犬井 正の環境学 5 |
玉川村の里山復権運動によせて |
「春日山里山文化園計画(仮称)」を耳にしたので、先週末、比企郡玉川村を訪れてみた。 役場で計画の説明を聞いた後、地元の植物を丹念に調べ続けている田村説三さんの案内で、計画予定地である32haの里山の中を、 薮こぎをしながら歩いてきた。 焼畑が行われていた切畑、牛馬の飼料や田畑へすき込む緑肥を採取した秣場、薪炭材や用材生産のための稼山など、 かつての利用形態の相違をうかがわせるような植生の違いが、 今でも垣間見られるのが興味深かった。
多様な環境から成り立つ里山里山は、ほんの40年ほど前までは、農村生活や農業生産に深く結びついた農用林として機能し、 農民の手によって管理・育成されていた。 林の中ではウラジロシダや、氷河期の遺存種といわれるタマノカンアオイといった珍しい植物が出迎えてくれた。 里山の小さな谷頭には周りの木々を水面に映しながらひっそりと眠るような溜池があり、 その下に耕作放棄された谷津田があった。カエルやカメやトンボなどが、林と溜池と谷津田を季節ごとに行き来している姿を想像すると、 なんだかのどかな気持ちになる。このように里山は多様な環境から成り立っているので、 「生物の多様性」が保全されてきた貴重なビオトープである。
「里山博物館」や「里山レストラン」の提案しかし、昭和30年代中頃から始まる高度経済成長期以降、里山と人々との関係が疎遠になりだし、 今や里山は人々の心からも、活動からも遠い存在になってしまった。 里山は、放置されて荒れるにまかせるものが多くなり、そうした林床は人の背丈を隠すほどのアズマネザサで覆いつくされている。 かつて、早春の林床を彩ってきたスミレやカタクリなども見られなくなり、極相である照葉樹林化が進みつつある。 中にはゴミ捨て場やゴルフ場になったり、住宅地開発が虫食い的に進行している里山も目につく。 全国的に、里山の荒廃を食い止める妙薬がないのが現状である。 21世紀を目前にした現在、地球環境問題が深刻化し、大量生産・大量消費・大量破棄型から、 心の豊かさを大切にする持続可能なライフスタイルへの変化が求められている。 里山を背にして都市に向かうことしか考えなかった時代を反省して、今、里山は再評価されようとしている。 里山が復権すれば、再び多様な生物たちが棲息するようになり、訪れる人々に安らぎと、ゆとりと、やさしさを与えてくれる。 そして、人工的で都市的な環境を補完してくれる私たちの最も身近な親しみ深い自然となるであろう。 玉川村の「里山文化園」では、喪失した里山の農用林的機能を掘り起こすだけでなく、現代的意義を明らかにして、美しく動植物豊かな里山を復元・保全していってもらいたい。 たとえば、萠芽更新によって薪を採取し、木質発電装置をもった電力自給型の「里山博物館」を作ったり、 薪窯でパンやピザを焼く「里山レストラン」を作るなど、里山で集い、遊び、学び、働けるようにする様々なアイディアを出していくことが大切である。 そうすることにより、玉川村の取り組みは、里山の再生と新たな里山文化の創造が可能になり、全国に誇れる文化事業として大きな意義をもつものになるに違いない。
(この文章は、『埼玉新聞』1999年1月18日付「月曜放談」に掲載されたものを、インターネット用に編集したものです) |