Seminar Paper 2008

Watanabe, Yuki

First Created on August 9, 2008
Last revised on August 9, 2008

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Holdenと子どもたち
〜Holdenの子ども観の変遷〜

    The Catcher in the Ryeには様々な解釈があるが、この小説で語られている三日間の中でHoldenは少し変わったのだと、私は捉えた。小説の後半、Holdenが “fall”したことにより、彼は本来自分が嫌っていた「大人」に近づいたのではないだろうか。ここでは、Holdenがこの小説の中でどのように変わったのかを、特に彼の子ども観の移り変わりを見ていくことで分析していきたい。

    この小説には何度か、Holdenが子どもの頃のことを回想するシーンが出てきている。そのときのHoldenの語り口は、いつも “bastard” や “goddam” などの俗語を使って皮肉っぽく話しているときとは違い、生き生きとしているように見える。きっと彼の子ども時代は幸せだったのではないだろうか。そしてその子ども時代の象徴が、JaneやAllieだったのではないだろうか。私はこの二人へのHoldenの気持ちを分析することで、Holdenの子ども観を探っていきたい。まずはJaneに対するHoldenの気持ちを分析していこうと思う。Stradlaterのデートの相手が昔自分がよく遊んでいたJane Gallagherだと分かると、Holdenはとても興奮し、Janeについていろいろと話し始めた。

Ballet and all. She used to practice about two hours every day, right in the middle of the hottest weather and all. (p.31)

What she’d do, when she’d get a king, she wouldn’t move it. She’d just leave it in the back row. She’d get them all lined up in the back row. Then she’d never use them. She just liked the way they looked when they were all in the back row. (p.31-32)

    また、ラヴェンダールームに行った後もJaneについて回想している。

It was raining like hell and we were out on her porch, and all of a sudden this booze hound her mother was married to came out …Then all of a sudden, this tear plopped down on the checkerboard. (p.78)

    HoldenはJaneのこのような行動から、彼女を純粋で頑張り屋で中身のある女性だと感じていたようである。だからこそ、彼女がStradlaterとデートに行ってしまうことが非常にショックだったのではないだろうか。彼はStradlaterのことを、“secret slob”(p,27) や“sexy bastard”(p.32) などと言っている。HoldenはJaneがStradlaterのような、見かけばかり気にしてあまり中身のないような男とデートに行ってしまうことで、自分が知っているJaneとは変わってしまったのではないかと心配している。そして、StradlaterがJaneとデートにでかける前に、“Ask her if she still keeps all her kings in the back row.”(p.34) とStradlaterに頼んでいる。これは、HoldenがJaneに対して昔のままでいて欲しいと思う気持ちの表れだろう。

    また、Allieについても同じことが言える。HoldenはAllieのことを本当に好きだったようだ。

I remember once, the summer I was around twelve, teeing off and all, and having a hunch that if I turned around all of a sudden, I’d see Allie. So I did, and sure enough, he was sitting on his bike outside the fence there was this fence that went all around the course and he was sitting there, about a hundred and fifty yards behind me, watching me tee off. That’s the kind of red hair he had. (p,38)

    HoldenはAllieを非常に絶賛している。Holdenにとって、完璧に見えて、しかも子どものまま死んでしまったAllie は憧れの存在だったのではないだろうか。小説の後半、Mr. Antoliniの家を出て放浪しているとHoldenは自分が消えてしまわないようにAllie にお祈りをする。

I'd say to him, "Allie, don’t let me disappear. Allie, don’t let me disappear. Allie, don’t let me disappear. Please, Allie.” And then when I’d reach the other side of the street without disappearing, I’d thank him. (p.198)

    AllieはHoldenにとってもはや神に近い存在だったのかもしれない。このように、HoldenはJaneに対してもAllieに対しても非常に良い印象を持っており、この二人がいつまでも変わらないように祈っている。いつまでも神聖で傷つけてはいけないもので、自分が守らなくてはいけないと思っているのだ。そしてこの二人に対する思いは、Holdenの子どもに対する考え方と重なっているのである。

    以上、 “fall” 以前のHoldenの子ども観を見てきた。続いて、”fall” の後のHoldenの子ども観を辿っていきたい。博物館で “fall” した後Phoebeにあい、彼女がメリーゴーランドに乗っているのを見ているシーンでは、子どもたちが馬から落ちそうになるのを見て、悟ったようにこういっている。

The thing with kids is, if they want to grab for the gold ring, you have to let them do it, and not say anything. If they fall off, they fall off, but it’s bad if you say anything to them. (p.211)

    この文章から分かるように、Holdenは子どもはある程度放っておいても大丈夫なものなのだと思うようになっている。そして、子どもの冒険を見守るような姿勢になっている。これは、”fall”以前には考えられないことである。彼は、JaneがStradlaterとデートに行くことを聞いて、興奮せずにはいられなかった。しかし今なら、Janeのそのような冒険もある程度落ち着いて見守れるのではないだろうか。

    私は、大人になることとは、Holdenにとってはあきらめのようなものだったのではないかと思う。”fall”にいたるまでのHoldenは、何かを受け入れまいと、反抗や強がりをしているように見えるが、 “fall” 以後のHoldenは何かを受け入れているように見える。それはやはりMr. Antoliniが言っていた、いんちきでも生きることを選ぶことと近いのではないだろうか。最後の章では、彼はまた、

I mean how do you know what you’re going to do till you do it? The answer is, you don’t. I think I am, but how do I know? I swear it’s a stupid question. (p.213)

と、強がりを言っているように見えるが、Holdenはもう頭の中では分かっているのではないだろうか。 “the catcher in the rye” を夢見ていたHoldenであったが、自分自身が “fall” したことで、そんな役割はいらないと悟ったのである。


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