Seminar Paper 2008

Ikuta, Mihoko

First Created on August 9, 2008
Last revised on August 9, 2008

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ホールデンの赤いハンチング帽
〜Protector〜

    The Catcher in the Rye は、16歳の少年Holden Caulfieldが欺瞞や社会的地位による差別・金銭至上主義的社会など大人のphonyな世界に対し、不満を抱きつつも、自らも段々とその世界に飲み込まれていく不安・葛藤を描いた物語である。16歳という、ちょうど子供から大人へと移り変わっていく時期の中で、Holdenは子供のイノセンスに理想を求め、それを失った大人たちに対してphonyだと毒を撒く。

    この物語の中で、“fall”、大人と子ども、と並んで重要なのが、彼が3日間の放浪をともにする“red hunting hat”である。The Catcher in the Ryeにおいて、このhunting hatは一体何を象徴しているのか。私は「hunting hatイコールHoldenそのものであり、protectorでありHoldenの思い描く理想」という仮説を立てたい。そしてhunting hatが登場した場面を分析しながら、この仮説を実証していこうと思う。

    まず、Holdenがこの帽子を手に入れた場面から見ていきたい。

 It was pretty nice to get back to my room, after I left old Spencer, because everybody was down at the game, and the heat was on in our room, for a change. It felt sort of cosy. I took off my coat and my tie and unbuttoned my shirt collar, and then I put on this hat that I'd bought in New York that morning. It was this red hunting hut, with one of those very, very long peaks. I saw it in the window of this sports store when we got out of the subway, just after I noticed I'd lost all the goddam foils. It only cost me a buck. The way I wore it, I swung the old peak way around to the back--very, corny, I'll admit, but I liked it that way. I looked good in it that way. (p. 17)

Holdenはこの帽子を、仲間全員に無視されたあとにスポーツ用品店で買ったという。そもそも無視された原因は、Holdenが試合で使う用具一式を電車に置き忘れてしまったからなのだが、Holdenはどこで降りるかを確認するため一生懸命路線図と睨めっこをしていた。そしてそのせいでうっかり用具を忘れてしまったわけなのだが、この過失をHoldenひとりのせいにして(確かにHoldenのせいなのだが、例えば一緒にどこで降りるかを考えてくれるような心やさしい人がいれば違った結果になったかもしれない)彼らは無視するのだ。Holdenは、責任をなすりつけ、自分たちは悪くないというような態度をとる彼らに対し、phonyなものを感じ取り、その防衛策としてこのred hunting hatを手にしたのではないか。または、Holden自身責任を感じていたので、心の安らぎを求める意味で、この帽子を買ったのかもしれない。

    このred hunting hatは、以降Holdenが何か精神的に不安定な状態に陥ったときなどにたびたび登場し、彼をphonyなものからprotectする。例えば、ルームメイトのAckleyと部屋で話しているときに、このhunting hatを使ってふざけるシーンがある。

What I did was, I pulled the old peak of my hunting hat around to the front, then pulled it way down over my eyes. That way, I couldn’t see a goddam thing. “I think I’m going blind,” I said in this very hoarse voice. “Mother darling, everything’s getting so dark in here.” (p. 21)

    帽子のツバを、目のところまで隠して「あたりがどんどん真っ暗になっていくよ」とふざけるわけなのだが、これは退学になり、これからどうすればよいのかというHoldenの先の見えない不安を表しているのではないか。そして、この帽子を使っておちゃらけることで、ともすればどんどん暗い闇に落ちてしまいそうな自分をprotectしているのだ。

    また、Janeとのデートから帰ってきたStradlaterと喧嘩をして、負けてしまったあとにも、彼はこの帽子をかぶる。

Then I got up. I couldn’t find my goddam hunting hat anywhere. Finally I found it. It was under the bed. I put it on, and turned the old peak around to the back, the way I liked it, and then I went over and took a look at my stupid face in the mirror. (p. 45)

    HoldenはStradlaterに対して罵詈雑言を浴びせるのだが、結果的にStradlaterにノックアウトされてしまう。そして、殴られて血だらけになった顔を鏡で見ながら、その帽子をかぶるわけだ。Holdenとしては、大切なJaneも汚され、そのうえphonyなStradlaterにも負けてしまって、精神的に不安定だったのだろう。そして、そんな不安定な気持ちを落ち着けるべく、またphonyなもの(ここでは、女の前では小奇麗にしつつも、剃刀やなんかという他人に見えないところはものすごく汚いStradlaterがHoldenにとってのphony)から己を守るべく、このhunting hatをかぶったと思われる。

    ところで、ここで少しこのred hunting hatそのものについて触れてみたい。そもそも、この帽子がredである理由はなんなのだろうか。それを裏付けるのは、Holdenが弟のAllieについて回想する場面だ。“People with red hair are supposed to get mad very easily, but Allie never did, and he had very red hair.” (p. 38)とあるように、Allieは赤毛である。つまりこの帽子がredであるのは、子供の持つイノセンスさに対するHoldenの憧れを表しているのではないだろうか。Holdenは、若くして死んだ、つまりphonyな大人にならずイノセントなままでいられたAllieに対して強い理想を持っている。だから、そんなAllieと同じ赤いhunting hatをかぶることによって、Allieと同化し、イノセントさを失いphonyな大人になりつつある自分自身に歯止めをかけたかったのではないか。

    さらにこの説を強力なものにするのに、彼の特徴の一つである頭の描写をあげたい。“I have gray hair. I really do. The one side of my head―the right side―is full of millions of gray hair.” (p. 9)とあるように、Holdenは右半分が白髪である。白髪は大人の象徴であり、大人と子供の狭間にいるHoldenの現在の状態を表している。しかし、Holdenは大人をphonyだとし、自分も同じようにphonyになっていくことに対し不安を抱いている。このred hunting hatは、半分大人の世界に足を踏み入れつつある自分を覆い隠し、Allieのようにイノセントなままでいたいという思いもまた、あらわしている。

    また、Holdenのこの帽子のかぶりかたについても、少し考えたい。“The way I wore it, I swung the old peak way around to the back--very, corny, I'll admit, but I liked it that way. I looked good in it that way.” (p. 17)とあるように、Holdenは帽子のひさしを後ろにしてかぶっている。これは、彼が世間や周りの人間に対し、phonyだと不満ばかりを漏らし、物事に対して否定的であることを象徴しているように取れる。

    またこのかぶり方は題名の通り、まさしくcatcherのかぶり方なのだ。HoldenがPhoebeになりたいものはなんだと尋ねられて、“I’d just be the catcher in the rye and all.” (p. 173)と答えるように、彼はライ麦畑という名のイノセントな世界から崖に向かってfallしていく子供たちをcatchする人間になりたいと考えている。これは、自分のようにイノセントな子供たちがphonyな大人になるのを止めてあげたいという願いからくるものだが、同時に自分自身のfallも誰かにcatchしてほしいという思いもある。どちらにしろ、ひさしを後ろにするこのcatcherのかぶりかたは、子供はいつまでもイノセントなままでいてほしい、という彼の理想を表しているのである。

    ところで、Holdenはこの帽子のことを、作中で“This is a people shooting hat.” (p.22)といっている。「人間撃ち帽」とはいっても、何も本当に人間を撃って殺したりするのではない。ここでは、phonyな大人社会と戦っていくのだ、という思いを表しているのだ。また、phonyな人々からHoldenの理想であるイノセンスを守るという意味でもあるのだろう。

    しかし、しょせん帽子は帽子にしか過ぎない。このように、Holdenは武器としてあまり役に立たない武器をいくつか持っている。例えば、物語の冒頭でHoldenの脇にあったcrazy canonもそうだ。また、Holdenのこぶしも、過去の怪我で強く力を入れることはできない。これらは、Holdenの頼りなさ、少々抜けた部分があるということを表わしている。このことからも、このhunting hatがHoldenそのものだということが的確だといえるのではないか。

    Holdenは、物語の終盤になって大人になることをある程度許容していく。メリーゴーランドに乗るPhoebeや子供たちがgold ringを取ろうとして落ちそうになっているところを見て、大人にfallしていく子供たちを止めることはできないと悟る。自分やPhoebeが大人になってイノセンスを失ってしまっても、メリーゴーランドというイノセントな子供世界そのものが無くなってしまうわけではないと気付いたからだ。そして以下の場面でも、red hunting hatはHoldenをしっかりとprotectしてくれる。

 Boy, it began to rain like a bastard. In buckets, I swear to God. All the parents and mother and everybody went over and stood right under the roof of the carrousel, so they wouldn’t get soaked to the skin or anything, but I stuck around on the bench for quite a while. I got pretty soaking wet, especially my neck and my pants. My hunting hat really gave me quite a lot of protection, in a way, but I got soaked anyway. (p. 212-213)

    雨というのは、キリスト教において浄化を表すものである。雨にずぶ濡れになったことで、今まで抱いてきたイノセンスをなくすことに対しての不安、phonyな大人に対する嫌悪感などが洗い流され、大人になりゆく自分を受け入れたということを象徴しているのだ。しかし、red hunting hatのおかげで頭のあたりは濡れずにすんだのだ。これはつまり、Holdenの理想までは洗い流されずにすんだということではないだろうか。

    ture man is that he wants to die nobly for a cause, while the mark of the mature man is that he wants to live humbly for one.” (p. 188)という言葉を贈る。Holdenは、大人というのはphonyで、子供のころ夢見ていた理想なんかは捨ててしまい、ただただ偽善・欺瞞・金・地位にあふれた世界で汚く生きているものだと考えている。しかし、Mr. Antoliniは、大人になるからといって、理想を捨てる必要はない、とHoldenに伝えたかったのだ。大人になっても、理想を持ちつつ慎ましく生きていけば、phonyにならずにすむと。

    これを踏まえると、雨に濡れて浄化されたHoldenが、しかしhunting hatにprotectされ頭のあたりは濡れずに済んだ、ということの真意が見えてくる。つまり、大人になることを許容はしたが、Holdenが思い描く理想(それは何もイノセンスばかりではなく、例えば外見ばかりに気を使うのではなく、もっと人間の内面を見ていくべきだということや、お金よりももっと大事な価値観を社会が見出していくべきだというようなことだ)は捨てずに、大人になっていくということである。多くの人間が、大人になることに何の疑問も抱かずに成長し、phonyだらけの世界の中で、金や地位や外見ばかりを気にする中で、このred hunting hatはまさに、こうしたphonyな世界からHoldenをprotectしたのである。

    これまでの実証により、「hunting hatイコールHoldenそのものであり、protectorでありHoldenの思い描く理想である」という私の仮説が、確かに言えるとわかっていただけたと思う。The Catcher in the Rye においてred hunting hatは、頼りなくもphonyな大人たちに立ち向かっていこうとするHoldenを象徴するシンボルである。そして何より、大人になりつつあるHoldenから、彼の理想を護ってくれるprotectorなのである。


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