Seminar Paper 2003
Yumiko Ito
First Created on January 28, 2004
Last revised on January 28, 2004
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FrankとMorris
Frankの成長を追う
Bernard Malamudの長編小説、「The Assistant」は、小さな食料品店の店員の話である。貧しい食料品店の主人Morris Bober、彼の妻Idaと娘Helenのユダヤ人家族のところに突然イタリア人青年Frankが現れる。店は不況の影響もあり、経営は苦しく辛い生活を強いられていた。Frankにとってこの家族との出会いが彼の人生観を変え、苦悩しながらも彼が成長して行く過程を描いた作品である。 はじめ、MorrisとFrankは似ても似つかない性格であった。真面目で正直者のMorrisは誰から見ても良い人だといえる。Morrisが人の良い性格であることが多くの場面で見ることができる。一人の客のために朝早くから店を開けたり、自分も苦しいのに掛売りをしてあげたりといつでも相手を思い、気を遣っている。だますならだまされる方が良いと言うように人をだますようなことは絶対にしない男である。しかし、一生懸命働いてもなかなかうまくはいかず、運が悪い人なので貧しさから逃れることができず、何をやっても悪いほうに向かってしまう。Morrisは自分を犠牲にしてでも家族のために働き、苦労を続けている人なのである。 このような真面目なMorrisとは対照的な存在としてFrankが現れる。Frankは、家族もなく貧しい生活をしていた。その孤独生活の中で、悪事を犯してきたこともあり決して善人とはいえない青年である。Morrisとの出会いもFrankがMorrisの店に強盗に入ったときである。そんなFrankだが小さい頃にSt. Francisの話を聞き彼にあこがれている。St. Francisとは裕福な商人の家に生まれるが25歳で信仰に目覚め相続した財産を全て人に与え、自分の持っているもの、服でも金でもなんでも人に与え、そして鳥と話すこともできるという偉大な人物である。自分が苦労してでも人の役に立つことをし、多くの人々から慕われていた。悪事を犯しているFrankだが心の隅にはSt. Francisが忘れられずに残っていた。Frankという名前から考えてもSt. Francisと通じるものがあるが、この時点でFrankは心の中で彼を尊敬しているものの自分はそれとはかけ離れた行動をしていた。 FrankはMorrisの食料品店にWardと共に強盗に押し入りWardはMorrisを殴り、Morrisはひどい怪我を負ってしまう。Frankは直接自分が怪我させた訳ではないが罪の意識を感じ、再びその店に舞い戻り、強引に店で働き始める。これは娘のHelenに心惹かれたという理由とともに、St. Francisの行動と通じるMorrisという人物に惹かれたともいえる。悪事を犯してきたFrankは、悩みながらこのBober家で生活を始め、ここから自分がしてしまったことを何度も後悔し、悩み続ける。そのたびにFrankは苦悩し、自分を変えようと努め、成長していく。その過程を順におっていこうと思う。 始め、FrankはBober家に出会うまでユダヤ教に関して全くわからず周りの影響もあり、あまりいい印象をもっていなかったといえるだろう。そんなFrankが強盗のこと、Helenのことで悩みながら、ユダヤに関心を持ち始め、どうしてユダヤ人が悩み苦しむのか不思議に思い、Morrisと話す。 “Do you like to suffer? They suffer because they are Jews.” “That’s what I mean, they suffer more than they have to.” “If you live, you suffer. Some people suffer more, but not because they want. But I think if a Jew don’t suffer for the Law, he will suffer for nothing.” (p. 118)ユダヤ人は苦しみながらそれに耐えて生きていく。正直で、善良でいること、人のために苦しみに耐えるというユダヤの考え方があり、Morrisはこの律法を守り続けている。“‘What do you suffer for, Morris?’ Frank said. ‘I suffer for you,’ Morris said calmly.” (p. 118) 何のために苦しんでいるのかという問いかけにMorrisは「あなたのためにだ」と答える。Frankは始め自分が強盗したことをMorrisが気づいていてそれを責められているのかと思い、驚いたがここでMorrisが意図したことはFrankのことで苦しんでいるというのではなく、人のために苦しむということが言いたかったのだ。ユダヤ人の考え方である他の人を幸せにするためにはどんな苦労も耐える、こんなMorrisだからこそFrankを助けているのである。 Morrisはこのユダヤの律法を守り、どんなことがあろうと他の人のために苦しむことをやめない。この律法を守り続けるMorrisは全ての相手を人間相手だとして接している。多くの人々は自分の利益を考えてしまい相手を人間ではなく、金を稼ぐ道具、つまりモノとして扱う場面を多く見るが彼は決してそんなことは考えない。つまり、I とItの関係では決して考えず、I とYOUの関係を常につくっている。そこがMorrisのすごいところだと思う。 “Morris, unable to stand the planned dishonesty, came from behind the counter, and taking Podolsky by the coat lapels, told him earnestly….” (p. 193) ここでもMorrisが正直そのものであることがわかる。Karpが店の経営状態を隠してPodolskyに店を売ろうと計画した時、Morrisは店を買ってもらいたいとは思っているけど彼を騙したままでいることはできなかった。人を騙すことができない、ばか正直な性格である。KarpにとってPodolskyはモノと考え、利用できるものなら何でも利用するが、MorrisにとってはPodolskyも苦労している人だし、利用するなんて決してできなかった。人をモノとしてみない、人を人としてみるMorrisらしい場面である。こういったMorrisの考え方、何があってもこの考えを貫いているMorrisの影響を受けてFrankはユダヤへ関心を深めていった。ここでMorrisとユダヤに関して話したことでFrankがユダヤについて理解したとは決して言えないが、ユダヤに関して教わろうとしていることは確かで、一歩踏み出しているといえる。 次のところではFrankの良心が目覚めたといっていいだろう。 “he made up his mind to return, bit by bit until all paid up” (p. 149) FrankはHelenから自己抑制をするべきだと忠告されてから後悔の念が生まれ、レジからお金を盗んだことなど、これまでしてきた悪事を後悔している。自分を正さなければならないと思い、Morrisにお金を返すことを決心し、強盗の一人が自分だと告白しようとさえしていた。自分を抑制できる人に心からなりたいと思っており、心の奥深くにある彼の良心が彼を苦しめていた。 “Morris,” Frank said, at agonizing last, “I have something important I want to tell you. I tried to tell you before only I couldn’t work my nerve up. Morris, don’t blame me now for what I once did, because I am now a changed man, but I was one of the guys that held you up that night…. (p. 188)ここでついにFrankはMorrisに自分が強盗の一人だと告白する。しかしこれは彼の良心からとはいえず、本当に改心したとはいえない。店に残りたい、Morrisに許してもらいたいとMorrisの同情をかうことを考え、計算高いFrankの一面が見えてしまう。良心が目覚めたとはいえ、まだこれまでのFrankから抜けきれていないことがわかる。これまでの自分の環境、人生から抜け出すことはそんなに簡単なことではないのだと思う。 Frankの本当の変化がわかるのは次の場面である。MorrisはIdaに反対されながらも無理をして雪かきを続けて、体調はさらに悪化し、死んでしまう。Karpに店を売る話が進んでいた、不幸から抜け出すことができるその直前だった。お葬式では、正直で働き者のMorrisの死をみなが惜しんだ。 “He lost his balance, and though flailing his arms, landed feet first on the coffin.” (p. 220) お葬式のときにFrankは墓の近くに立っていてバランスを崩して棺の上に落ちてしまい、そこから這い上がってくる場面がある。これはMorrisが埋葬されて、その墓からFrankが這い上がってくるのだから、FrankはMorrisとして生まれ変わったのだ。FrankはMorrisの家で生活を始めるようになってから、良心が目覚め、自分がしてきた悪事、強盗やレジからお金を盗んだこと、Helenを傷つけたことを悔い、悩み苦しんでいたが、彼は悩むたびに良き道へ向かっていき、Morrisの人生観を学び次第にMorrisに近づいていく。そしてこの時ついにFrankの再生、Morris化が完璧になったのである。 “As they toiled up the stairs they heard the dull cling of the register in the store and knew the grocer was the one who had danced on the grocer’s coffin.” (p. 221) これまで ‘the assistant’で表されていたFrankが ‘the grocer’と表現されIda, Helen を含めみんながFrankを認めたようである。Idaはユダヤ人でないFrankを良く思っていなかったが段々とFrankへの理解を深めていって、Morrisのいなくなった今、店のためにはFrankが必要だったのだろう、Frankがレジにいることを当然のことのように捉えている。Morrisの死後、FrankはMorrisがしていたように朝早くから一人の客のために店を開けたり、彼の友人にお茶をだしてあげたりと苦しい生活ではあったが一人で店を守っていく。そしてHelenを大学に行かせたいというMorrisの強い思いを引継いで朝から晩まで一生懸命働き、自分を犠牲にしてやつれるまで働いた。Helenはその姿を見てFrankが店のため、自分のために苦労していることがわかった。 “It was a strange thing about people―they could look the same but be different.” (p. 231) ここではFrankがしたことが許せないでいたHelenも彼が前とは違うことを認めている。みんながFrankをMorrisの後継者として認めたことがわかる。 最後、Frankは小さい頃から憧れていたSt. Francisに近づいたことがわかる。 He saw St. Francis come dancing out of the woods in his brown rags, a couple of scrawny birds flying around over his head. St. F. stopped in front of the grocery, and reaching into the garbage can, plucked the wooden rose out of it. He tossed it into the air and it turned into a real flower that he caught in his hand. With a bow he gave it to Helen, who had just come out of the house. “Little sister, here is your little sister the rose.” From him she took it, although it was with the love and best wishes of Frank Alpine. (p. 234)ここでは” “St. F.”という言い方をし、“he”を多く使うことでFrankとSt. Francisをあいまいに表現し、St. Francisという多くの人から慕われた人物と重なるまでにFrankは変わることができたといえる。そしてHelenはFrankの愛を受けとり、Frankは長く思い続けたHelenとこれからやっとうまくいくことが期待できる。 FrankはMorrisに父親像を見ていて、そして実の息子Ephraimが幼いときに死んで悲しみを引きずっていたMorrisにとってはFrankが息子のように思えた。お店でレジを教えているときでも二人で語っているときでも、MorrisがFrankを息子のように見ている様子がうかがえる。FrankがMorrisを必要としただけでなくMorrisにとってもFrankの存在は大きく、お互いがお互いを必要とし、二人の間には血のつながりはなくとも自然と親子の関係ができていたのだろう。Morrisは自分を犠牲にして苦悩しながらもFrankに、息子にユダヤ的な人間性を教え、彼を改心させるまでに達した。そしてFrankはMorrisのおかげで苦悩しながらもユダヤ的な人間性を身につけ、ついにはユダヤ人になる。この物語は暗い世間の中での人々の辛さと、経済的な豊かさとは異なるMorrisのような人生の良さを描きたかったのだと思う。経済的な成功を得たわけではないがMorrisの人生の良さを学び、人生観を変えるまでに成長したFrankのサクセスストーリーだといえる。 . 参考文献: 柴田元幸 『アメリカ文学のレッスン』 (講談社現代新書) |
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