この話はニューヨーク生まれで30歳になるユダヤ系アメリカ人のLevinが、北西部のキャスケイド州にあるキャスカディア大学の作文講師として赴任してきたところから始まる。この話の中でLevinは実に様々な面を見せている。もちろん良い所、悪い所はあるが、物語を全て読み終えた今、もう一度全体を振り返ってみると、この話の中に出てきた人物それぞれが、Levinの世界へ何らかの形で巻き込まれているように感じた。そしてその結果がそれぞれの「A New Life」として描かれているように思った。私は周りの人たちを引き込んでいったLevinの性格の多面性について考えてみたい。
・理想主義(idealism)
まず初めにとりあげるのは理想主義者であるということだ。初めてLevinがGilleyに出会ったときは、こんな自分を採用してくれて、その上いろいろ面倒まで見てくれて何ていい人なんだと思っていた。Gilleyには何でも話せそうだとも言っていた。しかしLevinとGilleyは学問、教育のありかた、大学のやり方に対する考え方の違いで対立してしまう。
このキャスカディア大学では、学問研究に打ち込んだり、論文を書く教授はほとんどいないで、文科系の学問なんて必要ないと考える人が多い。学問についてとやかく言う人や問題を起こす人もいなく、ただ与えられた仕事をこなすだけののんびりとした大学である。Gilleyもそのように考える教授の一人であり、以下のようにLevinに言っている。
The atmosphere is relaxed. There’s no ‘publish or perish’ hanging over everybody’s head. There are no geniuses around to make you uncomfortable. Life is peaceful here ? people deserve that after all we’ve gone through in the last generation. We don’t ask more than that a man does his work conscientiously ? his share of it. What we don’t want around are troublemakers. If someone is dissatisfied, if he doesn’t like what we do, if he doesn’t respect other people’s intimate rights and peace of mind, the sooner he goes on his way the other. (p. 37)
Levinはもともと文科系の学問を教えたくてこの大学にやって来たが、キャスカディア大学は文科系ではないと知り失望していた。そんな中Levinは、英文科の教科書委員会が長年使用してきた「文法の原理」や練習問題を廃止した方がよいと考えていた。また、テストのための授業となってしまうため合同テストもなくすべきだと考えていた。ただ単に頭に詰め込むというやり方よりも、詩や小説などの文学を講義内容に取り入れ、生活を豊かにし、心を和らげるような教養科目も必要であると言っている。また、教養のある教師を多く受け入れ、昔のような文科系専門の学部を復活させたかったのだろう。これがLevinの求める理想的な教育方針である。それは以下の文章に表れている。
“In that case,” Levin said with a thick tongue, “maybe I ought to say I think English 10 is a good place to begin teaching writing. I hate to mention this, Gerald, but some of the freshmen think a paragraph is a new invention. And I’m not against grammar but I’m against ? I don’t care for only grammar. For the boneheads it’s torture. ” (p. 103)
Sometimes Levin interrupted drill in Workbook Form B, to speak of a good novel or read aloud a poem, the only poem some of them would hear in college, possibly in their lives. Sometimes, between a comma and semicolon, he reformed the world. (p. 166)
Levinがそんな理想主義を抱いているのと同時に、大学内では学科長選挙の準備が行われていた。教授たちはいくつかのグループに分かれ、一人でも多く自分の味方についてもらえるよう票を獲得するために自分を売り込み、名誉を掲げたり、意欲の強さを表したりして必死になって活動していた。そんな姿はどこの国でも、昔も今も同じなんだなと思った。初めにFabrikantとGilleyが立候補した。GilleyはLevinを採用し、彼の世話をしていたし、LevinもGilleyに対する感謝の気持ちからGilley本人もその他周りの人も誰もがLevinはGilleyに票を入れると思っていた。しかしLevinとGilleyは考え方の違いで対立していたため、Levinは信条の強いFabrikantを支持するようになった。Levin自身も信念を持って生きていたので、彼がFabrikantに好意を持ったことは決して不思議ではなかった。しかしその後LevinはFabrikantのことをもっとよく知りたいと思って探っていると、Leo Duffyに関する話を耳にした。Fabrikantは“A good cause is the highest excitement. ” (p. 190) という主義を持っていたDuffyのことを支持していたのに、Duffyの擁護を途中でやめてしまったという話を聞き、今まで信念の強い人だと思っていたのに本当はその信念ももろく弱いものだったということを知り、LevinはFabrikantにも失望し、“I’m sorry, CD, but after thinking it over I’m not sure I can support your candidacy any more. I want you to know I like you personally but it’s the principle involved. ” (p. 298) と言って支持することをやめてしまった。そして自分以外に信念を貫き通せる人はいない、今の大学を変えられるのは自分しかいないんだという夢を抱きながら、無謀にもLevinは自分も選挙に出ることを決意する。GilleyやFabrikantなど先輩教授たちを敵にまわして自らも学科長候補者として動き始めた。このような周りの目や世間体、上下関係を全く気にしないで自分の求める理想主義を貫き通そうとする姿はあまりにも大胆不敵、無鉄砲である。こんな周りを気にせず突き進むところもLevinの性格の一つだと思う。そんな何事にも恐れずやり通す姿はうらやましく思うがそれが仇となり、Gilleyとの仲もいっそう悪くなっていく。しかしその一方でLevinとGilleyの妻Paulineとの関係は深くなっていくのだから、何ともLevinは皮肉なヤツである。
・恋愛関係(love affair)
この物語の中心と言っても過言ではないほど、Levinの女性関係の話はまたか・・・と半分あきれてしまうくらいにたくさん出てくる。誰もが必ず恋愛はしたことがあるだろう。片想い、両想いとかいろいろあるが、恋したことがないという人はおそらくいないと思う。人間は必ず何かしらの愛を受けて生きている。恋をすると綺麗になるとか、今までは関心のなかったことにも興味を持ったりするからいいことだと思うが、Levinの恋愛には共感はできない。Levin自ら禁断の世界へ足を踏み入れてしまったことにより、Levin自身も周りの人の生活も変化していくのであった。
Levinがキャスカディア大学へ赴任してくる前の東部での生活の模様はあまり詳しく描かれていなかったが、いい生活ではなかったということは読み取れる。恋愛の方も成功せず、何もかもが絶望的だったようだ。新しい土地へ来たLevinは自身に“He was, after all, thirty, and time moved on relentless roller skates. When, for God’s sake, came love, marriage, children? ” (p. 125) と問いかけているから、結婚や子どもに関しても考えていることがわかる。しかしLevinは大学を通じてめぐり会った何人かの女性と関係を持ってしまう。留学生のSadekに連れられて入った飲み屋のウェイトレスのLaverne(彼女とは失敗に終わるが)、Levinの授業を取っていた女子学生のNadalee、同じ英文科に勤めている独身女性講師のAvis、そして極めつけはGilleyの妻のPaulineである。Levinの中にある強い孤独感と共に愛や結婚、子どもを望む欲望が一人の女性を抱くことにより現れそして消え、また現れては消え・・・次から次へと繰り返し生まれていた。中でもPaulineとの恋愛関係は深く、深刻なものに発展していった。
この恋はLevinとPaulineが駅で初めて出会った時から始まっていた。と言うのも、Levinが採用された真相は、PaulineがGilleyのところに送られてきたたくさんの履歴書の中からLevinの写真を見つけ、それがユダヤ人っぽい誰かに似ていたからであった。このことについてはGilleyが説明している。
"I had previously put you in the discards as unsuitable, but Pauline was reading the newspaper at the dining table where I was working and her eye just happened to light on your picture among the discarded applications. She picked up yours and read through it. The next thing I knew she was advising me to hire you, a thing she usually keeps out of." (p. 344)
LevinはPaulineになぜ自分を選んだのか聞くと、“You looked as though you needed a friend. ”“I needed one. Your picture reminded me of a Jewish boy I knew in college who was very kind to me during a trying time in my life. ” (p. 361) と答えた。
私はどうもPaulineのことが最初から最後まで信じることができなかった。Levinに好きとか愛してるとか言っても本心から言っているのか信用できなかったし、上のように友達が欲しかったとかGilleyに対する不満を言っているのも、女の弱い部分を見せてLevinを自分のところへ引きつけようとしているようにしか思えなかった。私だけかもしれないが、Paulineはそんなに魅力的な女性には感じられなかった。LevinはそんなPaulineの言いなりになってばかりで、大学改革のために理想主義を語っていたLevinとは全く違っていた。恋愛に積極的なのか臆病なのかよくわからないが、もっと男らしくしっかりして欲しいと思った。Paulineの前では自分の弱い部分も見せているような気がした。でも、それができるから最後二人は結ばれたのだろうか。
またも全てを失い、その上大きな重荷を背負いながら新しい生活へ入っていくLevinであったが、誰のことも憎むことなく振り返ることもなく去っていく彼の姿は今までの頼りないLevinではなく、希望に満ちていて強さが感じられた。それはLevinが求めていた愛、結婚、子どもを手に入れることができたからだろう。
Levinの性格について大きく二つに分けて見てきたが、この作品のテーマを考えてみると、"A New Life"というのは運命とイコールのような気がした。大学教授として北西部へ来たのも、そこでPaulineと出会ったのもLevinの"A New Life"の始まりであり、最後にPaulineとこの土地を離れていくのもLevinの更なる"A New Life"の始まりであった。新しい土地でも成功しなかったLevinであったが、あえて試練の道を選んでしまうのがきっとLevinの運命なのだろう。マラマッドはLevinに自分を重ねているような気がした。マラマッドもユダヤ系であるということから、周囲からは迫害され苦痛に耐える生活をしてきた。そしてそこから成功と失敗、愛と憎しみを経験しながらマラマッド自身の"A New Life"を築いてきたのだと思う。Levinの性格を解いても、この物語を読み終えた今もなぜか心の中にまだ「??」が残っているけど、これもこの本の魅力の一つなのだろう。疑問が残るということは私たちにいろいろ考えさせてくれるし、それぞれの解釈ができるからおもしろい。今度はどんなNew Lifeが待っているのだろうか。