犬井 正の環境学 1 
 ベトナムの海の平地林から

 私は現在、「マングローブ植林行動計画(代表:向後元彦)」という環境NGOに関わっている。 マングローブというのは、熱帯から亜熱帯にかけての沿岸部に生育する植物の総称である。 マングローブ林は干潮の時には干潟になった陸上にあるが、満潮の時にはまさに海に浮かぶ平地林である。 マングローブ林はエビや稚魚のすみかになっているほか、高潮を防ぐなどの役割も果たしている。 また、建材や薪炭材などが採取でき、古くから人々の生活に密接に関わってきた。

「枯れ葉剤」による破壊

 私たちが植林の手伝いをしているのは、ベトナム南部、ホーチミン市のカンザー地区で、 ベトナム戦争時に「枯れ葉剤」によりマングローブ林がほとんど丸裸の状態にされてしまったところである。 しかし、地元の人は戦争のさ中から植林活動を行い、現在、3分の2くらいの面積が再生している。 南シナ海に面する半島部の小さな村では、植林が遅れたため海岸浸食が進み集落が海に飲み込まれそうになり、 石組みの防波堤を築いてきた。

エビ養殖地としての利用

 さらに、1986年以降、ベトナムではドイモイ(刷新)政策が進められ経済活動が活発化し、 その前後から再びマングローブ林が伐採され、国営や外国企業による広大な塩田やエビ養殖池が建設されてきた。 こうして作られたエビ池は、2〜3年間は成績がよいが、やがて有機物の供給がなくなるため、急速に生産力が減退してしまう。 すると、そこは放棄され、新たなマングローブ林が伐開されるという悪循環が生じた。 熱帯の暑熱に焼かれたエビ池跡地は、表面に白い塩分が集積した荒れ地と化している。 ホーチミン市当局はマングローブ林の生態的重要性や住民生活との緊密性を再考し、 1991年に新規の開発を禁止した。現在、住民がエビ、カニなどの水産資源や、 建材、薪炭材などの林産物といったマングローブ林からの様々な恵みを持続的に利用できるように、 分収林を設定するなどして造林活動に力を入れている。また、無秩序な開発に任せることなく、 地球環境の保全と持続的開発を視野に入れたエコパークの建設や、エコツーリズムの実施など新たな模索を始めている。

ダイオキシン問題と埼玉県の平地林

 埼玉県の平地林は、今、無秩序に開発され、産廃処理場などの用地に転用されているが、 産廃処理場から発生するダイオキシンはベトナム戦争で枯れ葉剤の1つとして使われた物質である。 発展途上国のベトナムの人々は、海の平地林であるマングローブ林を再生させ、保全の努力に汗を流している。 その手伝いをしながら、早急に対応しなければならない埼玉の平地林の現状に、複雑な思いを馳せた。

(この文章は、『埼玉新聞』1998年10月5日付「月曜放談」に掲載されたものを、インターネット用に編集したものです)