Seminar Paper 2005

Nami NOMURA

First Created on January 27, 2006
Last revised on January 27, 2006

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The Cider House Rulesにおける規則(rules)の意義
―the cider house rules は“outsiders’ house rules”―

      今年度の課題書となったJohn IrvingによるThe Cider House Rulesの中には、いくつかの規則(rules)が存在し、登場人物らがそれらの規則に縛られながら、ある時はそれらを守ったり、破ったりしながら成長していく姿が描かれていた。その中から、サイダーハウスの規則、Mr. Roseのピッカーたちの規則、HomerとCandyの規則、Dr. Larchの規則を見ていきたいと思う。

      まず、この物語の題にもなっているサイダーハウスにおける規則は、

1. Please don't operate the grinder or the press if you've been drinking.
2. Please don't smoke in bed or use candles.
3. Please don't go up on the roof if you've been drinking--especially at night.
4. Please wash out the press cloths the same day or night they are used.
5. Please remove the rotary screen immediately after you've finished pressing and hose it clean WHEN THE POMANCE IS STILL WET ON IT!
6. Please don't take bottles with you when you go up on the roof.
7. Please--even if you are very hot (or if you've been drinking)--don't go into cold-storage room to sleep.
8. Please give your shopping list to the crew boss by seven o'clock in the morning.
9. There should be no more than half a dozen people on the roof at any one time. (pp. 281-282)
      以上のように、「飲んだら機械を動かすな」という第一条に始まるように、飲酒に関する規則や、寝タバコへの警告など、規則と呼ぶにしては余りにも低レベルな印象を受けざるを得ないもので、毎年のシーズン前に、わざわざタイプライターで紙に起こして壁に張り替えてまで徹底するような規則ではないように思える。更に、サイダーハウスに住むピッカーのうち、リーダー的存在であったMr. Rose以外は読み書きが出来ず、 “Muddy told Angel that he’d always thought the list of rules tacked to the kitchen wall was something to do with the building’s electricity. (p. 577)”というように、彼らはその規則の存在すら把握しておらず、タバコが吸いたければベッドに寝転んでいてもタバコは吸うし、天気がよければみんなでサイダーハウスの屋根に登り、絶好の景色を眺めながら楽しくお昼休憩を取ったり、夜になれば酒をボトルで持ち込んでは大人数で夜空を見上げて酒を飲んでいたのである。
      このように、この物語におけるサイダーハウスの規則とは、実際にそこに住んでいる人間たちには何の意味も無いものなのであった。サイダーハウスに住むピッカーで唯一読み書きが出来たMr. Roseは、“Nothin’ too bad can happen up there (on the roof), worse things can happen on the ground. (p. 455)”と言って、貼り出されている規則には何も触れずにいた。それは、Worthington家に常に忠実で、もっとも信頼の厚かったMr. Roseが、実際にサイダーハウスに住んでいる訳でもない人間が作った規則などは自分たちには通用しない、としてOliveが毎年張り替える規則をないがしろにし、自分たちの規則だけを徹底し、ピッカーたちの結束を保っていた、ということになる。雇い主であるOliveが作った規則であっても、サイダーハウス内においては、アウトサイダーが作った、実体のない形だけの規則となったのである。

      次に、Mr. Roseは、自分の娘であるRose Roseへの近親相姦によって、自分自身で作り上げ、守りつづけていたピッカーたちの規則を破ってしまった。サイダーハウスを取り仕切っていたMr. Roseが作ったピッカーたちの規則とは、“We got our rules. About fighting. With each other, one rule is, we can’t cut each other bad. Not bad enough for no hospital, not bad enough for no police. We can cut each other, but not bad. (p. 455)” という、他人を酷く傷つけないための規則であった。Mr. Roseはピッカーたちをまとめるリーダーとして、このような規則をピッカーたちに浸透させ、統率していた。しかしながら、Mr. Roseは自分の娘に自分の子供を妊娠させ、堕胎手術を選ばせることとなった。ピッカーのリーダーとして、雇い主のWorthington家からも絶大な信用を得ていたMr. Roseであったが、自らが自らの規則を破り、愛娘だけでなく自分自身をも傷つける結果となった。Rose Roseは自分を傷つけた父親の元から離れ、Homerの堕胎手術を受けるが、その後、Homerたちの家からも出て行ってしまった。Mr. Roseは、自分の元から逃げて行くRose Roseに、彼女が護身用に持っていた自分のナイフで腹部を刺され、応急処置を求めずに自殺に見えるように仕向けて死んでいった。責任感の強いMr. Roseらしく、規則を破った自分と、傷ついて逃げていった愛娘の心情をすべて受け入れて、自分自身を罰し、娘の将来を守るという最期であった。
      この時、Homerは初めて堕胎手術をすることとなった。頑なに堕胎手術を拒否していたHomerだが、愛する息子の初恋の相手を守るため、そして、自分を本当の息子のように愛し、待ち続けてくれたDr. Larchのために、『Dr. Larchの後継者』として、堕胎手術を提供して自分の存在する意味を受け入れたと言えるのかも知れない。

      一方、HomerとCandyは社会のルールを破っていた。出征し、ビルマのジャングルで戦死したと思われていたWallyが下半身付随になって発見され、帰還するまでの間に、HomerとCandyは深く愛し合い、Angelという子供を授かるものの、Candyが、帰還したWallyと一緒になる為にAngelの出生を偽り、Angelが15歳になるまでHomerとCandyは不倫関係を続けていた。
      確かに、帰還後Candyの夫となったWallyは下半身付随で子供をもうけることはできなかった。だからといって、二人の男を同時に愛し、Homerとの不倫関係を続けていたCandyも、一児の父親でありながら、我が子の出生を偽って、未婚で孤児を引き取ったような素振りをし、同居する親友を欺き、その妻と不倫関係を続けるHomerも、社会のルールに照らし合わせると明らかなルール違反である。しかしながらCandyとHomerの間の規則とは、社会のルールから見れば『不倫』の一言で片付けられてしまうが、二人にとってみれば、可能な限り周りの人間を傷つけずに、可能な限り自分たちが幸せに暮らしながら、我が子の成長を近くで見守るためのルールであった。今の私たちには到底考えられない4人の関係、そして、4人での共同生活だが、戦争で傷ついた人々が溢れかえっていた当時では、社会的なルール云々よりも、人と人との結びつきの方がよほど重要だったのかもしれない。Wallyが二人の不倫関係に気づいていたか否かははっきりと原作からは読み取れないが、Angelの出生に関する事実に気づいている様子のWallyがそれ以上のことを知ってしまうのは、HomerとCandyの規則に反してしまうのかもしれない。彼ら二人の間の決まりとは、 “Homer Wells knew that there was no reason ever to have an accident --no reason for Candy ever to get pregnant --and no reason for them ever to get caught, either. (p.477)” からも読み取れるように、もう二度と妊娠しないことと、二人の関係を絶対にWallyに知られないようにする、というものであった。HomerとCandyが、お互いと同じ位WallyやAngelを愛していたからこそ、WallyやAngelを傷つけないために、この決まりを生んでしまったのかも知れない。

      そして、Dr. Larchも『法律』と言う規則を破り続けていた。Dr. Larchは、St. Cloud’sの孤児院で、望まれない子供を取り上げては孤児として引き取り、育てては里親に出し、非合法であっても、依頼があれば望まれない子供を堕胎したり、母体のための救命処置として堕胎手術を施したりしていた。 “He was an obstetrician; he delivered babies into the world. His colleagues called this the ‘Lord’s work.’ And he was an abortionist; he delivered mothers, too. His colleagues called this “the Devil’s work,’ but it was all the Lord’s work to Wilbur Larch. (p. 67)”
      Dr. Larchは、産婦人科医として未来ある子供が世に出てくるのを手助けし、その反面、堕胎医として、産めない子供を無理やり流産させようとする危険な女性たちのために、法律を冒してでも堕胎手術をし続けているのであった。堕胎は殺人と同じだという考えの人もいるだろう。しかし、堕胎手術が非合法であるのに、妊娠したが、どうしても子供を産めない事情があったとしたら、その女性はどのような選択をするだろうか。物語でRose Roseがしていたように、わざと転んで自らを傷つけてでもその子供を下ろそうとするのではないだろうか。Dr. Larchはそのような女性たちを救うために、非合法だと言われても、堕胎は殺人と変わらないと言われても、産婦人科医としてまた、堕胎医として、女性たちを救い続けてきたのではなかろうか。この当時、堕胎を禁止する法律は、どのような理由のもとに堕胎を禁じていたのだろう。Homerが感じていたように、どんなに小さな命にも魂は宿っているので堕胎も殺人の一つであると考えていたのかもしれない。がしかし、Rose Roseのような近親相姦の場合や経済的な余裕が無くてどうしても子供が育てられない女性がたくさんいたはずなのだから、堕胎によって母体を救うこともDr. Larch にとってはLord’s workだったのである。やはり堕胎を禁止する法律も、実際に孤児院の状況や堕胎を受けにくる女性たちの事情を全く知らない、堕胎とは無関係の人たちが表面だけの考えで作った規則なのだろうと思う。堕胎を禁じる当時の法律さえも、St. Cloud’sにおいては、Oliveが作ったサイダーハウスの規則と同様、アウトサイダーが作った、実体のない形だけの規則となりつつあるのであった。

      総じて、The Cider House Rulesに出てくる規則のほとんどは、内部の事情を知らない外部の人間が作った規則や、社会がいつの間にか作り上げた暗黙の了解のような決まり事であり、登場人物たちにとって、そのほとんどには守る価値がなかった。そのような表面だけの規則を守って生活していくよりも、そこに住む人間が、自分たちの守るべきものを守っていきながら、自分たちの規則に基づいて生活していくことが大切、ということが、このThe Cider House Rulesの真意であったのかも知れない。


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