The Catcher in the Ryeは主人公Holden Caulfieldが堕落した大人の欺瞞や不正を、子供の純真無垢な心をもってして糾弾しながら、彼自身の大人へと成長する過程の苦悩を描いた物語である。主人公Holdenは子供から大人へと成長する過程にある。Holdenの夢は子供が持つ純粋な心を持ったまま大人になることである。しかし、彼の周りには「純粋な心」を持った大人たちが存在しない。大人たちは自分たちの人生を生きていく上で子供の頃の純粋さを失い、欺瞞に満ちた生活を送っている。Holdenはそのような欺瞞に満ちた大人たちに対して嫌悪感を抱き、自分がそのような大人になるくらいならば、大人になりたくないと考える。しかし、その考え自体が周りの人間から見てみれば異常であり、Holden自身も自分が純粋な心を失いつつあることを悟り始め、Holdenは自分の理想と現実の差異に苦悩する。ここでは、Holdenが最も愛する存在である「純粋な心を持った子供」がHoldenにとってどういう存在なのかを見ていき、この物語の中で「大人になる」ことと「純粋な心を持った子供」であり続けることがどのように描かれているかを論じてみたい。

   Holdenがこの世の中で最も愛し、唯一心を許すことの出来る存在が「純粋な心を持った子供」である。子供たちの言動一つ一つが、不正に満ちた大人たちの世界で翻弄されているHoldenにとっては心を慰めてくれる。Holdenは自分が子供たちと同じ純粋な心を持っていると考えるが、段々と大人になりつつある彼は大人たちが行う欺瞞的因習を彼自身も行っていることに気づき、自分自身を嫌悪し、自虐的になる。そこで、Holdenは自分の夢をまだ純粋な心を持った子供たちに託そうとする。まず、Holdenは子供たちがその純粋な心を失わないように、

Anyway, I keep picturing all these little kids playing some game in this big field of rye and all. Thousands of little kids, and nobody's around - nobody big, I mean - except me. And I'm standing on the edge of some crazy cliff. What I have to do, I have to catch everybody if they start to go over the cliff - I mean if they're running and they don't look where they're going I have to come out from somewhere and catch them. That's all I'd do all day. I'd just be the catcher in the rye and all. I know it's crazy, but that's the only thing I'd really like to be. I know it's crazy. (p. 156)

   妹Phoebeは小学４年生のとても利口な子で、

I mean if you tell old Phoebe something, she knows exactly what the hell you're talking about. I mean you can even take her anywhere with you. If you take her to a lousy movie, for instance, she knows it's a lousy movie. If you take her to a pretty good movie, she knows it's a pretty good movie. (pp. 60-61)

   Holdenの弟Allieは１１歳の時に白血病で亡くなった。彼はとても頭のいい子で、また、とても良い人間でもあった。人に腹を立てたりすることもなかった。AllieはHoldenが大切にしている子供の純粋さを完璧に持っていたのだ。Holdenにとって掛替えのないAllieが死んでしまうことは彼にとっては耐えられないことであり、Allieがなくなったとき、Holdenは自分の拳で窓を叩き割ってしまうぐらい悲しかった。しかし、亡くなった今でもAllieはHoldenの心の中で１１歳の時のまま、純粋さを持ったまま、生き続けている。Allieは彼の純粋さを失う前に死んでしまった。逆にいえば、死んでしまったからこそ、その純粋さを失わずにすんだ。Holdenは常に心の中で、純粋なAllieと話し続ける。ニューヨークの町を歩いているとき、Holdenは気持ち悪くなってしまい、自分が反対側の歩道までたどり着けないような気がしてくる。そんなときHoldenは、

Every time I'd get to the end of a block I'd make believe I was talking to my brother Allie. I'd say to him, 'Allie, don't let me disappear. Allie, don't let me disappear. Allie, don't let me disappear. Please, Allie.' And then when I'd reach the other side of the street without disappearing, I'd thank him. (p. 178)

   HoldenのElkton Hills高校時代の同級生James Castleは、"He was a skinny little weak-looking guy, with wrists about as big as pencils."(p. 153)と、Holdenが言うように見た目は頼りない男の子だが、自分の信念を頑なに守り続けて生きた子である。JamesはPhil Stabileという生徒をうぬぼれの強い奴だと言い、その自分の言ったことを頑なに撤回しなかった。そして、Philが彼の仲間と寮のJamesの部屋におしかけ、Jamesが言ったことを撤回させようとしたが、Jamesは撤回せず、自分が言ったことを撤回する代わりに、窓から飛び降りて自殺してしまうような子であった。HoldenはJamesのこの自分の信念を頑なに守り続ける精神が好きであり、また彼のこの精神こそHoldenが求めていた純粋さである。自殺してまでも自分が正しいと思う信念を撤回しない純粋さをHoldenは大人たちに、そして自分自身に求めるのだ。

   彼ら三人はHoldenにとって正に｢純粋さ｣の象徴である。「純粋な心を持った子供」とはHoldenにとって、彼の孤独感や疎外感を共に共有してくれる仲間なのだ。Holdenは彼らなら自分のことを理解してくれると信じているし、そのような彼らをHoldenは心から愛している。

   この物語の中で大人になることとは、子供の時の純粋さや夢を失い、社会の中で一つの歯車として生きている自己を見失った存在であり、自分自身がどれだけ欺瞞に満ちた人間になっているのかも気づかないような堕落した人間である。彼らの堕落は他人をも堕落させ、彼らの無関心さはセントラルパークのアヒルが冬になったらどうなるのか知りもしなければ知りたいとも思わない。Holdenはそんな大人たちを見て、自分はそんな大人にはならないと誓う。そんな大人になるくらいならば彼は死を選び、弟Allieや同級生Jamesのように純粋なままでいることを望む。しかし、Holdenには自分から死を選ぶような強さはない。そして、段々と成長するにつれて、子供の純真無垢な心を失い、大人になりつつあることに困惑し、自分の純粋さを守ろうとするが純粋さを既に失いつつある彼はそれを完全に守ることは出来ない。その問題に取り組むうちに彼は精神的に疲れてしまい、より問題児としての性格を強くしていき、遂に波状をきたすのである。彼は生きること自体に無関心になるのだ。自分の人生に無関心になり、妹Phoebeには、

'You don't like anything that's happening.'
It made me even more depressed when she said that.
'Yes I do. Yes I do. Sure I do. Don't say that. Why the hell do you say that?'
'Because you don't. You don't like any schools. You don't like a million things. You don't.'
'I do! That's where you're wrong - that's exactly where you're wrong! Why the hell do you have to say that?' I said. Boy, was she depressing me. (pp. 152-153)

   「大人になること」と「純粋な心を持った子供」は対極にあることであり、Holdenは大人は欺瞞に満ちた汚いものだと考え、自分も、そして純粋な心を持った子供たちにも大人にならないことを願う。しかし、その願いは時が経つにつれてかなわないものとなり、Holdenも子供たちも大人になるのだ。Holdenの夢である純粋さを持ったままであり続けることは弟Allieや同級生Jamesのように純粋さを持っているうちに死を迎え、人々の心の中に子供のままで留まることによってしか成し遂げられないのだ。HoldenはPhoebeと一緒に行った遊園地でメリーゴーラウンドに乗った子供たちを見て、

All the kids kept trying to grab for the gold ring, and so was old Phoebe, and I was sort of afraid she'd fall off the goddam horse, but I didn't say anything or do anything. The thing with kids is, if they want to grab for the gold ring, you have to let them do it, and not say anything. If they fall off, they fall off, but it's bad if you say anything to them. (p. 190)

   Holdenは子供の純粋さを失うことを恐れ、大人になることを拒否する。しかし、彼の周りには彼の考えを理解してくれる人がいないので、Holdenは途方にくれる。この孤独感から彼は自分の心の中で存在する弟Allieに常に話し掛け、同級生Jamesのことを思い出し、妹Phoebeが自分を傷つけるようなことがないから彼女に会いに行く。Holdenは身近な「純粋さ」に助けを求める。しかし、Holdenは自分が純粋さを失い、大人になりつつあることを知っているから、その恐怖から逃れるために大人に対して反抗的になってみたり、逆に大人のような振る舞いをしたりする。だが、彼は完全には大人ではないから、世間に大人とは認められず、そのことに結局傷つき、更に大人になることを拒否し、孤独感を強めてしまう。彼はそのとき、西部に行き、聾唖者のように振る舞い、森の手前に家を建て、隠遁者のような生活をすることを望む。しかし、彼にはその夢を実行するための自己の信念への強さがなく、結局は精神を病んだ者として病院に入ることになってしまう｡彼は純粋さを持ったまま大人になることに失敗し、これからは彼が嫌い続けてきた欺瞞に満ちた大人として生きていかなければならない。それは彼にとって辛いことかもしれないが、そのうち彼もまた子供のころの夢を忘れて堕落した大人になるのだ。この物語の中で描かれていることは、この世の中の現実の醜さと困難さであり、それを解決する手段はないということと、それでも人は生きて行かなければいけないという絶望感なのだ。