Seminar Paper 2008

Motohashi, Naoko

First Created on August 9, 2008
Last revised on August 9, 2008

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「ホールデンと子供たち」
ホールデンのinnocenceの喪失

    The Catcher in the Rye において「大人になること」とは、innocenceを失うことと捉えられている。ホールデンはinnocenceを失っていない子供の純真さを愛し、その純真さに憧れていて、innocenceを失いインチキな大人の仲間入りをすることを拒絶している。

    まず、ホールデンが他の登場人物たちのどこにinnocenceを感じているのかを見てみる。ジェーン・ギャラガーとデートをしに行くストラドレイターにチェッカーの話をしている場面では、

“Yeah.  She wouldn’t move any of her kings....Then she’d never use them. She just liked the way they looked when they were all in the back row.” (p. 31-32)

と、チェッカーのキングを一番後ろの列に並べるのが好きで、勝負にこだわらないジェーンの様子に、子供のようなinnocenceがあると感じている。また、“Did you ask her if she still keeps all her kings in the back row?” (p. 42)とホールデンがチェッカーのキングのことをずっと気にしているのは、昔のように勝負にこだわらないままで、自分の理想の存在であるジェーンがインチキの仲間入りをしていないことを知りたいと望んでのことである。

“If you didn’t go to New York, where’d ya go with her?” I asked him, after a little while....
“That’s a professional secret, buddy.” (p. 42-43)

このやり取りでは、デートから帰ってきたストラドレイターにジェーンとどこまでいったのかを尋ねるホールデンが、ストラドレイターの曖昧な返事を誤解して最悪の事態が起こったと捉え、二人がいくところまでいって肉体関係を築いてしまったのだと思い込む。インチキ野郎のストラドレイターと男女の仲になって大人の階段を上り、ジェーンが昔のままのinnocenceを失ってしまったと思ったホールデンは、ストラドレイターと殴り合いの喧嘩をするほどの大きなショックを受けた。

    次に、ホールデンの兄弟たちを見てみる。ホールデンは死んでしまった弟のアリーのことを、これでもかというくらいに褒め称えている。

You’d have liked him. He was two younger than I was, but he was about fifty times as intelligent. He was terrifically intelligent. (p. 38)

But it wasn’t just that he was the most intelligent member in the family. He was also the nicest, in lots of ways. (p. 38)

    このように、もともと大好きな存在であったアリーは、ホールデンの頭の中で都合のよい箇所だけをより集められ、かなり理想化された人物として描かれている。幼いうちに白血病で他界したアリーはその時点で成長が止まり、このインチキな世の中でinnocenceを失う前に死んでしまった、ある意味ホールデンの憧れの対象といえよう。

    妹のフィービーについては次のように語っている。

You should see her. You never saw a little kid.... and not such a tiny little kid any more, but she still kills everybody-everybody with any sense anyway. (p. 67-68)

    ここまで長々とフィービーのすばらしさを書き連ね、病的なほどの愛情と憧れを抱いていることが見て取れる。

I forgot she always sleep in D.B.’s room when He’s away in Hollywood or some place.... What’s old Phoebe got to spread out? Nothing. (pp. 158-159)

I sat there on D.B.’s desk and read the whole notebook. It didn’t take me long, and I can read that kind of stuff, some kid’s notebook, Phoebe’s or somebody’s, all day and all night long. Kid’s notebooks kill me. (p. 161)

そしてこれらのことからは、ホールデンがフィービーの子供らしい部分を愛しく思う様子がうかがえる。

    兄のD.B.のことは、以前は作家として優れた作品を書いていたと評価している。

He wrote this terrific book of short stories, The Secret Goldfish.... The best one in it was “The Secret Goldfish.” It was about this little kid that wouldn’t let anybody look at his goldfish because he’d bought it with his own money. It killed me. (pp. 1-2)

    作家として子供の無邪気さを描いていたかつてのD.B.のことは受け入れているが、ハリウッドでお金のために映画の脚本を書いてせっかくの才能を無駄にした生活している現在のD.B.には卑屈な気持ちになっていて、軽蔑しているようにも見える。お金を第一に考えて何かをしようという態度をインチキな大人のすることだとホールデンが思っていることから、D.B.のことを非難していることが分かる。

The kid was swell. He was walking in the street, instead of on the side walk. He was making out like he was walking a very straight line, the way kids do....He was singing that song, “If a body catch a body coming through the rye”….It made me feel better. It made me feel not so depressed any more. (p. 115)

この場面では、レコードを買いにブロードウェイに向かう途中でホールデンが見かけた男の子のinnocenceが描き出されている。大声で間違った歌詞で歌を歌い、歩道からはみ出して歩く男の子の枠にはまらない自由な様子にinnocenceを感じ、ホールデンは癒されている。また、男の子がmeetと間違えたcatchという単語からは、子供たちがinnocenceを失ってインチキな大人にならないようにホールデンが受け止め軌道修正をしてあげたい、そして大人になりゆくホールデン自身を誰かに受け止めてもらいたい、という願いを読み取ることができる。

    ここまででホールデンが求める理想像が、innocenceなままの状態であり続けることであると分かる。では、果たしてホールデン自身はinnocenceを保ち続けているのか。エドモント・ホテルで売春婦のサニーを呼んだ後のホールデンは、最後にこう語っている。“What I really felt like, though, was committing suicide. I felt like jumping out the window.” (p. 104) これは、サニーとあとちょっとで大人になる行為に及ぶところだったホールデンが、自殺をすれば汚い大人にならないで済むと考えた、現実逃避の結果である。ここではその行為に至らなかったホールデンではあるが、大人になりたくないというその意思に反して、人は大人にならないわけにはいかないという切なさを感じさせるエピソードが次々と訪れる。例えばホールデンが博物館に行こうとした場面がある。

Nobody’d be different. The only thing that would be different would be you. Not that you’d be so much older or anything. It wouldn’t be that, exactly. You’d just be different, that’s all. (p. 121)

I kept walking and walking, and I kept thinking about old Phoebe going to that museum....Certain things they should stay the way they are. You ought to be able to stick them in one of those big glass cases and just leave them alone. I know that’s impossible, but it’s too bad anyway. Anyway, I kept thinking about all that while I walked. (p. 122)

    これらのことから、博物館の展示物が不変であるのと一緒で、自分も大人になんかならずに子供のままでいたいという願望がうかがえる。それと同時に、ホールデン自身そんなことは不可能であるということも理解していることが分かる。

I passed by this playground and stopped and watched a couple of very tiny kids on a seesaw. One of them was sort of fat, and I put my hand on the skinny kid’s end, to sort of even up the weight, but you could tell they didn’t want me around, so I let them alone. ....When I got to the museum, all of a sudden I wouldn’t have gone inside for a million bucks. (p. 122)

    そしてこの場面で、ホールデンはシーソーのバランスが取れていないと楽しくないだろうというふうに思って手を出したが、子供たちはバランスが取れていなくても楽しんでいたことに気づく。つまりホールデンが、大人の固定観念を抱いて行動していたことになる。それがきっかけで子供と同じ感覚で物事を考えていない自分を発見したホールデンは、自分がちゃんとinnocenceを維持できている自信がなくなり、成長してしまった自分を自覚したくなくて急に博物館に入りたくなくなったというわけである。この時点でホールデンは、自分の中のinnocenceの変化を痛感している。

“I’m taking belching lessons from this girl, Phyllis Margulies,” she said. “Listen.”
I listened, and I heard something, but it wasn’t much. “Good,” I said. (p. 174)

“Feel my forehead,” she said all of a sudden…
I felt it. I didn’t feel anything, though…
I felt it again, and I still didn’t feel anything, but I said, “I think it’s starting to, now.” I didn’t want her to get a goddam inferiority complex. ”(p. 176)

    ここでは、ホールデンがフィービーと同じ事柄にinnocenceを感じられなくなった様子がはっきりと表れている。また、フィービーにcatcherの話をしているときに、ホールデンは“I’d just be the catcher in the rye and all. I know it’s crazy, that’s the only thing I’d really like to be. I know it’s crazy.” (p.173)と、自らそれがおかしなことであると言ってしまっている。家を出る前にホールデンはフィービーにハンチング帽を渡しているが、インチキ狩りをするための帽子だと言っていたものを手放すということは、自分はもうそのハンターを辞めることを意味し、野球のキャッチャーと同じようにつばを後ろ向きにしてかぶっていたその帽子を手放すということは、innocenceを失った自分にはもう子供たちを受け止めるcatcherの役割を全うすることは無理なので、それがまだ可能なフィービーにその想いを託したということになる。

    ここまでの物語の中でホールデンが経験してきたように、子供の頃に抱いていたinnocenceを失っていくことで、人は大人へと一歩一歩近づいていくことが捉えられる。物語の最初のほうではinnocenceを失うこと、そして「大人になること」を頑なに拒否していたホールデンだが、生きている限り人が大人にならないことは不可能であり、それゆえ昔のままにinnocenceを維持し続けることも不可能であるということを受け入れざるを得ないと悟っている。


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