をくずし、病気になってしまうと、回復に時間がかかってしまいます。当事務所にも、このような状態になってから、離婚のご相談に来られる方がたびたびおられます。
 たしかに現時点においては、精神的暴力について、それだけで離婚原因として明確に認定した裁判例は見当たりませんし、離婚に向けては、様々な困難が予想されます。
 しかし、モラルハラスメントを行う配偶者から自分の心と体を守るためには、その配偶者から一定の距離を保つしかありません。
 訴訟が困難であっても、調停でうまく離婚の話がつくこともあります。
 心身が悲鳴をあげるまえに、ぜひ市の相談窓口や弁護士事務所に相談をしてみてください。

(2010.4 事務所だよりvol.3より)

  

「澄んだ瞳」−少年事件と裁判員制度

弁護士 井原正則

 16歳以上の少年が、過失ではなくして、意図した行為によって人を死亡させた場合には、原則として、家庭裁判所の保護処分(少年院等)ではなく、大人と同じ裁判をうけて刑罰(刑務所等)をうけます(少年法20条2項)。また、昨年の5月20日から始まった裁判員裁判の対象となる事件は、「故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪に係るもの」(裁判員の参加する刑事裁判に関する法律2条1項2号参照)とされており、殺人や傷害致死などの事件で、市民から選ばれた裁判員が少年の犯した犯罪を裁くようになりました。
 被害者やその遺族にとってみれば、犯人が成人か少年であるかは大きな問題ではなく、厳しい処分をしてほしいと思うのが当然でしょう。しかし、裁判員として参加するときには、被害者や遺族の立場から少し離れ、別の視点から事件を見てほしいと思います。その視点とは、「この子どもは、別の環境で育っても、同じように人の命を奪ってしまうような犯罪をしたのか、この罪をこの少年だけに問うことができるのか」というものです。事件を起こした少年が悪であり、少年を厳罰に処して長期間隔離し、その家族を切り捨てれば解決をするという問題ではないと思います。1歳になったばかりの、私の子どもの澄んだ瞳を見ていると、問われているのは、少年とその家族だけではなく、社会を作り上げている、我々ひとりひとりのあり方なのではないかと感じてしまいます。

(2010.4 事務所だよりvol.3より)