Seminar Paper 2005

Megumi Matsumoto

First Created on January 27, 2006
Last revised on January 27, 2006

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The Cider House Rulesにおける規則(rules)の意義
数ある世界

    “The Cider House Rules” の中には、たくさんのルールがあり、主人公であるHomerをはじめとして登場人物たちがルールについて様々な考え方を持っている。人によって、またはルールによってそれを破り、守ろうとする姿が見られ、この物語におけるルールの意義について考えさせられる場面がたくさんあった。

     ルール=規則=きまり、物事の秩序。(『広辞苑』)一般的にルール(=規則)とは守るべきものである考えられている。しかしこの“The Cider House Rules” においてはどうだろうか。少なくとも「ルール=守るべきもの」として考えられていないと言うことができる。そこでこういった疑問が浮かんでくる。“The Cider House Rules” におけるルールとは何だろうか。私はこの物語の登場人物を取り巻く様々なルールに焦点をあて、その意義とこの物語のテーマについて考えてみたい。

    毎年りんご園では“the cider house rules” が作られ、壁に掲示されるが、そこに住み込みで働く摘み手たちは決してそのルールを守らなかった。なぜだろうか。

    まずルールとは言葉や文章によって表現されるものであり、そこにいる人たちに認識してもらわなければ存在することができないといえる。以下の場面で、“the cider house rules”をルールであると理解していたのはMr. Roseだけで、摘み手たちはルールであること知らずにいたことがわかる。

Wally had been right about Mr. Rose being the only one of them who could read well and write at all. Muddy told Angel that he’d always thought the list of rules tacked to the kitchen wall was something to do with the building’s electricity. (p.577)

    つまり、守らなかったのではなく、守れなかったということだ。そして次に、それに従う人がいなければそのルールが存在する意味がないということができる。Homerは自分が毎年書いている“the cider house rules” に注意を払ってくれている人がいないことを気にかけ、それをMr. Roseに打ち明けたが“We got our own rules, too Homer.” (p. 455) という返事をされてしまった。この言葉から“the cider house rules” はりんご園にいる労働者のために作られたルールにもかかわらず、誰にも守られていないことがわかる。それどころか別のルールが存在しているのである。ではなぜ“the cider house rules” は、存在するのだろうか。考えた末、ある答えを思いついた。

    “the cider house rules” におけるルールは「一つの世界を作り出す枠組」なのである。

    “the cider house rules” はりんご園で生活する人たちがいて、その人たちを取り巻く世界の枠組として存在しているのだ。これはHomerがりんご園で暮らす人たちに守ってもらいたいルールなのである。しかしMr. Roseを筆頭に摘み手たちはルールを守らないし、守ろうともしない。なぜだろうか。これには二つの理由が考えられる。一つ目は先に述べたことが挙げられる。ルールが壁に貼ってあっても、字を読むことができない摘み手たちにとっては、ただの紙切れにすぎないのだ。“every year, the piece of paper itself would become worn and tattered and used for other things―a kind of desperation grocery list,…” (p.454 ) 二つ目の理由として、ここにもう一つの世界が存在することが挙げられる。つまり摘み手たちのリーダーであるMr. Roseのルールによる世界である。彼らはみんなこちらのルールに従っているのである。

    では“the cider house rules” とMr. Roseのルールにはどのような違いがあるのだろうか。もちろん内容は異なっているが、もう一つもっと根本的な部分が異なっている。それは誰が誰のために作ったかということだ。Homerはりんご園で暮らす人に対して“the cider house rules” 作った。なぜならHomerはりんご園の経営者であり、その責任感を持っていると同時に、彼らをそこに属する人間だと思い込んでいるからである。しかし摘み手たちがそのルールに従わなかったのは、彼らがりんご園ではなく、Mr. Roseに属した人間だからである。そのことはここにMr. Roseを中心とした世界があること証明していることになる。

    しかしここで問題視しなければならない点が一つある。それはこのルールが周囲から反対されるルールだということだ。Homerは“the cider house rules” に反しているMr. Roseのルールが気にかかっていたようだが、Candyは“ ‘He does a good job.’ ” “ ‘Let him have his own rules.’ ” (p.456) と言っている。だが、物語が進み息子のAngelからMr. Rose が娘であるRose Roseを傷つけていると知ると“ ‘I can’t believe how we’re always saying how wonderful it is: that Mister Rose is so in charge of everything.’ Candy said, shivering. “We have to do something about this.” (p. 543) と態度を変えた。“the cider house rules” 違反をして従っていた彼らのルールが周囲から非難を浴びるようなものであったことが判明したのである。「こんなルールがあっていいのだろうか」と考えさせられるが、このルールが彼らにとっては欠かせないものであったということが、次の文からわかる。

It wouldn’t work out, having Black Pan as a crew boss, as Wally would discover; the man was a cook, not a picker, and a boss had to be in the field with the men. Although Black Pan would gather a fair picking crew together, he was never quite in charge of them―in future years, of course, no one would ever be as in charge of a picking crew at Ocean View as Mr. Rose had been. (pp. 577-578)

    このように周囲からはとても認められるようなルール(=世界)ではないが、Mr. Roseがいなくては彼らの秩序は保つことが出来なかったと言える。つまりこのルール(=世界)を必要としていた人間がいたということだ。 りんご園での出来事としてAngel, Wally, Candy, Homerの人間関係についてもルールと関連づけて触れておきたい。Angelの実の親であるHomerとCandyは、その事実を隠したままHomerはAngelの里親として、CandyはWallyの妻としての生活を始めたのである。彼らは周囲の人間から見ると、信じられないような関係を作り出したが、その生活を15年間も続けた。一見一般には考えられないような、ルール破りを匂わす関係だが、これが彼らの作り出した世界なのである。少なくとも二人が事実を打ち明ける前まで、彼らにとってこの世界は必要なものだったと言える。

    “The Cider House Rules” の中にある、もう一つの大きなルールである堕胎についても同様のことが言えるのではないだろうか。主人公であるHomerは孤児院で生まれ、そこで育っていく中で、経営者であり医者でもあるLarchの仕事について知る。成長するにつれて、Larchの仕事を手伝うようになり、医者としての腕も十分に持つようになった。しかしLarchが行っている堕胎について疑問を抱くようになり、ある時孤児院を訪ねてきたWally とCandyについて孤児院を出た。Homerはなぜ大好きなLarchに期待されていたにもかかわらずLarchと同じ道を歩まなかったのか。それはHomerが以下の考えを持っていたからである。

You can call it a fetus, or an embryo, or the products of conception, thought Homer Wells, but whatever you call it, it’s alive. And whatever you do to it, Homer thought―and whatever you call what you do―you’re killing it. (p. 169)

   また、この当時に堕胎が法律で禁止されていたことも理由と言えるかもしれない。それでは、なぜLarchは法律で禁止されている堕胎を行ったのだろうか。答えは簡単だ。それはMr. Roseのルールと同じように、それを必要としていた人間がいたからである。望まないのに妊娠してしまった女性たちは法律で禁止されているとはいえ、子どもを産めば今よりさらに苦しい生活が待ち受けていると考えると、産む気にはなれず、自ら堕胎をしようと試みる人さえいた。しかし、それはとても危険な行為であり、母体の命をも落としかねない。Larchにはつらい過去の思い出があり、自分の十分な医療技術を活かし、女性たちを救わなければいけないという使命感を持っていたのかもしれない。そのため堕胎が法律違反であるといった意識は全くない。それがLarchのルール(=世界)なのだ。 HomerはLarchがいる世界に属することを拒み、WallyとCandyと共にOcean Viewへ行くが、結局は元いた場所に戻ってくることになる。私はその理由をルールと結びつけて考えてみた。

    まずルールそのものについてだが、“the cider house rules” も堕胎が禁止されている法律も、上の立場にいる人間がその世界の人間に対してつくったものである。“Rules, he (Homer) guessed, never asked; rules told. (p. 453)” しかしそれは、そこで生活する人にとって不都合な場合もあり、人々はルールを守らなかったり、守れなかったりする。なぜならそれが人間という生き物だからである。この世の中に一人として同じ人間が存在しないように、全く同じ考え方をする人間も存在しない。たとえそれが、より良い生活を送るためのルールだとしても、万人が納得できるとは限らないのである。このように“the cider house rules” と堕胎が禁止されている法律は『普遍性を求めることが出来ないルールの実像』を象徴していると考えることができる。そしてこの物語に出てくるさまざまなルールから、たとえルールを破りつくられたルールであっても、それを必要とする人間がいて、そのルールのおかげで救われている人もいるということがわかる。前述のようにルールが世界を作り出す枠組だとすれば、これは同じルールに従う人間同士が同じ世界の枠組の中で生きていることを意味する。このことを考えると「ルール破り」という言葉はふさわしくないかもしれない。人それぞれに個性があるように、いろいろなルールがあって当たり前なのだ。そのなかで人間は自分にあったルールに属して生活しているのである。 Homerはこの原理に気付いたのではないだろうか。つまり法律違反であっても、それを求める人間がいること、そして自分が必要とされていることに気付いたのだ。そのためLarchがいた世界に属することを決意したと言える。

    余談になるかもしれないがここで一つ触れておきたいことがある。Homerは孤児院で生まれ、何度も里親の元へ行くが、結局孤児院へ帰り、他の孤児とは異なる生活をしていく中で St. Cloud’sにbelongしていったのではないだろうか。“Homer Wells belonged to St. Cloud’s.” (p.2) 物語を全て読み終え、この一文を見直すと物語の最初の時点ですでにHomerの世界は決まっていたのかもしれないという考えが浮かんだ。Homer Wellsは決して他の世界に適用できない人間ではないと思うが、ここが彼の属するべき世界として初めから用意されていたようにも思える。

    最後に物語の途中にあるHomerの考えをみてみたい。“For fifteen years, Homer Wells knew that there were possibly as many cider house rules as there were people who had passed through the cider house.” (p.457) この時点でHomerも気付いている通り“the cider house rules” におけるルールを自分でつくっておきながら、“the cider house rules”はたくさんあることを認めているのだ。Mr. Roseによるルールもその一つである。りんご園で生活する人によって様々なルールが存在する。この場面からも“the cider house rules”は万人が守れるルールではないことがわかる。りんご園で働く人々はそこに彼らの世界(=ルール)を作っているのである。 このようにルールはそこにある世界を意味し、“the cider house rules” は「普遍性を求めることができないルール」を象徴しているのではないだろうか。


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