Seminar Paper 2002
Sayaka Matsuzawa
First Created on January 29, 2003
Last revised on January 29, 2003
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「Adventures of Huckleberry Finnの女性たち」
時代をたくましく生きる女性たち
この物語の中には、何人かの女性たちが登場する。Widow Douglasをはじめ、Miss WatsonやMary Janeなどである。比較的登場する人数は少ないが、皆その分各々のキャラクターは濃い。Mark Twainは、リアリズムの作家である。ならば、彼女たちのキャラクターには、当時のMark Twainの女性たちに対する概念が反映されているはずである。当時の女性たちは、一体どんな風に世を生きていたのだろうか、戦争を終えたばかりの厳しい時代を生きる彼女たちをみてTwainは何を感じたのだろうか。私は、「The Adventures of Huckleberry Finn」における女性たちの描かれ方を通して、作者Mark Twainの女性観を分析していきたいと思う。 そのために、まずは作者の心の分身とも言える主人公、Huckleberry Finnの女性観からみていかなければならないだろう。物語の最初の頃からHuckが知っている主な女性陣と言えば、Widow Douglas, Miss Watson, Aunt Polly, Maryなどである。しかし、それもWidow Douglasのところに養子に引き取られてからの話であり、父親と二人で暮らしていた頃はたまに町に出かけることはあっても知り合いと呼べるほどの女性はほとんどいなかったのではないだろうか。つまり、Huckが女性とまともに接した期間は比較的短く、範囲も狭い。そんな環境の中で、Huckが女性をどのように捉え、どんな感情を抱いていたのか、順を追って分析していこう。 まずはWidow Douglas。Twainの前作、「The Adventures of Tom Sawyer」でHuckのことを気に入って養子にした未亡人である。文明人になることを善と信じて疑わず、Huckを常識ある教養人にするために教育している。が、当のHuckの方は、動きづらい洋服を着せられ、望まぬ知識を叩き込まれ、好きなものを好きなときに好きなように食べることもできない「文明人」としての生活が窮屈なようである。しかし、未亡人としてはHuckのことを心から思ってのことであるし、Huckもそんな未亡人のことが好きなので、大人しく教育を受けてはいるが、ストレスがたまったり気が乗らなかったりするときは平気でさぼっている。"The Widow Douglas, she took me for her son, and allowed she would sivilize me; but it was rough living in the house all the time, considering how dismal regular and decent the widow was in all her ways" (p. 1)の文からも分かる通り、Huckは未亡人のことを人的にはとても好きだが教育に関してはありがた迷惑というところであろう。 未亡人の家には彼女の姉妹も同居していた。塵除け眼鏡をかけ、ひどく痩せっぽちのMiss Watsonである。悪気はないのだろうが、Huckを無理矢理常識の型にはめ込もうとして厳しくしつけている。 She worked me middling hard for about an hour, and then the widow made her ease up. I couldn't stood it much longer. Then for an hour it was deadly dull, and I was fidgety. Miss Watson would say, 'Dont put your feet up there, Huckleberry'; and 'dont scrunch up like that, Huckleberry - set up straight'; and pretty soon she would say, 'Don't gap and stretch like that, Huckleberry - why don't you try to behave? (p. 2)やり方も、未亡人のように優しさと思いやりを含んでいるわけではなく、少しでもHuckがおかしなことを言うと、頭ごなしにしかりつけるところがある。Huckの方でもこのMiss Watsonには全く恩を感じてはいないようである。その証拠に、Tom Sawyerたちと作った盗賊団において誓約を守らなかった場合に殺されてしまう自分の家族として、HuckはMiss Watsonを、彼女なら殺してもかまわないからという理由で提供している。 未亡人とMiss Watsonとは、対象に描かれている部分がある。"Well, I got a good going-over in the morning, from old Miss Watson, on account of my clothes; but the widow she didn't scold, but only cleaned off the grease and clay and looked so sorry that I thought I would behave a while if I could." (p. 12) この文は、HuckがTomたちと遊んで泥だらけになって帰ってきたときの二人の対応の仕方とそれに対するHuckの反応が分かり易く語られている部分である。このときの二人の描かれ方は、例えるなら北風と太陽のようなもので、Huckが勝手に家を抜け出して遊びに行き、心配をかけたことに対してMiss Watsonがただ叱っているだけなのに対して、未亡人の方は何も言わず、悲しそうな顔をして汚れた服の始末をしている。予想に反して何も言われないというのは時としてどんな言葉よりも効力を発揮するもので、さすがのHuckも未亡人の気持ちを察し、自分のしたことを反省するのである。おもしろいことに、彼もそんな二人の性質の違いを肌で感じているようだ。 Sometimes the widow would take me one side and talk about Providence in a way to make a body's mouth water; but maybe next day Miss Watson would take hold and knock it all down again. I judged I could see that there was two Providences, and a poor chap would stand considerable show with the widow's Providence, but if Miss Watson's got him there warn't no help for him any more. I thought it all out, and reckoned I would belong to the widow's, if he wanted me, ...(pp. 12-13)Huckは、神は二人いるのだと自分の中で結論を出している。未亡人の神と、Miss Watsonの神。どちらかを選ぶとしたら未亡人の方をHuckは選ぶようだ。私は、Miss Watsonも彼女なりにHuckに対してそれなりの愛情を持っていたのではないかと考えている。本当にHuckのことが嫌いならば、教育などせず、怒ることも叱ることもせず、無視していたであろう。ただ、不器用すぎてHuckには全く伝わっていないだけではないだろうか。 次に出会った女性は、Mrs Judith Loftusである。二週間弱まえにこの町に引っ越してきたばかりの、四十歳ぐらいの夫人である。好奇心が旺盛で詮索好きだが、観察力はなかなかのもので、Huckの仕草から女装を見破り、理由を問い詰めてくる。とは言っても、Huckの女装ぶりがどれほどのものか詳しくは我々には分からないので、本当に夫人の観察力が長けていたのか、Huckの変装が下手だったのかは定かではない。ただ、"Jim said I didn't walk like a girl; and he said I must quit pulling up my gown to get at my britches pocket. I took notice, and done better." (p. 61) と書いてあるので、おそらくJimならばだまされるくらいにはうまくできるようになったのだろうが、夫人の批評では、"And don't go about women in that old calico. You do a girl tolerable poor, but you might fool men, maybe." (p. 68) ということなので、男はだませても女はだませない程度であったようだ。まだまだ女性に関しては経験不足のようである。 それでは、HuckはこのLoftus夫人のことをどう思ったのだろうか。"But if this women had been in such a little town two days she could tell me all I wanted to know; ..." (p. 61)という部分から、このぐらいの年齢の女性たちは大抵話し好きで情報収集も早いという概念をHuckが持っていることがわかる。現代でも井戸端会議という言葉が残っているように、比較的昼間暇になる主婦たちは隣近所の主婦と情報交換や噂話をするのが日常なのは、今も昔も、日本もアメリカも大して変わりはないのだろう。小さな町で、隣人との交流が深かった昔であればなおさらである。 "I was pretty willing to let her clatter right along." (p. 63) のlet her clatterの部分からは、Huckがこの夫人のことを軽んじているような雰囲気が感じられる。夫人だけでなく、全体を通して見ても、Huckは大人を軽視していることが多いのだが、おそらく、この夫人に自分の変装が見破られることはないとふんでいたのだろう。しかし、Huckが針の穴に糸を通すときに糸を持って針を近づける仕草をしたことから、本当は男であることが夫人に分かってしまう。Huckは、まさかそんなことで正体がばれるとは思ってもみなかっただろう。勘のいいHuckは夫人の表情から変化を感じ取り、早く出て行きたいと思うのだが、夫人はそれを許さず、質問と会話を続けながら、Huckの正体を確かめていく。この部分では、作者の女性観も表れていると思う。夫人は、集めた情報を基に黒人がJackson島に潜んでいると考え、捉えるための計画を立てている。それはHuckもあせるほどであり、女性の精神的たくましさ、生活の知恵が強調されている場面である。しかし、夫人が自分の計画をHuckに話してしまったことで結局はその計画が失敗に終わるわけであるから、このあたりはTwainのユーモアなのであろう。 一つ気になるのは、夫人がHuckの正体を見破った理由を語る場面において、女性ならばこうだとはっきり言い切っているところである。現代ならば、針に糸を通すのがへたな女性がいても、反対に上手な男性がいても全く不思議ではない。ものを投げるのがうまい女性はいくらでもいるし、ジーパンなどをはく女性など珍しくはないからひざでものを受け取るときにひざを閉じてもなんら違和感はない。だが、この時代の女性たちはズボンをはくことなど滅多になく、縫い物は得意だが、反対に肉体的なことは苦手というのが一般の常識のようだ。女らしさ、男らしさというものがはっきり区別されている時代であったと言える。 物語の後半にさしかかったときに出会うのが、Mary JaneとSusanとJoannerの三人姉妹である。中でもMaryはとても美人で、優しくて正義感が強く、芯のあるたくましい女性だ。Huckは彼女に一目ぼれしてしまう。詐欺師たちの秘密もしゃべってしまうし、お金を取り戻すための知恵も貸している。Huckには珍しく、危険を冒してまで手助けをするのであるから相当骨抜きにされている。それほどの勇気がこのときは湧いてきたのだろう。 さらに、Susanとの会話においては嘘がばれそうになるほどにやり込められている。嘘の設定がHuckの得意分野ではなかったせいもあるかもしれないが、Huckにしてはミスが多すぎるような気がする。Loftus夫人のときといい、Huckは女性には弱いようである。 最後はAunt Sally。彼女はいわゆる肝っ玉母さんといったところ。当時のたくましい「母親」を代表しているかのような女性である。普段は温厚だが怒るとヒステリックで、明るくて元気でおしゃべり好きで、深い愛情を持って家族や子供たち(HuckとTom)のことを一番に考え、とても大切に思っているのが伝わってくる。"You ought to had your jaws boxed; I hain't been so put out since I don't know when. But I don't care, I don't mind the terms - I'd be willing to stand a thousand such jokes to have you here." (p. 252) という部分や、鉄砲玉を受けたTomが生きていると分かったときの、"He's alive, thank God! And that's enough!" (p. 311) というセリフからもそのことがうかがえる。私は、最初に出てきた未亡人をもっと活発にした感じの印象を受けた。Jimと共に脱走したHuckが一度家に帰ってきて強引に布団に寝かされた後の彼女のセリフで、"'The door ain't going to be locked, Tom; and there's the window and the rod; but you'll be good, won't you? And you won't go? For my sake?'" (p. 309) というのがある。これは以前の未亡人のHuckに対する無言のメッセージと同じ効力を発揮し、優しいHuckは恩を受けたおばさんのことを想ってベッドから抜け出ることを踏みとどまった。また、物語の最後で、彼女も未亡人と同じようにHuckを養子にしようとしていることが判明するのである。 こうして見ていくと、Twainは確かに、「女性とはこういうものだ」という一種決め付けのような観念は持っているようである。男性は体力や運動神経の面で強く、女性は精神や感情の面で豊かで、たくましい、というメッセージが、読んでいて伝わってくる。しかし、決して差別して見下しているわけではなく、むしろ畏敬の念が表れているように思う。「女性はこうでなければならない」と決め付けているわけではないし、実際この物語で描かれているような女性が多かったのは事実であろう。そして、女性と黒人が登場する比率は少ないかもしれないが、物語の要所要所には必ずと言っていいほど両名が登場し、キーパーソンを務めているところをみると、この物語は「白人男性中心の物語」とは言い難いと私は考える。 ともあれ、最終章の大暴露には私も驚いた。一番驚いたのはHuckの父親のことである。その前の章まではTomの傍若無人ぶりやJimの脱出失敗などで良い気持ちではなかったが、最後の部分を読んでやっと、この本を読んで本当に良かったと思ったのである。 |
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