
国際地理オリンピック日本実行委員会
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実行委員会について
暗記力ではなく、「地理力」を競うオリンピック
「地理のオリンピック」というと、地名をどれだけ知っているか、世界の諸事情にどのくらい通じているかを競うものと誤解されがちですが、地理オリンピックはそうではありません。実際に過去問を見てもらうとわかりますが、私達が問うているのは「場所を見抜く力」とそれを「的確に表現する力」です。
試験は3種目で行われます(国内予選は2種目)。「論述」は、私達が求める地理の総合力を問う試験です。地形図や資料、景観写真を見て、与えられた問いに答えるものです。「こう書けば100点満点」という答えはなく、問題から読み取れる事柄に基づいて、どんな答えを導き出しているのかを採点します。「マルチメディア」は、国際的な共通言語ともいうべき写真や地図、グラフなどを使って、その読み取りに重点を置いた4択の問題です。問題はスライドを使って出題されます。
毎年3月下旬に行われる国内予選で選ばれた4名の皆さんは、実行委員会主催の強化合宿に参加してもらい、第三の試験科目「フィールドワーク」の対策をします。「フィールドワーク」は、あらかじめ定められたコースを歩き、チェックポイントを回りますが、出題者からはそこがチェックポイントであることのみを知らされ、どんな問題が出されるかはその場では一切明らかになりません。つまり、競技者は「なぜそこがチェックポイントになったのか、そこから何が問われるのか」から類推し、午後の試験に備えるのです。まさに、自分自身の「地理力」が試される、地理オリンピックのハイライトともいえる種目です。
国際大会の共通言語は英語です。他の科学オリンピックでは、引率者が一旦母国語に訳し、生徒の解答を再び英語に訳すことが認められていますが、地理オリンピックはすべて英語で出題、英語で解答が義務付けられます(辞書の持ち込みは可能です)。そのため、国内予選会でも、全体の2割が英語による出題で、代表選考にあたっては、語学力が加味されます。ただ、どれだけきれいな文章を書くかよりも、論理的にまとまりがあり、的確に表現がなされていれば、それに応じた採点がなされます。歴代の上位入賞国の多くは、非英語圏の国々が占めているのが特徴です。
地理オリンピックの歴史
地理オリンピックのルーツは、1965年、エストニアの大学生が企画した「環バルト海地理競技会」がルーツです。各国の地理学の学生が集まり、共同で問題を作成して地理教育の未来を語り合いました。
1994年に行われたIGU(国際地理学連合)の総会(プラハ:チェコ共和国)で、ポーランドとオランダの委員が、「国際地理オリンピック」の実施を提案しました。第1回大会は1996年にオランダで5カ国が参加して行われます。以後、2年おきに行われるIGU総会に合わせて世界大会が開催されています。1998年に第2回(ポルトガル)、2000年第3回(ソウル:韓国)、2002年第4回(ダーバン:南アフリカ)、2004年第5回(グダニスク:ポーランド)、2006年第6回大会(ブリズベン:オーストラリア)、2008年第7回大会(カルタゴ:チュニジア)、2010年には第8回大会が台北郊外(台湾)で行われました
世界大会の間の年を使って、ヨーロッパとアジアで「地域地理オリンピック」が開催されています。アジアでは、2007年に台湾が新竹サイエンスパークを舞台に第1回の大会を開催しました。参加国は4カ国(台湾・マレーシア・メキシコ・日本)でしたが、アジアの地理教育を世界にPRする絶好の機会になりました。第2回大会は2009年日本(つくば)で開催されました(参加国は、日本、台湾、オーストラリア、メキシコ)。そして、2011年、第3回大会は、メキシコで行われることに決定しました。